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また、ね

 突然、スマホに通知がきた。誰だろうか、と確認してみると、ゆずちゃんからだった。『今日、会えませんか?』と一言。

 俺は今日の予定について少し考え、特に思い当たる大切な用事はないようだと確認して返信をした。

 『やった!じゃあ、駅前で待ってますね。一時間後はどうでしょう?』そんなメッセージに、了解と返して、ソファから立ち上がり、階段を登った。



 ●●●



 駅についたのは、メッセージのやり取りの三十分後くらいだ。一応見回してみるが、流石にまだいる気配はない。適当に近くにあったベンチに座り、時間をつぶす。

 だいたい十五分後くらいだろうか。それでも十五分早いのだが、その時間に肩を叩かれた。


 振り向くと、ハーフパンツにカーディガン。それにキャスケットの活発そうな可愛らしい服装のゆずちゃんがいた。


「おまたせしました。和人さん?」


「いや、いま来たところだから気にしないで」


 そんなテンプレ通りの言葉の応酬に、二人で微笑む。


「ああ。ちょっと早めに来て、和人さんよりも早く来ておく予定だったのに」


「それは残念。でもなんとなく早く来ておいてよかった」


「何でです?」


「ゆずちゃんを待たせることにならなかったからだよ。いつもそうなんだけど、今日の格好を見てるとものすごく可愛いんだから、ナンパとかされてしまったら大変だろ?」


「かわっ……!? ……はあ。これが咲さんたちが言っていたものですか……。先輩。私はこんなちんちくりんなんですから、皆興味ありませんよ」


 ゆずちゃんは贔屓目に見ても豊かとは言えない胸を張るようにして宣言する。

 

「そんなことはないだろ。実際、その格好初めて見た時、可愛くてびっくりしたし」


「……ほんとにそれ天然で言ってるんですか?」


 実際、俺はこの姿のゆずちゃんをみて、確かにドキッとした。そう思ったので素直にそれを口に出すと、ゆずちゃんの眠そうな顔はじとっとした目になり、じいっとこちらを見てきた。それに負けじと見つめ返すと、ゆずちゃんは諦めたように溜息を吐き、歩き出した。


「さ、行きましょう? 今日はデートなんですから」


 ゆずちゃんはすこし先を行きながら、振り向きそう言う。

 かつかつと、二人の足音とは違ったまた硬質な足音を追うように俺は立ち上がり、自分でちんちくりんだと言った、小さな背中に近づいた。


「今日はなにかするの?」


 そうきくと、少し不満そうな顔をしたが、すぐにそれを緩ませながら、


「だから、デートですって。……あ、今からどこに行くかの話ですか?ご飯でも行きましょうか」


 と言って、「せっかくなので、どこに行くかは和人さんにおまかせします」と続けた。


「俺が行くところとなると、結構庶民的なところが多くなるけど、良いのか?」


「もちろんですよ。……それに、料理は高ければいいというものでもありません。最近、あのお泊り会や、お父さんとの食事で思い出せたんです。私は和人さんとの食事という思い出を作ることも目的にしているんですから、和人さんが一番美味しいと思うところに連れて行ってくだされば嬉しいです」


「……わかった。それじゃあ、おすすめのところに行こうか」


 そうやって、俺イチオシの天ぷら屋に向け歩き出す。以前ひまりと行ったところだ。俺が一番美味しいと感じたところだし、ゆずちゃんもたしか天ぷらが好きだったはずだ。丁度いいだろう。


「わああ……すごいですね」


 天ぷら屋に着いて、ゆずちゃんは目の前で揚げてもらい、それをすぐに提供されるという方式を初めて知ったようだ。席からその揚げられている光景を興味深そうに見ている。


「ゆずちゃんって、料理とかは?」


「もちろん、基本は叩き込まれました。しかし、油をたくさん使った揚げ物とかはさせていただけなくて……高校生にもなりましたし、そのうちさせてもらえるとは思うのですが、いかんせん過保護なみなさんですから」


 苦笑いの中に、親愛の情を滲ませた表情で微笑む。「そうなんだ」と話を切り上げてしまうと、すぐに天ぷらの方を見てしまっているが、その横顔は興味深そうで、楽しそうな顔だった。


「ふう……食べましたね。お腹いっぱい、というほどまで食べたのは、前、咲さんひまりさんとカフェに行ったときくらいだったので、新鮮でしたね」


 すべて完食し、すっかり腹を満たした俺たちは、取り敢えず近くをブラブラと歩いている。目的は特にないのだ。ただ、一緒に時間というものそのものに意味がある。


「咲ちゃんとひまりとカフェ? ……もしかして、二人に量を合わせたの?」


「はい……というか、咲さんに合わせてしまって。完食したときには、コレ以上食べられないといったような状態になったのに、咲さんったら、まだまだ食べられるなんて言っていて、びっくりしましたよ」


「咲ちゃんらしいね」


 特にどこかの店に入るでもない、簡単な会話。それでも、俺たちは本気で笑い合っていた。咲ちゃんや、ひまりといるときと同じような……そんな、不思議と満たされた感じがするのだ。


「あ! あれはクレープですか?」


「そうだね。たまにここに来てるよ。食べる?」


「食べます!」


 二人でクレープを買って分け合ったり


「せっかくなので、一緒に写真撮りましょう?」


「ああ。……じゃあ、ピース!」


「ああ、いい写真ですね!じゃあ、咲さんとひまりさんにも送っておきますか」


 そうして送った写真を見たひまりと咲ちゃんと俺、ゆずちゃんのグループチャットに、「次は私ともデート!!!絶対!!!」というものと「もちろん私ともしてくれますよね?」と言う返信が来て、二人で耐えきれずに笑ってしまったり。


「そうだ。折角デートなんですから、手でもつなぎませんか?」


「うん。それならふたりともよくしてるしね」


 と言って手を繋いで駅の近くを歩いたり。

 

 そうしていると、簡単に日が傾いてきてしまった。


「あ……もう、結構経っちゃいましたね」


「うん。もう夕方だ。六時も過ぎてる」


「そろそろ、お迎えがくるので、さようなら、ですね」


 気がつけば、始めにいたベンチの近く。オレンジ色に染まった日溜まりに、ゆずちゃんは立っていた。その表情は、さっきまでの楽しそうなものではなく、なんとなく悲しそうなものだった。


「……悲しそうだね」


「え? ……ああ、私、そんな顔してたんですね。ああ、だめだあ……」


 ゆずちゃんは、それを聞くと途端に泣きそうな顔になってしまった。


「ダメですよ。これも、和人さんのせいです。私が諦めきれないようにしちゃうから……」


 一粒、涙がこぼれた。


「私、和人さんとふたりきりで遊ぶ、最後の日にしようって、今日で諦めなきゃって、決めてたのに。……先輩との時間が楽しすぎて悲しくなっちゃいました」


 それは、今まで初めてゆずちゃんが見せた、本物の等身大のゆずちゃんの姿であるような気がした。


「しょせん、わたしは横槍に過ぎないんです。本来なら、咲ちゃん、ひまりちゃんと遊ぶ日になっていたかもしれない。でも私が取っちゃった……」


「それ、二人に聞いたのか?」


 思わず、最後まで話を聞けなかった。


「俺は、ゆずちゃんが横槍だなんて思ってないぞ?今日は本当に楽しかったし、二人も、咲ちゃんとひまりも、柚ちゃんの話をするときは本当に楽しそうだ」


 ゆずちゃんは、この先の言葉に期待しているのか、じっとこちらを見てきている。


「二人にだって、ふたりきりで今日みたいに、デートだ!って突然連れて行かれることもある。だから、そんなに控えることなんてしなくっていいだろ?」


 気恥ずかしい言葉を口にすることははばかられる。だけれども、俺はあえて口にした。


「まるでここで終わりみたいに話しているけど、最後の日になんて、させやしないよ。俺は楽しいと思った。だからまた行きたいよ。また誘ってほしい」


 そう言うと、ゆずちゃんは期待通りと言ったような嬉しそうな笑みを浮かべて、


「……言わせちゃいましたね。私は悪い女です」


 と、一歩前に進んだ。そうしてもう一歩前に進んで、徐々に距離が近づいていく。そうして、目と鼻の先になって、静かに身を委ねるように抱きしめてきた。


「私は悪い女ですけど、和人さんはもっとひどい人です」


 そう言って体を離した。丁度車が近づいてくる頃で、その迎えを見て、ゆずちゃんは名残惜しそうな顔をした。


「あー……楽しい今日も終わりですか。あーあ。一日が三十時間あればいいのに」


「そんな事言わないでさ。今日のこの名残惜しさがあるから、次が楽しいんじゃない?」


「それもそうですね」


 運転席の従者さん会釈をしながらドアを開けた。


「今日で諦めるつもりでしたけど、やっぱり諦めきれません!それだけ、宣言しときます」


「うん。……まだ俺の気持ちの整理がついてないから、その気持ちには答えられない。でも、ありがとう。たのしかったよ」


「私も楽しかったです。じゃあ『また』」


「うん。『またね』」

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