楽しかったね
「また、来てくださいね」
「うん! 今日楽しかったし、近いうちまたお泊り会しようよ! 咲ちゃんも良いでしょ?」
「そうだね。私も楽しかったし、お泊り会をすることになったらぜひさせてほしいな」
わいわいと玄関で話す三人は、ものすごく楽しそうだ。
あの朝食の後、普通にご飯を食べ、着替え、もう出てくることになった。今日は休日最終日だし、あまり長いしすぎると明日に響くかもしれないから、というのが一つ。
もう一つは、今日はテスト勉強に集中したいというゆずちゃんのお願いだ。二人は「ああ、そんなのもあったな」と、本来の目的を忘れているような反応をしていた。
「テスト勉強、頑張ってね」
「はい。和人さんにもらったあのテキストで勉強させていただきますね」
「それは嬉しいね。どんどん使ってくれ」
そう言うと、ほんの少し頬を膨らませた咲ちゃんがどん、とぶつかってくる。「どうしたの?」と聞くと、「なんでもないですっ!」と言いつつも不満顔。それを見て、ゆずちゃんは少し頬を緩ませていた。
「ふふ……咲さん可愛らしいですね」
そう言われ、咲ちゃんは頬を赤くする。
「ん……そろそろ帰りましょう!」
咲ちゃんは急かすように俺の背中を押してくる。時計を見ると、確かに丁度いい時間。変に話し込んでしまうと、帰る時期を見失ってしまうかもれない。
「そうだな。そろそろ帰ろう。じゃあ咲ちゃん。帰るよ」
「えー? 帰るの?」
ひまりが駄々をこねるように言う。
「そりゃあ帰るさ。また今度来ればいいだろ?」
ちらりとゆずちゃんの方を見ると、ニコリと笑ってうなずいた。「いいですよ」という意思表示だろう。
「それに、今度はうちか咲ちゃんの家でやるのもありじゃないか?」
「確かに! それも良いね! 咲ちゃん!」
「うちも聞けば大丈夫だと思いますよ?」
次の話になるとまた盛り上がり始め、三人であーだこーだと予定を立てていっている。俺はきっと連れ出されることになるのは容易に想像できるが、取り敢えずそれを見守り、切り上がるまで待つ。
「……って事で! 後はメッセージで決めよう!」
取り敢えず話が少しまとまったようなので、一応聞いておく。
「それって俺は……」
「来てください!」
聞こうとすると、被せるようにゆずちゃんが言う。お、おう。特に断ることもないのでとりあえず首を縦に振っておいた。それを見てゆずちゃんは満足気にうんうんとうなずいた。
「それにしても、お兄ちゃんと柚子って、結構仲良くなったよね。私達もここまで打ち解けるのは時間かかったのにさ」
「それは二人のおかげでもあるんですよ?ずっと和人さんのお話ばかりしてるんですから、はじめて会ったはずなのに、はじめて会った気がしなかったんですよ」
ひまりの疑問に表情を崩さず答えるゆずちゃん。ひまりも「へー」と納得の声を上げる。割と大切なところも抜かして一部のところだけを言ったのだが、まさかそれ以上のことがあるとは思っていないひまりは掘り下げない。上手い情報誘導だ……!
そう思っていると、すっとゆずちゃんがすっと俺の傍に近寄ってきて、背伸びをして耳元で囁く。
「朝の話をするのは止めておきました。そっちのほうが都合がいいでしょう?」
その声の綺麗さ、そして耳の近くで囁かれたことで、ゾクッとしたなにかがきた。それを見てゆずちゃんはくすっと笑った。
「都合がいいでしょう?」って、俺と柚ちゃん、どっちの都合のことを言っているんだろう。少しじっとゆずちゃんを見てみるけれど、表情には出ない。
「ねー! こそこそ話なんてしちゃってさ! 何の話してたの?」
「そうですよ! 言ってみてください!」
ひまりと咲ちゃんが、俺達の様子をみて、抱きついて聞いてくる。
「さっきの話を聞いて、私達が仲良く見えるみたいですよ。嬉しいですねって言ったんですよ」
ゆずちゃんは助け船を出すようにそういった。
「ねえ、そうなの?」
「そうだな。俺としても色々な人と仲良くなるのは嬉しいことだからな!」
ちょっとわざに聞こえたのか、咲ちゃんが「本当ですか?」と聞いてくる。「本当だよ」と言うと、「そうですか」と、ぱっと離れる。
「じゃ本当にそろそろ帰りませんか?私昼までには家についておくと連絡していたので」
「そうだね。じゃあほんとに帰るよ。本当にありがとうね。快適だった!喜十郎さんにもよろしく言っておいて!」
「柚子じゃあね!またお泊り会しようね!」
「高松ちゃん!今度は私達どっちかの家でね!」
三人で手を振りながら門を出ていく。見えなくなるまでゆずちゃんは手を振ってくれていた。
門の外に出ると、まだ当直なのか、昨日もいた警備員さんがにこりと笑って見送ってくれる。それに挨拶を返して、正面の道をすぎるといつもの日常に戻ってきた気がした。
「お兄ちゃん! 楽しかったね!」
「ああ。そうだな。俺も人の家で泊まったのは久しぶりだ。楽しかったなあ」
なんだかんだ、ひまりがいるし、斗真の家に泊まることもほぼない。そのため、こんなに楽しいものだとは思わなかった。
「何をたそがれてるんです? 次はまた近いうちに私の家か先輩の家でまたお泊り会なんですよ?」
「そうだよ。すぐまた楽しいお泊り会だー!」
二人は早速楽しみで堪らないと言った様子でうずうずしている。
「そうだな。昨日あんなに楽しかったんだ。次も楽しくしないとな!」
そう言うと、二人はニコっと笑って手を取ってくる。そうして、三人で並んで街を歩いて帰った。




