美味しいハンバーグ
部屋を出て、階下に降りると、テレビの前にはひまりがどっしり腰を据えていた。
「お前、テスト対策とかしなくて良いのか?」
「お兄ちゃんと同じで特に対策しなくても取れるし、いつも最低限してるから対策したところで変わらないから」
当然でしょ?と、同類に向けるような目線。……対策したところで変わらないというのは同意だが、お前みたいにほぼ満点みたいなのは無理だぞ。
「そうは言うけどなあ」
「む、うるさいよお兄ちゃん。お兄ちゃんも対して勉強しないくせに」
「そう言われると弱いなあ……」
まあ、確かに対して勉強もしてないいやつから勉強をしろなんて言われたって、そんなの聞けるわけないよなと思う。
俺も別に強制的にやらせたいわけではない。まず俺自身が勉強に価値を感じず、していないわけだから。最低限テストの点が取れている現状、特に絶対頑張らないといけないようなこともないし。
それはもちろんひまりも同じことだ。何なら、俺よりも頭がいいんだから。ただ、兄としては、万が一にもその状態を崩してしまい、不安定にはなってほしくない。そこだけが心配だ。自分のことはなんとかできるが、ひまりのことはなんとかできないところもあるからな。
「だいたいさ? もし私がとんでもなくおバカになっちゃっても、お兄ちゃんがなんとかしてくれるでしょ?」
「ひまりが馬鹿になってもか?」
「そ。つきっきりで勉強、教えてくれないの?」
「おいおい。そんなこと当てにするなよ」
「咲ちゃんにはしてあげてたくせに……」
わざとらしく拗ねたひまりは、そっぽを向くようにテレビに向き直る。
取り敢えず俺もひまりが座っている隣に腰を下ろすと、さっきまでの不機嫌アピールはどこに行ったか、もたれかかり、嬉しそうに鼻歌を歌い始めた。
「なあ、時間も時間だし、そろそろご飯にしようと思うんだが、なんか食べたいものとかあるか?」
「うーん……そうだ! 今日柚子と一緒に帰ったら、柚子のお家でハンバーグもらったから冷凍庫に入れてるよ!」
「ハンバーグを?」
「うん。私がハンバーグを食べたいって話をしてたら、たまたま柚子のお父さんが近くにいて、たまたま貰い物があるから、持って帰るといいって。それようの冷凍バッグまでもらっちゃった」
「そうか……それはありがたいな。じゃあ今日はそれを食べようか」
確認のため、冷凍庫のドアを開ける。そこには見たことのないデザインの冷凍のハンバーグ。桐のような箱の中に丁寧に入れられており、商品名が書かれている。
なんとなくものすごいものの予感がしてその商品名を調べると、箱の3つだけ入って数万円する高級なものだった。
ふと下に紙が挟まっているのが見え、それを引っ張り出すと、達筆な文字で、挨拶のようなものが書かれていた。
ひまりさんがハンバーグを食べたいと言っていたのを聞き、家にあった物を土産に渡しました。昨日頂いたもので、車で送ったときも、冷凍バッグに入れてあるので鮮度は問題ないとは思いますが、ぜひ消費期限を守った上でご賞味いただければと思います。
あくまで貰い物ですから、気負わず頂いてくだされば嬉しく思います。
ぜひ、これからも娘をよろしく。 高松喜十郎
高松喜十郎で、ネットで調べる。高松家の当主である。と、すぐに検索に引っかかる。何々の会社の代表取締役とか、何々の会の会長とか、たくさんの情報が出てくるあたり、有名な人なのだろう。
というか、娘をお願いしますって……?もしかして、ゆずちゃんは、高松宗家だったりするのか……?
確か今日、家は大豪邸だって話を酒ちゃんとしたな。普通の家ではないことは確か。一般の家では手に入れることも難しい巨大な土地なのだ。とすると、やはりその線が濃厚だろうか……。何だか緊張してきた。
取り敢えず、今緊張していてもなにもない。ハンバーグを取出して、調理方法を見てみる。焼けばいいみたいだ。簡単な方法で良かった……鉄板で熱するとかだったらできないからな。
フライパンに並べて焼く。大きさもそこそこあるが、ギリギリ三つすべて一気に焼けた。焼いているときから匂いが段違いに良い。油の匂いだけでご飯が食べられそうだ。
「ねえお兄ちゃん! まだ?」
「もう少しだ」
まだ完全には焼けていないので、ぶーぶー言うひまりを止めつつ、皿の準備。野菜を盛り付けているうちにいい焼き加減になったので盛り付けて、テーブルに出してやる。
「やっとか! あー……美味しそ……」
「じゃあ食べようか」
いただきます! と二人で合掌をして食べ始める。
「んー! 美味しいね! お兄ちゃん!」
「ああ……これはびっくりだな……」
噛めば噛むほど美味しい油が染み出てくる。何だか、油に味があるのだ。ご飯も大量に行けそうだ。
「おかわり!」
「ちょっと待て!俺のも残しといてくれよ?」
「……それはどうかな?」
俺は茶碗を持って勢いよく立ち上がった。
●●●
「ほんと、美味しかったなあ」
「うん。あれ程とは……」
二人でいまは俺の部屋で寝転がっている。食べてすぐ横になると牛になるとよく言われるが、今ばかりはそんなの知るか、だ。今日くらいいいだろ。
「今度、ゆずちゃんの家に行く理由が増えたな」
「そうだね。こんないいものもらったんだもん。お礼しに行かなきゃ」
二人で笑いながらそう話す。
「あーあ。いっぱい食べたらお腹いっぱいになっちゃった」
唐突にひまりがそういう。
「おいおい。まだ寝るなよ?寝るなら歯磨きしてからだ」
「おにーちゃんしてぇ?」
「自分でしなさい」
「ちぇ……」
本当に眠くなってきているのか、大人しくそれに従ってひまりは一階の洗面所に向かった。俺もその後を追う。
「何だ、お兄ちゃんももう歯磨き?」
「ああ。なんかあんまりはかどらなさそうだしな」
「なにかすることあるの?」
「うん。ただ、そんなに労力ではないし、はかどらないときはきっぱり諦めて寝るのが一番だからな」
お兄ちゃんらしい。そう微笑んで、ひまりは歯ブラシを口の中に突っ込んだ。俺も歯ブラシを取り、歯磨き粉を付け、歯磨きをする。並んで二人で。
歯磨きが終わり、水を一杯飲んだら、二人でまた俺の部屋に向かった。
「一応聞いとくけど、寝るんだよな?」
「うん。そりゃあそうでしょ」
「じゃあ、何で俺の部屋に?」
「そりゃあ、一緒に寝るからでしょ」
当たり前のように俺の部屋に来る。ひまりは正直、自分の部屋で寝ている時間のほうが少ないのではないかと言えるくらい俺と寝たがるからなあ……。普通年頃の兄妹で一緒に寝たりなどしないとは思いつつも、結局いっつも一緒なんだよなあ。
自分の部屋で寝たと思ったら、朝起きたときには同じ布団にいるとかいうときもあるし。
「はあ……わかった。じゃあおいで」
「やったあ!」
許可を出すと、普通にベッドに潜り込んでくる。「お兄ちゃんの匂いがする」とか言っているが、俺的にはひまりの匂いしかしない。まだこの前までは俺のベッド感はあったが、退院からは本当にひまりのいい匂いしか感じず、少し困っている。流石に落ち着けないからだ。
正面から抱きついてきて、ひまりは目を閉じた。その瞬間、近くに感じているひまりが更に近づいて感じて、少しだけ心臓が跳ねる。また目を閉じてもしばらくは眠れなさそうだけど、その時はこの髪を撫でる感触でも楽しもうか。