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人肌の温さ

「あ、おはようお兄ちゃん。珍しいね、寝坊なんて」


「……ひまり?おはよう」


 朝起きると、目の前にひまりの顔があった。


「……ちなみに、ここ俺のベッドだと思うんだけど、なんでひまりがいるの?」


「お兄ちゃんの布団なんだから、私がいてもおかしくないでしょ?」


「そうじゃなくって……」


「ぶー……。起こしに来たら、気持ちよさそうに寝てたから、潜り込んじゃった」


 はあ、とため息を吐いて、起き上がる。時計を見ると、すでに10時を回って、太陽も高くまで上がってきている。


「朝ごはん、いるか?」


「いるけども、今日はお兄ちゃんが作る必要はないよ?」


 どういうことだ?と聞くも、秘密の一点張り。仕方ないので少々強引にベッドからひまりをどかし、俺もベッドから出る。


 文句を言ってくるひまりを無視して、自室のドアを開けると、一階から料理をする音が聞こえてくる。

 階段を降り、リビングを覗き込むと、明るい声が響いた。


「あ、先輩。おはようございます!」


 そこにいたのは、私服にエプロンをつけた咲ちゃんだった。想像以上に可愛い。


「かわいいね」


「ふぇ!? もしかして、寝ぼけてます? ささっと歯磨きでもしてきて下さい!」


「寝ぼけてないよ」


 顔を赤くして、背中をどんどん洗面所の方へ押してくる。ちょっと強引だけど、それも俺に赤くなった顔を見られないためだと思うと愛らしい。


「咲ちゃんは愛らしいな。きっといいお嫁さんになれるよ」


「もー! 先輩絶対寝ぼけてるじゃないですか! ……そう思ってくれてるなら、普段からもっと言ってくれればいいのに」


 そのまま洗面所に入れられ、歯磨きをして、顔も洗い、すっかり寝ぼけ状態から回復した俺は、今、咲ちゃんに深々と頭を下げていた。


「本当にすいませんでした!」


「もう。……褒められて、嬉しくないと言えば嘘になりますが、先輩もひまりちゃんみたいに寝起きが悪いとは知りませんでしたよ」


 咲ちゃんは呆れたように目玉焼きを口に入れる。

 さっきまで俺がやっていたことは、セクハラと言われるやつなのでは? 下手したら訴えられる?


「に、二度としないので訴えるのだけはご勘弁を……」


「先輩の中で私は、仲のいいお兄さんをそんな簡単に訴える人になってるんですか!?」


「い、いや、俺がやったことは許されることではないかな、と」


 見える見える。朝のニュースの見出しは妹の友達にセクハラ!最低高校生逮捕!だ。斗真が、「あいつはやると思ってました」と笑い顔。取材に対し咲ちゃんは「そんな人だと思ってませんでした! 幻滅です!」ひまりも「お兄ちゃんなんて勘当だから!」と怒った顔で言うのだ。

 うう、自分でやったこととは言え、悲しい……。


「なんか悲観的になってますけど、訴えませんからね!?……ちょっと嬉しかったですし」

「嬉しかった? あれが?」

「なんですか! こういうときは聞こえてないか、聞こえてないことにするのが定石でしょ!」


 咲ちゃんは顔を真っ赤にして指さしてくる。


「だいたいですね、先輩は周りにどう思われているのか、もうちょっと客観的に見るべきです! この鈍感さん!」


 そんな事言われても、きちんとした深い交友があるのは、家族、咲ちゃん、斗真、凜花ちゃんくらいだしな……。


「うん。憎からず思ってもらえているとは思うよ」


「は?」


 キレ気味で咲ちゃんは声をあげる。……もしかして、俺のこと嫌いだった?


「あのですね、しっかり見ましょう。例えば、今日は私が、なんと先輩のために朝ごはんを作りに来てます。ひまりちゃんがお寝坊さんがいるって言うから」


 「嫌いな人に、わざわざご飯作りに来ますか?」と諭すように話す咲ちゃん。


「それに、ひまりちゃんとかどうです。びっくりするくらい先輩に懐いてるじゃないですか。最初は小型犬かなと思いましたよ。それに斗真さんも、凜花さんも、ちょっと先輩と話すときは他のクラスメートの人と話すときより、ずっと楽しそうですよ」

「そうかあ?」


 あんまりわかんないから、まあそうなんだろう。にしても、そこまで言ってくれるなんて……


「もしかして、咲ちゃん、俺のこと好きなの?」


「わーっ!!!もう!!!」


 どうやら違うみたいだ。


 朝のご飯を食べ終わり、結局俺の部屋から降りてこなかったひまりの分のご飯をどうするか、という話になり、ラップをしてとりあえず冷蔵庫に入れておき、ひまりの部屋に何をしているのか見に行く。


「あれ、いないな」

「いませんね」


 ひまりの部屋はもぬけの殻。朝起きてすぐ脱いだのであろうパジャマが無造作に脱ぎっぱなしになっていた。

 ここにいないなら、と、隣の俺の部屋を見る。すると、ベッドに横たわって寝ているひまりの姿があった。


「さっき俺を起こして、そのまま寝やがったな……?」


 俺の布団を丸めて抱きまくらのようにし、くーくー寝息をたてている。何をしても起きなさそう。


「わあ! かわいい!」


 俺からしたらいつものひまりだが、咲ちゃんからすればそうではなかったようで、目を輝かせ、ひまりの顔を覗き込む。


「ひまりちゃんって、しっかり寝に入ってる時、こんなにかわいいんですね」


 写真アプリを起動し、フラッシュを炊かず、一枚パシャリ。気に入ったようで、待受に設定している。


「そんなにか?ひまり、しょっちゅう俺のベッドに入り込んできては一緒に寝てるから、そんなに思わないんだよなあ」

「一緒に寝てる!? きょ、兄妹ですよね……?」


 おお。昔からなんだ、といえば、咲ちゃんは、「ひまりちゃんは先輩を狙ってて……うーん」と、ブツブツ独り言を言い出す。

 そうしてしばらくしてブツブツ言うのを止めたかと思えば、


「そうだ! 私も先輩と一緒に寝ればいいんですね!」


 と、明後日の方に謎の理論の飛躍を見せた咲ちゃんは、迷いなくひまり寝ているベッドの中に入っていく。


「さ、先輩も来てください」

「そんなこと言われたって……」


 男女が同じ布団で寝る。そりゃあ、兄妹ならわかるが、後輩と先輩という関係は危なくないか?


「早く来てくださいよお。先輩、私のこと嫌いなんですか?」


 おどおどしていると、咲ちゃんは目をうるませながら聞いてくる。……その目は反則だろ。

 はあ、とため息を吐いて、ベッドの中に入る。俺のベッドはセミダブル。ひまりと咲ちゃんが非常に小柄ではあるものの、狭い。

 身動きが取れず、少し居心地の悪さを感じていると、体に暖かく、柔らかな感触が。


「えへへ、こうすれば、少しは狭くなくなりますかね?」


 寝返りを打って、ひまりちゃんの方を向くと、俺の胸元に、すっぽり収まるように、咲ちゃんが抱きついてきていた。

 ああ、駄目だ、と思いつつも、正直その温かみが気持ち良すぎて、もう意識が飛びかけている。

 咲ちゃんが背中をポンポン叩いてきて、気持ちがいい。気温も、咲ちゃんの暖かさも、全てがいい塩梅だ。


「おやすみなさい」


 その言葉で、俺は眠りに落ちた。


 なんで!? という大きな声で目が覚める。


「ん、どうした?ひまり」


 目をこすりながら話す。


「どうしてお兄ちゃんと咲ちゃんが一緒に寝てるの!?」

「どうしたもこうしたもないさ。お前が寝てたから、俺たちも寝てたんだよ。……ふぁあ、眠い」

「ううん、どうしましたか?」


 咲ちゃんが起き出す。ひまりが大きな声出すから。


「そんな目向けられても……って言うか、だからなんでお兄ちゃんと咲ちゃんが抱き合って寝てるの!」


「ひまりちゃんの寝相が悪くて、狭かったからだけど」


 咲ちゃんは当然でしょ? といわんばかりに反撃。するとひまりは「そうだけど……!」といいつつ不満顔。


「咲ちゃんだけずるい! 私もお兄ちゃんと寝る!」


 ひまりはわざわざ一度ベッドから出て、おれの開いてる方に入ってきて、思い切り抱きついてくる。


「よし! これでよし!」

「よしじゃねえよ」


 すでにひまりは睡眠状態に入っている。咲ちゃんも同じ。二人共、まだ寝ぼけていたのかもしれない。

 しょうがないな、と思いつつ、こんな休日も悪くないと、俺も目を閉じるのだった。

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