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暖かな光の差す日

 ひまりも小学生になった頃、引っ越しをした。今まではひまりの方の家にいたのだが、俺達の方へ。だから、俺からすれば、実家帰りみたいなものだった。

 もはやひまりの部屋とか、俺の部屋とか、そんなものはなくなった。もともと俺が使っていた部屋を、2人で使うようになったのだ。


 学校も変わった。それまでは友達はいなかったが、そこでは友達ができた。斗真と、凜花ちゃんだ。ひまりにも友達ができたようで、咲ちゃんという子の話を良くするようになった。俺は若干その子に嫉妬心を燃やしつつ、ひまりの友達ということで興味を魅かれつつ、楽しそうに話すひまりの話を聞いていた。


 学年が上がっていく。親友と言える存在は斗真と凜花ちゃんだけだったが、クラスメートとも普通に話し、普通に遊ぶようになった。


 ひまりもその咲ちゃんと遊ぶようになった。俺は外で、ひまりが遊ぶときは部屋で、となんとなく決まっていた。

 

 ひまりも咲ちゃんも、頭がいいと上級生の俺のクラスまで噂になった。もしかしたら遊んでいるときに、頭を使っていたのかもしれない。とにかく、二人が頭がいいと認識したのはこの頃だ。


 なんとなく悔しくて、斗真と凜花ちゃんを誘ってきちんと勉強し始めたのを覚えている。小学生できちんと勉強を始めるやつは少なかったので、俺たちも次第に認められるようになった。


 ある程度の学力がついたら勉強が楽になり、遊ぶ余裕ができ、斗真、凜花ちゃんと街によく出たのを覚えている。


 こうやってお互いに友達ができ、普通に遊ぶようになっても、それ以外の時間は常に一緒にいた。

 クラスメートの兄妹が互いを避けるような時期がやってきても、俺たちは一緒にいた。風呂、ご飯、寝る時。それが兄として当然だと思っていたし、きっとひまりは妹として当然であると考えていただろう。


 本物ではない、と、薄々感じていた。俺たちは、名前をつけられない感情を、無理に兄妹に当てはめているだけだと。でも、それで良かった。満たされていたのだ。


 俺たちがそれぞれの愛情を確認する時間として大切にしていたのは、花見だ。はじめて兄妹になった後も、毎年ふたりきりで花見に出かけては、一日中寄り添っていた。

 

「仲がいい兄妹ね」


 と言われるのが嬉しかった。年齢も男子女子別れて遊び始める年頃で、もしかしたらイジりの一環だったこともあるかもしれない。しかし堂々と「そうでしょう」と胸を張る俺たちを見て、頬を緩めて帰っていくのだ。


 そして、その花見の度に、俺か、ひまりが頬ににキスして「ありがとう」というのだ。


 俺も中学生になる頃には、料理もできるようになり、性格も今と対して変わらなくなり、関係性もだいたい変わらないくらいに安定した。別に仲が悪くなったのではない。逆に、今までより仲は深まっていたかもしれない。

 

 俺もひまりも、いい意味で遠慮がなくなった。それと、あくまで外聞を取り繕うように、最低限の距離を置くようになった。と入っても、風呂と部屋を分けただけだが。

 ひまりはぐずったが、両親もあまりひまりがくっつきすぎるので、少し変な目で見てきていたため、しょうがない。兄妹という関係をあくまで維持するためには仕方のないことだし、俺も実際この年にまでなって一緒に寝たりする兄妹というのが思いつかなかった、というのもある。


 この決定は、俺にとって大きな影響をもたらした。いままでの距離感は兄妹のそれではなかったとよく理解し、これまで以上に、「兄らしくある」ということを、どうすればいいか見つめ直せた。

 この時ひまりへの意識を、無理にではあるがまだ少し残っていた「特別な存在の幼馴染」という意識を完全に上書きして、「少しわがままなところもあるかわいい妹」にできた。


 ただ、意識が変わったとは言えど、特に関係性に変化があったわけではなかった。

 ひまりは折角自分の部屋ができたのに、俺の部屋に居座った。べたべたくっついてきて、暑い。リビングに降りても、ひまりは必ず俺の隣りに座った。なんとなく、俺の座る席は、ひまりの隣なんだな、と思った。


 ひまりも中学生に上がった年、両親は転勤となった。


 最初は、俺たちも付いていくことになっていた。しかし、ひまりは断固拒否した。「どうしても離れられない友達がいる」と。その言葉を聞いて、俺の頭の中にも斗真と凜花ちゃんの事が思い浮かんだ。

 二人で何とか両親に交渉した結果、許可をもらうことができた。俺達の言うことに折れてくれたということもあるが、俺が志望の進学先に金章学園を挙げていたのもあった。


「ひまり、良かったな」

「へへ! 咲ちゃんとも離れずに済んだし、お兄ちゃんとも一緒! ……は! ふたりきりで住むなんて、実質結婚では!?」


 変なことを言い出すひまりを無視して、料理を作る。ひまりは料理ができない。俺は小学生の頃からある程度出来る。それをテーブルに出せば、必ず笑顔で、「お兄ちゃん、ありがとう!」というのだ。


 俺にとって、それは幸せ以外の何物でもない。なんだか、この日々が一生続いてくれればいいのに。なんて、漠然と思った。


 俺は成績がそこそこいい。しかし、一位俺、二位凜花ちゃん、三位斗真という順位は、常に変わらないものの、僅差に持ち込まれる事が増えた。あぶない。


 テストの勉強は三人で一緒にやっていたので、当たり前といえば当たり前だが、伸びるときは全員伸びるし、逆に下るときは全員下がってしまうのが良かった。そうじゃなければ、俺はきっと凜花ちゃんに何度も順位を抜かれていたことだろう。

 まあ、俺たちがいくら成績が良かったところで、すでにこの学校にはひまりとその友達、咲ちゃんがいた。俺と凜花ちゃん、それに斗真はそこそこ成績が良かったと思うが、あまり目立たなかった。別に、目立ちたいわけではなかったけれども。


 と、思っていた矢先、俺は生徒会長にさせられた。立候補者が出なかったのだ。成績優秀者から選ばれることとなり、先生に指名され、生徒会長になった。


 生徒会長になってから、少し家に帰るのが遅くなった。

 家に帰ると、必ずひまりが待ち構えていて、俺を見る度、「遅いよ!お兄ちゃん!」と言ってくる。夏になるとクーラーを付けて、アイスを食べながら言ってくることもある。絶対遅いなんて思ってなさそうに見える。

 でも、俺は必ず出来るだけ家に帰るのを早くするように努めた。理由は、ひまりにある。


 ひまりは、一見寂しくも何ともなさそうに出迎えてくれる。しかし、よく見ればその顔には不安と寂しさ、そして安心が見て取れるのだ。


 もともとひまりはとんでもない寂しがり屋で、既に大切な人をなくしているのだ。


 そう思うと、笑顔を守りたい兄として、そんな顔にしてしまうことは許せることではなかったのだ。


 そんな日々が続いて、三年に上がった春、またいつものように花見にでかけた。


 壮麗な景色は毎年少しずつ違い、それでいて必ず暖かく俺たちを迎えてくれる。

 毎年同じベンチに座って、寄り添ってただ桜を見る。それがあまりに自然で、楽しくて、それでいて幸せなことだった。普段の生活のは違う、特別な幸せ。何故かこの花見の間は、兄妹であり、それでいて大切な友達でいられる気がするのだ。


 しばらく桜を眺めていると、ひまりから声を掛けられた。


「ねえ、お兄ちゃん。私はいいから、無理しないで」


 昔見た表情と重なった。ひまりは性格も、表情も、全部変わったように見えて、全然変わっていなかった。


「ひまり。俺はお兄ちゃんだ。お前は妹。俺はひまりを愛してる。だから……お兄ちゃんに甘えてくれ。何も気にしないでいい」


 だから、俺も変わっていないかのように、昔と同じ言葉を紡いだ。ひまりは抱きついてきて、そっと俺の耳元で零す。「……ばか」と。

 そうして、ひまりは頬にキスする。


「兄妹は、簡単にキスし合ったりしないんだ。今回でやめないか?」


「やだ。……言う言葉が違うでしょ」


「……ありがとう」


 しばらく静寂が場を支配する。不思議と、全く不快感はない。

 のんびりとした暖かい光と、ひまりの体温で、徐々に睡眠へといざなわれている感覚がする。

 遠くなる意識の中、「お兄ちゃんは無理やり変わっていく。でも、私は変わる気、ないから」という言葉が隣から聞こえた気がする。


「大丈夫。お兄ちゃんが……守るから……な……」


 そうして、深く暖かな眠りに体を預けた。

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