あとはこっちで処理しとくから
「あ、皆さん」
部屋に帰ってくると、部屋がやたら騒がしくなっていた。中心に置かれた大きなテーブルを囲み、複数人で雑談していたからだ。
「おお、帰ってきましたね?」
こちらに真っ先に気がついたのは十亀会長。その声で気がついたか、生徒会の全員と咲ちゃんとひまりはこっちを見る。
多くの目線を向けられ、少し居心地が悪くなり、そそくさとベッドに戻る。すると、おずおずと沢本さんが近づいてきた。
「あ、あの、ほんとにすいませんでした」
沢本さんはかなり気落ちしたように、謝罪の言葉を紡ぐ。目は見てわかるように潤んでおり、目が合わない。
「なんで沢本さんが謝るんです? 俺は沢本さんが助けられて満足です。お怪我とか、どうもなかったんですよね?」
沢本さんは目を伏せながら、こくこくと頷く。唇を噛み締めているようにも見えるのはなぜだろう。
「それなら良かった。俺だけで食い止められたなら嬉しいですね」
「……ねえ、なんでそんなに優しくしてくれるの? 相談役が怪我したのは私のせいでしょ? もっと責めてくれなきゃ!」
自分を許せない。そういったように聞こえた。いや、そういう顔だった。さっきと違いしっかりこっちを見据えた顔は、睨みつけていると言ってもいいくらいの眼光で見つめてきているが、その表情もまたすぐに崩れ落ちてしまうほどもろく見えた。
でも、何でそんなに気に病んでいるのだろうか。
「うーん、沢本さん。こういうのはあんまりいうのはよくないかもしれないですが、別に俺は貴方じゃなくても助けに入っていました。だから過剰に罪悪感を覚えなくてもいいんですよ。『あの時たまたま声を掛けられてたのが私だった。けど、後輩が助けてくれてくれた。ラッキー!怪我したらしいけど、そんなのわたし以外でもそうなってたでしょ』そんな感じでいいんじゃないですか?」
そう言うと、沢本さんは目を丸くしてじっとこっちを見つめてきていた。そうして、ひどい顔を無理にいつもの調子に変えて、嬉しさと悲しさと申し訳無さがぐっちゃぐちゃに混ざりあった様な顔で、
「君じゃなくても助けたなんて、本人の前で言っちゃう?」
と笑った。その言葉に俺は「そんな顔で言っても説得力ないですよ」と言うと、沢本さんはむっとした表情で肩をべし、と叩いてきた。
「ま、まあ、ありがとう。彼女の一人もいない相談役くんに慰められちゃうとは……私も落ちたものだなあ」
「落ちたものって……。そう言えば、この時間って確か先輩は部活ですよね。どうしたんですか?」
そう聞けば、ぎく、とした顔をした後、目が泳ぎ始める。息を吸ったり吐いたり、明らかに落ち着きがない。
「あー、言いにくいんだけど、というか折角助けてくれた相談役には申し訳ないんだけど、部活動停止になっちゃって……」
えへへ、と曖昧な笑みとともに、簡単に沢本さんは語る。俺は眉を潜めつつ、「なぜ部停に?」と聞けば、「相談役のせいじゃないからね!」と前置きして、
「いや、あのこと、これから説明されると思うんだけど、対外にはあったことすら公表されてないんだ。だけど、学園内ではかなり問題になっちゃって、それに伴って部活動停止になっちゃった!」
「でもそれって、別に沢本さん関係ないじゃないですか。被害者なんですよ!」
「うーん、なんだか、相談役も子供っぽいとこあるんだね。……学園側からすれば、問題は起こした方も起こされた方も、どっちも面倒なの。そして、やったのも校内の人間じゃないでしょ? だから、その責任は私と、君、それに山口くんになすりつけたってわけ。……まあ、結梨花のせいでもあるよ。」
名指しで言われ、うっ、と言わんばかりの顔をした会長は、「学園側的にはとっても譲歩してくれてくれてると思いますが……ね?」と残念そうにごまかし笑いをした。
「はあ。面倒くさいですねえ。ちなみに先輩方はいつまで部活動できないんです?」
軽い気持ちでそう言うと、右上に目線を向け、また目線が合わなくなる。じっと見つめ続けると、沢本さんは山口先輩に目線を向けた。目線のリレーの終着点となった山口先輩は、肩をすくめ、「秋までだ」と答えた。
「それってもしかして、部活動停止処分というより……」
「はあ。そうだよ。実質退部処分だ」
沢本さんと山口先輩は県トップクラスの実力を持っている。もしかしたら将来につながる様な成績をのこせるかもしれないのに……
「すいません。俺が余計なことしたからですよね」
「謝るな。どうしても出たかったなら、お前に責任を押し付けるとか、方法ならいくらでもあった。……俺たちの選択だ」
「そうそう! 私達からしたら、部活なんかよりずっと相談役のほうが大切なんだから!」
励まされてしまった……最初は励ます側だったのに。
「よし、じゃあ、私からこれからどうするかの説明をしてもいいかしら?」
話が一段落ついたの思ったのか、十亀会長がこちらに歩み寄ってくる。
「どういたしましょう? 家であの男は身柄持っておりますから、なんだってできますよ」
例えば、拷問とか。生爪剥ぎとかありますよ。と恐ろしいことを言い出す十亀会長。それくらいないと財閥級の
大金持ちはやってられないらしい。怖い。
「そんなひどいことしなくていいですから。然るべき罰を与えて下さい」
「うーん、でも彼、法的に言うと障害罪と殺人未遂罪の微妙なとこなのよね。まあ、うちならいろいろあって人一人くらいいなかったことに出来るし、あなた達に賠償させて、足りない分は労働で返してもらおうかしら」
「お、おう。なんか……程々にお願いしますね」
「いやあ、わからないんですよね。実は私、相当頭にきていて……大切な友達に無理やりナンパした挙げ句、大切な後輩を殺しかけたなんて、許せないんです。だから、つい衝動的に……ってことも」
ま、そういったところはこっちで処理しておきますね。と、いつもの様子に戻るが、処理ってなんだ……?聞かないほうがいい気がする。
「あ、あの和人くんが無事で、本当に安心しました」
最後に俺のもとに来たのは星野先輩だった。星野先輩は目に大きな隈を作って、「心配でよく眠れませんでしたよ」と、微笑む。若干目は潤んでおり、先輩のはずなのに、咲ちゃんやひまりに感じるような庇護欲を感じる。
「それにしても、今日はおしゃれしてるんですね」
いつもは星野先輩は髪を2つに結んでいるが、今日は髪をおろして、編み込んでいる。落ち着かないのかもじもじしているが、先輩元来の可愛らしさが強調されていいと思う。
「こ、これは和人くんに会うから……うう……」
「あ、俺に会うためにおしゃれしてくださったんですか?ありがとうございます! 可愛らしさがいつもより強調される感じがして……あ、お姫様みたいで似合ってますよ!」
そう言うと、星野先輩はにへ、とはにかんだ。かわいい。
「あ、暇だと思ったので、和人くんが好きな近代小説幾つか持ってきてるので。ご自由に読んで下さいね!」
自らの笑みに気がついたか顔を赤くした星野先輩は机に積んである本を指差し、生徒会のメンバーの中に消えた。
「うん。話したいことは話したし、私達は帰ります。病院のこの部屋はうちのVIP室だから、料金は気にしなくていいから。親御さんが来られたら言っておいて下さいね!」
十亀会長はじゃあ、と手を振って部屋から出ていく。一人ひとり、ほほえみながら手を振ってくれるので、なんだか心が暖かくなった。
ふう、と一息つき、咲ちゃんとひまりの方を見ると、鏡の前で一生懸命髪をいじっていた。
「ん? 今から誰かと会うのか?」
疑問に思って聞いてみると、二人は、俺に見せるために髪をいじってくれていたみたいだ。だけど、俺が一番似合うと思ってるのは、いつもの髪型で、いつものようにヘアピンを付けた二人だよ。というと飛びつかれてしまった。
点滴もあるし、危ないから注意しようかとも思ったけれど、二人の幸せそうな顔を見ていると、後でいいか、と思ってしまい、甘い兄だな、と自分で思ってしまうのであった。




