運動会と自慢の妹
「これから体育祭を開会します。競技に参加する生徒は、順番と集合場所を確認し、時間前に集合して下さい」
そう言って始まった体育祭。俺はと言えば、やはり想像通り生徒会席に座っている。だが、俺自体には思ったより仕事という仕事はないようだ。実質特等席といったところか。
ここから見渡してみると、大体のクラスの様子がわかる。この学校は人数が少ない関係で、各クラス対抗の学年ごとに競い合う体育祭であるため、団色ごとに別れているようなことはない。しかし、代わりに各クラスの団結力は桁違いに高いと思う。
一年生を見てみる。一年生はまだ入学して数ヶ月。完全に全員が打ち解けるのは難しいとは思うが、どんなものだろうと気になったからだ。
「一年生、思ったより仲良くなってるみたいね」
「十亀会長? そうですね」
突然、横から声をかけられる。十亀会長も一年生のことを気にしてくれているのだろう。
見た所、仲が良いグループのようなものは見受けられるが、そのグループを超えた交流なども見受けられ、特に特別仲が悪いといった所はなさそうである。その輪の中に咲ちゃんやひまりも混ざれているのを見つけ、少し安心する。
「あの子達のことも気になってたの? 貴方ってシスコンなんですね。意外です」
会長がくすくす笑ってからかってくるが、そのとおりなので思い切り首肯すると、今度は大きな声で口元を抑えて笑い始めた。意地でも顔を崩さないという気概が感じられ、お金持ちの娘って大変そうだな、と思ったり。
「あー、面白い子ですね、貴方も。こんなに笑いそうになったのは久しいです」
こんなに堂々とシスコンを肯定する人がいるなんて、と言って、また口元を抑える十亀会長。なんでも、十亀会長の前に現れる人間は皆外面を気にしてシスコンであることを認めないらしい。なんでだ。妹が好きなのは良いことだろうが。
「なんか、もっと貴方達兄妹に興味出てきたかも、ですね」
またギラッとした獲物を見つめるような目でこちらを見つめてくる。やっぱ俺もひまりも目つけられてるよなあ。どこが気に入ったんだか。ひまりはともかく、俺なんか特に興味を持つ様なとこないと思うがなあ。
●●●
あれから入場門の開放、競技の準備などで、かなりの時間の後に、ついに第一競技が始まる時間になった。第一競技は一年生によるリレー。咲ちゃんもひまりも、どちらも選ばれているらしく、昨日嬉々として応援するように言ってきた。
「よし!」
俺はと言えば、その二人を写真に収めるべく、三脚に自前の一眼レフを取り付け、椅子にどっぷり座って、競技が始まるのを今か今かと待っていた。
「ねえ……流石にガチすぎじゃない? 流石に引くかも」
「ああ、今回は親が来れませんから。その代わりにです」
ああそういうこと、と言って、少し離していた席を戻してくれる沢本さん。ちなみに、もちろん個人的に二人の写真を取りたいというのもある、といえば、また席を離されてしまうだろうか。
「でも、私があんまり体育祭好きじゃないからっていうものあるかもですけど、素直に楽しんでる人ってすごくキラキラしてて、写真とっちゃいたくなるの、わかるかも」
星野先輩は、暗い顔をしながらそうつぶやく。そして顔をがくりと落とし、「今年もキラキラした人たちに隠れて私は……」とぶつぶつうわ言のように言い出す。怖い。
「おい、そろそろ始まるぞ」
山口先輩がそう言い、グラウンドの方を見れば、丁度ピストルが鳴った。
一斉に歓声が上がり、一気に体育祭の雰囲気になる。ずいぶん速い一年生たちがスタート地点から次の走者に渡す。その様子は圧巻で、本当に一年生?と思うほど。
どのチームも一進一退の攻防が続く。どこかのクラスは脱落してもおかしくないかな、と思っていたが、意外にもどのクラスも優勝できるんじゃないか?と思う程拮抗している。逆に言えば、その分咲ちゃんやひまりの負担が大きいわけだが。
皆懸命に走っており、その横顔は真剣そのものである。下級生ではあるが、かっこいいな、と思ってしまうほど。
そうこうしていると、あまり人数の多くない各クラスの代表リレーは終盤に。まずは咲ちゃんにバトンが渡り、一枚パシャリ。そこからもファインダー越しにその姿を見続ける。パシャリ、パシャリと何度も撮る。いつもはあまり見せない、かわいいとはまた違った、かっこいい表情を収めるため。
咲ちゃんがバトンを渡されたのは4クラス中最下位だったが、今は2位まで上がっている。
「頑張れ!」
喧噪と一緒に声をあげる。そこで咲ちゃんはもう一度スピード上げたように見えたが、残念ながら追いつけず、次のアンカー、ひまりにバトンを渡した。
ひまりがバトンを受け取った瞬間を写真を撮った瞬間、俺は驚愕した。ひまりが少し微笑んだかと思うと、ものすごい勢いで走り出し、他のクラスも速いやつを集めているであろうアンカーをとんでもない速さで差を詰め、そのまま抜き去ってしまったからである。
ひまりが他のやつを追い抜いたところで、シャッターを切った。その横顔は自身に満ち溢れていて、それでいて誇らしそうでもあった。
思わずファインダーから目を離し、グラウンドを見て、そのままの目でひまりを見る。
「ああ、すげえ」
そこには、世界一かっこいいと言っても過言ではない自慢の妹が、見事一番の速さでゴールテープを切る姿があり、俺は見て確認もしないまま、無意識にシャッターを切った。
「すっご……」
隣でずっと見ていた沢本さんがつぶやくようにそう言い、少し反応が遅れた観客や生徒たちから歓声が上がった。ひまりはと言えば、それに手を振って答えている。また、別のクラスのやつまで大きな歓声を上げていたり、別学年の人も大きな声で楽しかった、と言っている。
隣の沢本さんが呆然としているように、後ろの星野先輩が羨ましそうな目線を送っているように、山口先輩が肩をすくめながらも楽しそうな顔をしているように、また、会長が嬉しそうな笑みを浮かべているように、たった100mの間の走りで、ひまりは多くの人を魅了した。
迫力も、速さも、表情も、そのすべてが人を魅了するものだった。
実際、彼女に魅了された多くの観客は鳴り止まない拍手を送っている。その妹のことが、兄として誇らしく思えた。
咲ちゃんと話しているひまりは、こちらに気がつくと、思いっきりVサインを飛ばしてくる。それを返してやると、嬉しそうにはにかみ、咲ちゃんと肩を組んで、こっちに向け、思いっきり笑った。
俺は目の前にあるカメラを取り、二人の写真を撮った。
「すごい子たちね?」
「十亀会長……本当に、ひまりも咲ちゃんもすごいですね」
「びっくりしちゃった。欲しくなるなあ、二人共」
一年のうちに入れるのは止めてたほうが良いですよ、と言うと、十亀先輩は「流石にわきまえます」と、少し拗ねたように言った。
「本当にあの子、相談役の妹ちゃん?」
「そう。あの子が、高町ひまりちゃん。正真正銘この和人くんの妹です」
まだ少し呆然としている沢本さんは、会長の即答を聞き、怪訝な顔を俺に向ける。
「うーん、あんなにスターみたいな子が、相談役の妹? 信じられないなあ」
「まあ、いろいろあるんすよ」
じーっと見てきていた沢本さんは、「まあ良いか」とパッと表情を明るくし、カメラを覗き込む。
「そんなことより、さっきのカメラの写真見せてー! ちょっと気になるからさ!」
はいはい、と言ってカメラでさっきの写真を見せ、途中から入ってきた星野先輩も入れ、十亀会長、沢本さんと、咲ちゃんとひまりの写真をあーだこーだ見ていった。
去年は生徒会に入っていたわけでもなかったため、このようなことはなく、自分の競技に精一杯だった。
しかし、たまには仲がいい人たちと賑やかにイベントを楽しむというのも楽しくて良いかもしれない、と思った。




