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良い妹であれてる?

 すっかり不機嫌になってしまった二人の機嫌を取りつつ、なんでそんなに不機嫌なのかと聞いてみると、「いままで対等な友達だと思ってた人が、俺の特技目当てで付き合ってるんでしょ? って言ってきたらどう?」と言われ、少し反省。


「それにしても、二人は俺のこと、きちんと俺としてみてくれてるんだな。別にご飯とか、勉強教えてくれるとかの打算無しで」


「当たり前でしょ。……きっとさ、お兄ちゃんが思ってるよりずっと私はお兄ちゃんのこと大好きだと思うよ?」


「私もですよ。その気持ちを無下にされてる気分になって悲しかったです!」


 二人は、まだ拗ねた感じも出しつつ、俺を諭すように言う。確かに二人がおんなじようなことを言っていたら、俺も怒ってしまうかもしれない。


「ほんとにすまん。今回は不用意だった。二人はそんなこと思ってないよな。俺も二人のことはすごく大切だと思ってるし」


「本当にそうですよ。私は、家族と同じくらい、ひまりちゃんと先輩といる時間が大好きなんです」


 もう怒っていないのか、はあ、とため息を付いた咲ちゃんは落ち込んで項垂れている俺の前に来て、頭をほんの軽い力でぺし、と叩いた。


「だから、あんなこと、言っちゃダメですよ。私じゃなかったらきっと怒って出ていっていたかもしれません。優しい私で良かったですね」


 俺が元気になるようにとの考えか、ほんの少し冗談を交えつつ、優しい笑顔を浮かべながら頭に手を乗せる。


「先輩の頭を撫でてあげることになるなんて、思ってもみませんでしたよ。……でも、今の先輩、なんだか弱々しくって、守ってあげたくなる感じがしていいですね」


 そう言って頭をゆっくり、優しい手付きで撫でてくるその状況に、こほん、と言う咳払いが響く。


「ねえ、お兄ちゃん、咲ちゃん。……妹の前でイチャイチャと……私もまっぜろー!」


 少し居住まいを正して話し始めたひまりはこちらに飛び込んでくる。蚊帳の外で寂しかったのか、いつも以上に甘えてくるひまりは、すりすりと頬ずりするように正面から抱きついてきて満足そうにいている。咲ちゃんと目を合わせ、その頭を優しく、二人で撫でる。


「ひまりちゃんはいつも頑張ってるんですから、今日くらいはいいですよね」


「……そうだな。ひまり。いつも学校で頑張ってて偉いぞ!」


「そうでしょ?」


 ひまりはあまり自分を飾らない。だからか、あまり俺たちなどの気心がしれた人の前では謙遜をせず、思ったことを素直に言う。そのため、褒めたらその通りに受取り、その上物凄く嬉しがる。そこがこちらまで心地よくなり、ついつい甘やかしてしまう。


「いかんいかん。流石にこれ以上遊んでると!」


 ぱっと時計を見てみると、既に8時を回っている。咲ちゃんも流石に帰らねばならない。外も暗いし、送っていくよ、といい、当然付いてくるひまりが靴を履いて外に出たことを確認して、施錠し、歩き出す。


「なんか、思えば俺たちがこんなに仲良くなったはじめての日も、たしかこんな感じで三人で送ってたんだよな」 


「そうでしたね! 確かあのときはひまりちゃんが、お兄さんが私達を攻略しようとしてるとか言い出して逃げたんでしたね」


「っ……まだそれ言う? 恥ずかしいんだけど……」


 ひまりはあの時の話をすると、拗ねたような顔を反らして、話題を変えようとする。きっと彼女にとってかなり恥ずかしい出来事となっているのだろう。


「あのときは少しテンションがおかしかっただけだから!」


 必死に弁解しようとするひまりだが、耳まで真っ赤なその顔が電灯に照らされ、何とも微笑ましい光景になっている。


 そこを指摘してやると、ぷいっと顔を背け、もう知らない、と言うかのように、ふん!と鼻を鳴らした。


「ひまり。そんなに拗ねるなって。なんだかんだいい思い出だろ?」


「……でも、恥ずかしいんだもん」


「あれくらいで恥ずかしいとか言うか? 俺なんか、今日後輩で妹の友達に頭撫でられてたんだぞ?」


 そういうと、ひまりは少しびっくりしたような顔をして考えたあと、「それはそうかも」と、を微笑を浮かべた。


「じゃあ、私より恥ずかしいお兄ちゃんだね!」


「おうおう。そうだぞ。人生恥かいたやつがなんだかんだ強いんだ」


 なにそれ、とくすくす笑って、いつもの顔に戻ったひまりは、さっきまでのやり取りを無言で聞いてきた咲ちゃんの隣に移動して、「お兄ちゃんって、ずるいよねえ」と話し始める。否定してくれると思った咲ちゃんも、「そうだよね!」と、食い気味に肯定していた。勘弁してくれよ……。


 そうこうして、雑談をしながら歩いていると、咲ちゃんの家に着く。


「ありがとうございました。わざわざ送ってもらって……」


「良いんだよ。ご飯誘ったのも俺だしな」


「そうだよ! それに私もお兄ちゃんも、咲ちゃんと一緒に居たかったからだしね!」


 それを聞いて表情を和らげた咲ちゃんは、じゃあ、さようなら、と、小さく手を振る。じゃあね、と俺達も手を振り、家の中に消えていく咲ちゃんを眺める。


「じゃ、帰るか」


「うん。そうだね」


 なんとはなしに、意味もなく手を繋いで歩き出す。なんだか、そうしたいと思ったから。


「そう言えばお兄ちゃんって、彼女とかできたこと無いんだっけ?」


「……悪いかよ。お前が家に来てから、誰か咲ちゃんとお前以外の女の子と遊んでたことあったかよ」


「んふふ……全然悪くないよ!」


 なんだか少し嬉しそうに手のひらをにぎにぎしてくる。なんだか不思議な感覚だ。くすぐったいんだけど、それを話したいかと言われれば、そんなことはない。


「何ならまだお兄ちゃんに彼女ができたことがないのは、嬉しいかも」


「なんでだ?」


「……私もないから」


「お前がないのと、俺にもないの、なんか関係あるか?」


「あるの! ……私には。お兄ちゃんには秘密だけどね!」


 隣を向けば、ほんの少し頬を染めて、人差し指を鼻先に当て、しー、と笑っている顔があった。よるという時間帯と、まばらに道を照らす街灯が俺たちを照らし、その雰囲気からか不覚にも少しドキッとしてしまう。


「あ、ねえ、今お兄ちゃんドキッとしたでしょ」


「……してない」


「間が空いたね。いーけないんだ!」


 ふふふ、とひまりは楽しそうに笑う。


 俺は、この笑顔を守るために兄になったのだと、昔からそう思ってきた。この笑顔には、そう思わせるだけの魅力がある。


 俺は、このひまりの笑顔を見ているだけで、心から幸せになれるのだ。


「なあひまり。俺は、お前にとって良い兄か?」


 ふとその質問をすると、ひまりの瞳はすこし下がった。そして今度は俺の瞳をじっと見つめ、口を開いた。


「ねえ、お兄ちゃん。私は、良い妹であれてる?」


 その質問は、今までしてきた質問の中で、一番の意味を持つような緊張感を孕んでいた。まるで、答えないのが正解のような……それでも俺は、断言した。


「ああ。お前は、俺にとって、良い妹だ」


 その答えを聞いたひまりは、「そっか」とつぶやき、前にすこし駆け出す。そうして俺を振り返り、


「お兄ちゃんも、とってもいいお兄ちゃんだと思うよ!」


 と笑った。その顔は楽しそうな笑みであったはずなのに、俺が兄として守ってやらないといけなかった笑顔のはずなのに、「ひまり」という一人の少女心からの笑みではないように見えた。

 

 それでも笑みを浮かべ続けているひまりの隣に追いつくと、「それでも、あきらめないから」と、呟く声が聞こえた気がした。

 なにか言ったか、とひまりに聞いても、なにもないよ、と帰ってくるだけだ。

 

 ただ、笑みを浮かべているはずの目に、光るようななにかがあった気がした。俺にはそれが何かはわからなかった。涙ともまた違うように見えるが、涙であるようにも感じた。


 どちらにせよ、その正体に、きっと俺はまだ気がついてはいけないのだと思う。

 

第二章前半終わりです!

次回からは、体育祭編がガッツリ始まっていきます!


ここまでで面白いななど思っていただけた方は、ぜひブックマークや評価など、お願いします!!!!!

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