浮気しちゃ、だめだからね?
いつものように、斗真と他愛のない話をしていると、突然聞き慣れた声が聞こえた気がした。
「おーい! お兄ちゃん!」
……ひまりが廊下側の窓の外で手を振っている。隣には咲ちゃんがオロオロしながら立っていた。
みんながこっちを一斉に見るので、きっと「お兄ちゃん」が指す人物が俺であることは完全にバレているのだろう。それもそうか。俺もひまりも高町だし、ひまりはそこそこ有名だ。
「ああ、あれが妹ちゃんか?」
「ああ。良い妹だぜ?」
「んで、隣が、例の子か」
「そう。咲ちゃんだ」
俺が席を立ち、二人がいる廊下に一番近いところへ近づくと、斗真も一緒になって近づいてくる。
「遅いですよ! 先輩! ひまりちゃんは気にしてないみたいですけど、私はこのアウェー感に、縮こまるしかできないんですからね!」
咲ちゃんが怒ったような口調で、俺を糾弾する。確かに、入学したばかりの一年生にとって、知ってる人もほぼいない他学年の教室に乗り込むのは、とんでもない覚悟が必要だろう。俺ならしたくないと思う。
「ほう……俺はこの和人の友達、桐原斗真だ。よろしく」
「あ、桐原先輩ですか? よくお兄ちゃんから話は聞いていました。高町ひまりですよろしくおねがいします」
「私も一応お聞きしていました。川谷咲と申します」
「二人共よろしく!」
コミュ力に優れた斗真は、二人に一瞬で自己紹介を決めてしまった。……まあ、二人との会話で何度か紹介してるから、こいつの概要は二人共知ってるから良いか。
「斗真! ……って、あれ? お客さん?」
何とも丁度いいタイミングで、佐山が斗真に会いにこちらに歩いてきた。そして廊下の二人と会話していることに気が付き、すぅ……っと目を細める。
「浮気?」
「断じて違う! 俺は凜花一筋だ!」
その様子に異常に焦った斗真は、顔を真っ青にしてぶんぶん振りながらながら否定する。その動きからは必死さが見て取れる。
「いじめるのはそこまでにしといてやれ。佐山」
「面白かったのに……ま、後輩達の前でこんな姿見せられないよね。私は佐山凜花。和人のお友達で……斗真の彼女です」
一旦気を取り直した自己紹介をする佐山。さっきと同じように二人も佐山に自己紹介をすると、佐山は何かを思いついたかのように二人を連れ出していった。
少し離れたところから、「ええ!?」とか、「お兄ちゃんに!?」という声が響いていることは気にせず、しばらく待っていると、佐山は二人を連れて戻ってくる。
「さ、二人共」
佐山が促すように言うと、物凄く恥ずかしそうな顔をした二人がこちらを上目遣い気味に見つめてくる。
「お、お兄ちゃん。……学校でも、私達以外に浮気しちゃ、ダメ……だからね?」
「せんぱ……お兄さんは、私達だけ見てて下さい」
思わず目を見開いて驚いてしまった。ひまりは普段あまり見せることのない本気の照れ顔だ。咲ちゃんは照れ顔こそ見慣れているものの、お兄さんという最近はあまり見せない呼び方。
こ、こいつらは妹と後輩だぞ!?それなのに、なんでこんなに胸が高鳴るんだ!?
二人の身長が小さいこともあり、見上げるようになっている上目遣いは、俺の心を刺激する。控えめに言って、妹分である二人に、少しときめいてしまった。
「っ……!」
俺も恥ずかしくなって目を逸らす。すると、そこに佐山と斗真がおり、腹を抱えて爆笑していた。
「あははははは! あの和人があんな顔! ……ひー! 腹痛!」
「ぷくくくく……思った以上に効果抜群だったみたいね!」
その反応に、ついつい周囲を見渡す。周囲から向けられていた目線は、初々しいカップルを見るような、それはそれは生暖かい目線だった。恥ずかしすぎて顔から火が出そうな気持ちになる。
元凶になったのは佐山……では、その彼氏を討伐せねばならぬ。俺は窓のそばを発ち、斗真に鉄槌を下そうとして……袖を引かれたことでそれは止められた。
「せ、せんぱいー! 恥ずかしいので、いかないでください……!」
その瞬間。俺はこの昼休みを咲ちゃんのために使うと決めた。
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「なあ、さっきの妹の隣りにいたのって、お前の彼女か?」
「ああ、違うぞ。あれは妹の友達だ」
「妹の友達!? やたら距離近いなあ……」と、二人が帰ったあと、やたらクラスメートにいじられる。それなのになんだか悪い気はしないのが何とも。
なんというか……「あの二人は俺のだぞ! 近づくな!」って言ってる気分がして良い……って俺は何を考えてるんだろうか。さっきからなんだか思考がおかしい方向に行ってしまっている。
「ああ! 佐山があんなこと吹き込むから、俺までおかしくなりそうじゃないか!」
「だって、元はと言えば和人をおかしくするために仕組んだんだし。その反応を見られただけで、吹き込んだ甲斐もあったってもんだよ」
なんだかめちゃくちゃ嬉しそうな表情をしているが、あの顔はどうやっていじろうか考えている顔である。俺は詳しいんだ……。
「にしても、和人があんな反応するなんて……! 本当におもしろ……あはは!」
斗真はまだ笑っている。こいつのツボどうなってんだ?流石に浅すぎるだろ。
「何だあ、お前、まさかあの二人の中に本命でもいるのか? ほれほれ! 教えてみろよ!」
うざ絡みが炸裂しだした。何だこいつ。鼻の骨の一本でもへし折ってやろうか。というか……
「よく考えろ。ひまりは妹、咲ちゃんも妹の友達なんだぞ? 恋愛なんて、無いだろ」
「本当にそうか?」
突然真顔になった斗真は、聞き返すようにつぶやく。
「俺さ、さっきなんでお前がひまりちゃん咲ちゃんにときめいてたか分かるぜ。教えてやろうか」
「……なんだよ」
「あの二人が、妹としてじゃなく、妹の友達でもなく、一人の後輩としてお前を見てたからじゃないか?」
「んん? それ、どういうことだ? 妹でも、妹の友達でもなく?」
そう聞き返せば、「喋りすぎ」と斗真は佐山に注意され、「やべ」と口元を覆った。なんだよ、と次を促すように言うと、
「ここからは俺の口からは言えない。自分で考えるんだな。……でも、別に考えなくても、時間が経てば分かると思うけどな」
「そうか……じゃあ、楽に時間を待っとくよ」
俺がそう言うと、斗真は「絶対お前ならそういうと思ってたぜ」と言った。ただ、「楽しむことは忘れずに」とも。
「楽しむなんて忘れるわけ無いだろ。昨日、遠野先生からも言われたんだ。若いうちに楽しめるものは楽しんどけってな」
「おお、さすが遠野先生。良いこと言うね。さすが私達の担任」
「俺も遠野先生好きだぜ?」
「は? 私以外の人間に簡単に好きなんて言わないでよ」
「いてて! なんでだよ! 冗談だろ!? か、和人だって好きだし!」
やべ、自分で地雷踏んだくせに、俺にも飛び火させようとすんな!
佐山はゆっくり首を回し、俺の方を向いた。ひ、やばい。殺される……!?
「和人は許す! 私も和人のことは大好きだから。まあ斗真への想いには負けるけど?」
う、嬉しい言葉のはずなのに、全然うれしくねえ。なんか、俺を出汁にされて、いちゃつかれてるだけのように気がしてきた……。
よく見たら、斗真だって本心から嫌がってるわけじゃなさそうだし、これも一つの愛の形……かな?
と、満足したのか、佐山は突然斗真を開放した。
そして、冷や汗がだらだら流れている斗真の肩をガシッと掴み……
「まあさ、普段はあんまりこういうの言う機会ないけど……あの、私以外のこと見ちゃ、駄目なんだからね?」
と、さっきの本家バージョンを聞くことができた。佐山も可愛いとこあるんだなあ、と思って斗真を見ると、嬉しそうにニヤついた顔。
佐山の方を見れば、「や、やっぱり忘れて……」とうつむいて恥ずかしそうに縮こまっていた。
「でも、本心だから」
佐山は最後にこう言って、「じゃ、じゃ! また放課後ね!」と走り去っていった。
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