幸せな日常
「ふう……」
小さな息を吐く音が聞こえた。ひまりのものではないし、俺のものでもない。咲ちゃんのものだ。
最近はすっかりこの家に馴染み、春休みとはいえ、この家でよくくつろいでいる。卒業式の折に母から「いつでも来てね」といわれていたので、それもあるかもしれない。
昼ごはんを食べた後に家に来て、なにか目的があるわけでもなくのんびり。そして夕飯の前には家に帰っていく。
色々考えたが、なんだか家族みたいだなと思ったり。
「咲ちゃん。お茶と水、どっちが良い?」
「あ、すいません。お茶をお願いします」
家に来て数時間経っていたし、お茶を出す。今、咲ちゃんは俳句の本を一生懸命に読んでいる。……何で俳句?とは思ったが、高校のことを考えたらなんとなく想像がついたので特に触れないでおく。
「なくなったら言ってくれ。入れ直すから」
「ありがとうございます」
そういった咲ちゃんは、一口そのお茶を飲んで続きを読み始めた。
俺はその姿をじっと見つめて時間を潰していた。やることがないからだ。スマホを触ってもすることはないし、本も家にあるやつはあらかた読んだ。学校行事関連でしないといけないことがあったが、それも終わって提出済みだ。
「な、なんです? さっきから。先輩、私のこと見過ぎじゃないですか?流石に少し落ち着かないというか……!」
ずっと見続けていると、流石に居心地悪いのか、体をもぞもぞさせながらこっちに不満そうな目線を向けて来た。
「そんなこと言われたって……暇だからな」
そう言うと咲ちゃんは頬を膨らませて、「もーっ!」と唸った。それが少し面白くて笑ってしまう。
「せんぱい、私のこと見てたって楽しくないくせに」
「いや、楽しいよ」
「……どうせ今みたいにすねた顔が面白いとかですよね!」
咲ちゃんがすっかりへそを曲げてしまっている。が、咲ちゃんは重大な勘違いをしている。別に俺は咲ちゃんのすねた顔が面白くて見ているわけじゃない。
「咲ちゃんがかわいいから見てるんだよ」
「ふぇ……? か、かわ!?」
そう言うと、咲ちゃんはみるみるうちに赤くなっていく。それをまだ見つめていると、手に持っていた本でかおを半分隠してしまう。
「う……せんぱいは卑怯ですね!」
「何が卑怯だ」
「だって、かわいいなんて……」
また恥ずかしくなったのか、今度は顔全体を本で覆ってしまう。
「お兄ちゃん、お茶ある? ……って、咲ちゃん?」
丁度そこに降りてきたひまりがリビングに入ってきて、この状況を目撃する。
ひまりは俺と目元を少し出して、潤んだ瞳で俺を見つめてきている咲ちゃんを交互に見て、俺に飛びかかってきた。
「お兄ちゃん! 咲ちゃんになにかしたでしょ!」
「ご、誤解だって言うわけでもない!?」
「どっちだー!」
ひまりは攻撃というよりも、強く抱きしめてきた。その顔も怒った様子ではなく、少し甘えてきているときのような顔。
それに気がついた俺は、「咲ちゃんを恥ずかしがらせた罪ー!」と言いつつも楽しそうに笑っているひまりをこっちから抱きしめた。
「お、お兄ちゃん?」
そうして抵抗する暇なく持ち上げ、咲ちゃんがいるソファーに一緒に座った。
咲ちゃんもひまりも頭の上にはてなマークが浮かんでいるが、俺はとっととテレビの電源をつけ、ゲームを起動させた。
「よし! 対戦ゲーム負けたやつが激辛焼きそばだ!」
突然俺が宣言すると、二人は驚いた顔で俺を見てくる。だが、先にひまりが好戦的な笑みを浮かべて、コントローラーを取った。
咲ちゃんは少しオロオロしていたが、俺がコントローラーを渡すと、それを受け取った。
ただ、受け取る瞬間、俺の耳に口を寄せ、
「さっきかわいいからって言ってくれたの……嬉しかったですよ」
と囁いた。
もちろんこの戦いの敗者は俺だった。普通に動揺していた俺は二人にコテンパンにされ、ひまりに煽られながら焼きそばを食べた。結果は……人間が食べるのはおすすめしないものだったということ。
余談だが、俺が苦しんで食べているのを見て、咲ちゃんとひまりも一口ずつ食べたが、ふたりともすごい顔をして苦しんでいた。
俺は始業式が数日後に迫っていて、二人も一週間くらいで入学式が始まるというのに、一体何をしているんだ……と虚無になってしまう日々だが、これこそ日常で、幸せで楽しいと感じるのも確かだった。
これにて第一章完です!ここからついに高校生活のお話に入っていきます。いわばエピローグみたいなお話でした。
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次は明日0時に投稿します!




