卒業式に感謝を伝えたい人
「和人。じゃあ行こうか」
「おう! ……ちょっとまって、お母さんは?」
「車じゃないのか?」
「こっちよ! まだ着替えてるから!」
朝っぱらからいつもと違い、我が家は騒がしい。今日は普段は転勤でかなり遠い県に赴任しているため家にはいない、両親が帰ってきている。
そう。今日はひまりの卒業式なのだ。
両親は俺のときもそうだったが、溺愛しすぎて卒業式で暴走してしまうことがある。それが、俺のときは某議員を思わせるような号泣で、それはそれは恥をかいたものである。
そのため今回、ひまりはそんな思いをしないように、俺も同行する。安心してほしい。ひまり。兄はきっとこの二人の号泣を止めて見せる。
あ、もちろん、俺がひまりと咲ちゃんの卒業式を見たいという個人的な理由ももちろん含まれてる。もちろん。もちろん!
「遅れてごめんね。じゃあ出発しましょうか」
お母さんが着替えを終わらせ、車に乗りこむ。既に俺とお父さんは車に入っていた。カメラやら三脚やらも乗せ終わっている。車が動きはじめると、徐々にワクワクしてくる。あの二人、どんな感じなんだろう。もしかして、お父さんお母さんではなく、俺が泣いてしまったり……なんてな。
学校は既に結構な数の車が止まっていたが、まだまだ早い時間。車を停めるスペースはある。近いところを狙い停車。そうして体育館に入場すると、自分の卒業式を思い出す。卒業証書をもらって、送辞に対する答辞やら、卒業生代表の挨拶だったり、意外と生徒会長はやることが多く、大変だった記憶がある。
両親は保護者代表のはずなのに号泣しているので、卒業生はドン引きしながら眺めていた記憶も……あれ、今年も生徒会長はひまりだから保護者代表はまたうち……?
そう思っていると、馴染みの先生から声を掛けられる。
「元気か?」とか、「学校はどうだ?」とか、心配性のおばあちゃんみたいなことを聞いてくる。しかし、どの教師も最後には、「それにしても妹の卒業式に来るなんて、本当にシスコンだな」と言ってくる。シスコンで何が悪い。
俺は在学中から自他ともに認めるシスコンである。
「ちなみに、ひまりの友達の、咲ちゃんって……」
「ああ、川谷か。いい子だぞーあの子は。……もしかして狙ってるのか?」
「……元とは言え教え子になんてこと言ってるんですか」
「でもなあ、川谷もしょっちゅうお前の話してるからなあ。最初は妹の友達に手出したのかと思ったぞ」
流石に違うと、ひまりとの会話を聞いていて理解したそうだが、俺の信頼度低くないか。後輩とは言え、高校生があんまり関わりなかった中学生に言い寄ってたらちょっとやばいかもしれない。しかも手を出すって。それこそ事案と言うやつじゃないか?
ああ。そろそろ始まるぞ。と言って先生が教師の席に帰っていき、俺もカメラを用意している両親の隣の席に座ると、丁度放送が鳴り響いた。
「卒業生、入場!」
●●●
ひまりたちは立派な卒業をした。さっきの卒業式は、生徒会長として、家で見せるようなだらけた姿ではなく、しゃんとして立派な話をしていたし、咲ちゃんも背筋を伸ばしてぴしっと証書を受け取っていた。まあ二人共小柄だからか、若干ほほえましい感じにはなっていたが。
ちなみに、保護者代表の号泣挨拶は阻止できなかった。なんでって?俺も泣いてたからだよ。察してくれ。
そして今は全て終わり、最後のホームルームが目の前で執り行われている。
「はい! では、感謝の手紙、朗読しましょうか!」
感謝の手紙とは、最後のホームルームで、毎年この学校の伝統として受け継がれているもので、両親。そして、個人的にお世話になった人にとあわせて二枚の簡単な手紙を朗読する会である。
ちなみに、お世話になった人の分は多くの生徒がめんどくさいので担任を選び、担任の涙腺が崩壊する。親御さんたちも、担任も泣いているという現場が誕生するのだ。実際、担任は今の数人で既に涙目になっている。親御さんも涙ぐんでいる人が。
と、色々見ていると、咲ちゃんの番である。咲ちゃんは先に両親への手紙を取り出す。「勉強を応援してくれた」「辛いときも味方でいてくれた」「私を尊重してくれた」「温かい愛情に包まれていた」と、親御さんに向け、話していく。涙を拭う人が見え、あの人が咲ちゃんのお母さんかな、と予想。
綺麗にまとめ、その手紙を読み終わった咲ちゃんは次の手紙を出す。さあ、誰に向けてなのだろう。担任かな?
「私が感謝を伝えたいのは、高町和人さんです」
突然の名指しに、俺含め会場困惑。一応去年の生徒会長だった俺はこの中でも知名度があり、顔も知られている。そのため、全員一気にこっちを見てくる。その目線はやめてくれ。俺もなんでかわかってないんだから。
「和人さんは、私とはあくまで友達のお兄さんという関係で、あまり深い関係はありませんでした。でも、受験に関することの勉強で私が困った時、手を差し伸べてくれました。断られるかと思った、というと、おんなじ学校に行こうとしている後輩なんだから、精一杯力を貸してくれる、と言ってくださいました。」
「実際それは本当で、私が図書館に来てほしいと言えば駆けつけ、わからないところを丁寧に教えてくれ、技わあ時間を削って入試対策までしてくれました。私がギリギリで合格できる自信がないときは励ましてくれ、そのおかげで自信を持って入試に向かうことができました」
「ときには息抜きに、と、ひまりちゃんと私と和人さんでお出かけに連れて行ってくれることもありました。そして、合格したときは、私よりも喜んでくれたのです」
「私は和人さんがいなければ、高校も入試は合格できなかったと思うし、こんなに楽しい日々はなかったと思います。私には、和人さんが大切な存在になりました。まるで本当の家族のような親しみ……本当の兄みたいだと思うようになりました」
「和人さんは、ひまりちゃんの兄です。でも、勝手ながら私も妹としてこれからも接してほしいのです。これからは、妹分、後輩として、よろしくお願いします。」
目から涙が止まらない。止めたくても止まらない。顔もひどいことになってるだろう。咲ちゃんがそんなこと思ってくれていたなんて……周囲を見ると、さっきまで困惑の表情を浮かべていた人も目に光るものが。それを見て、俺また涙が。
涙が止まらないうちに、どんどん順番が進行していき、ひまりの番。
ひまりはあえていつもの学校の生徒会長モードを崩し、いつもの家のような崩した言葉にする、周囲の生徒はびっくりしているようだが、俺達からしたら、それが自然で、そっちのほうが嬉しい。
まずは例のように両親に。買ったばかりの一軒家と子供を置いて離れてまで俺たちを養うために一生懸命働く両親に、ひまりなりに素直に感謝の言葉を伝えていく。「連絡するときは、ちょっと冷たいこと言っちゃうかもだけど、いっつも、ほんっとうに感謝してます!」という言葉でお父さんもお母さんも号泣。先生も号泣しているので、今この場にいる大人のほとんどが泣いている。
でも、ちょっと恥ずかしそうに、でも寂しそうにそんな言葉言われたら、そりゃあ泣くよね。と思う。
一枚目の手紙は終わり、二枚目に入る。俺はまだ涙が止まっていないが、しっかり聞こうと耳を傾ける。
「私が感謝を伝えたい人は、お兄ちゃん……高町和人さんです」
「お兄ちゃんは、私が結構色々出来ることを知っています。でも、必ず『何か俺に出来る事はあるか?』、といっつも聞いてきました。特に、入試の前の私は自分に自信があって、そんなのいらない、突っぱねるように言っていたのに、お兄ちゃんは勝手に入試の対策を作ってきて、それを私にやらせました」
「私は絶対に無駄だと思いました。でも、実際入試に行ってみると想像以上に難しくて、日本中から頭がいい人が集まる学校の学力推薦入試の難しさを目の当たりにしました。でも、私はお兄ちゃんからお前はすごい、絶対合格できる、と言われ続けていた上、丁寧にまとめられた入試対策と同じ傾向の問題だったので、なんとか主席で合格ることができました」
「ひまりちゃんとも仲良くなってからは、三人でよく遊びに連れて行ってくれたりもしました。ちょっと遠いところとか、卒業前に楽しい思い出作っとこう、と言って連れ出す時、私達二人をよく見てくれていました。そんなお兄ちゃんのことが……大好きです。いつまでも自慢の兄でいてください。ひまりより」
だ、だめだ。息ができない。涙が、溢れ出てくる。去年両親が大号泣してた理由がわかった。これは心に来る。そんなこと思ってくれてたんだ、という感動、こっちこそありがとうと言いたい、という感謝の気持ちやらがごちゃごちゃになってすごいことになる。
やっていることが自己満足でしかないことは、自分が一番わかっていた。心から「ありがとう」と言ってくれた二人に、俺からもありがとう。と言いたくなった。
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