7◇Lucia
ルーシャからすると当たり前のことを当たり前にこなしているだけのはずが、ブラッドはいちいち驚いたり引っかかる。一体どんな暮らしをしてきたのだろう。
傭兵のようなことをしているらしいが、詳しくは知らない。レーンが連れてきたのだから怪しいことはないはずだが。
そういえば、レーンの兄は騎士だったのではなかったか。その兄の知り合いだと言っていた。けれど、騎士ならば用心棒まがいのことはしないだろうから、やはりなんらかの仕事の際に助っ人として雇う程度なのだろう。
生まれや経歴を根掘り葉掘り聞き出すのは不躾な気がして、ルーシャはその日、結局何も訊けなかった。
ただ、傭兵というと半分はゴロツキのイメージだが、ブラッドから荒っぽい感じは受けなかった。食事のマナーもちゃんとしていた。
ルーシャが夕食の片づけをし始めると、ブラッドも立ち上がった。なんとなく身構えたルーシャに、ブラッドは訊ねる。
「なあ、何かすることあるか? メシ食わしてもらってここでふんぞり返ってるのも変だし」
「えっ? でも……」
急にそんなことを言われても、何も考えられない。どうしようか。
「でも、雑用をしてもらうためにいるんじゃないでしょ?」
「そうだけど、雑用をするなとは言われていない」
淡々と返された。
確かに、ただ家にいるだけでは退屈なのだろう。
「じゃあ、お風呂の水を汲んでもらってもいい?」
なんとか仕事を捻り出すと、ブラッドは不意に笑った。笑うと八重歯が口元から覗く。笑った顔は思いのほかに幼い。
――少しだけ可愛いと思ってしまった。そう、顔立ちは悪くないのだ。これで本当に犬だったらよかったのにな、と最後に失礼なセリフを飲み込んだ。
「ああ、やっとく。風呂はどこだ?」
「裏手の井戸から一番近い扉がそう。すぐにわかると思うわ」
「わかった」
そう言って、ブラッドは勝手口から外へ出ていった。
そんなに悪い人ではないらしい。もしここに祖母がいたなら多分仲良くなっただろうなと考え、ルーシャの口元もほんの少し綻んだ。
食器を洗い始めると、すぐにブラッドが戻ってきた。あんなにわかりやすいのに、どこが風呂かわからなかったのだろうかと思ったが、そういうことではなかった。
急に眉間に皺を寄せて、どこか呆れたような声を上げる。
「……なあ、あんたんちの風呂、ヤバくないか?」
「何が?」
ルーシャは首をかしげた。
古いがちゃんと湯を沸かすことができるならそれでいいはずだ。掃除も欠かしていないし、そんな顔をされる謂れはない。
「いや、上の方空いてるし」
「空いてないとカビが生えるじゃない?」
ただでさえ風呂場はジメジメしているのだから、蒸気の逃げ口があって当然だろう。
「それでも、風呂場の窓は入る時には閉めると思うんだが、あの壁の上の方の長方形の穴、どうやって塞ぐんだ?」
「どうやってって……」
そんなことは考えたこともない。屋根から伸びた庇があるから、雨が降っても風呂の中に雨が入ることもないし、別に不自由はしていない。
「正直に言って、覗き放題だぞ」
ボソッと言われた。結構な衝撃のひと言である。
「の、覗く人なんていないし! あんな高いところに人間よじ登れないし!」
「高くない。あんなの飛び上がって片手引っかけたらすぐだ」
すぐなのか。
ルーシャが固まっていると、ブラッドはため息をついていた。
「防犯意識が低い」
そんなことは生まれて初めて言われた。
祖母と暮らしていた時はこれが普通だったのだ。何もおかしいなんて思わなかった。
だが――ブラッドが言うように、危ないことをしていたのだろうか。
「そう、なの?」
「古い家だからレーンも心配したんだろ」
「そ、そうなの?」
店長は大げさだなんて言ったルーシャの方が間違っていたのか。
ブラッドは気まずい様子で床に視線を落とした。
「明日、何か穴を塞げるものでも見繕ってくる」
「う、うん。でもカビが……」
「気にすることはそれだけか」
妙に真顔で突っ込まれた。
「とにかく、今日はどうしようもないから気をつけて入れよ」
「毎日普通に入ってたけど」
「…………」
もし今日、誰かに入浴を覗かれるとしたら相手はブラッドだろう。
しかし、ブラッドは女性には興味がないと聞いている。ルーシャの裸に興味はないはずだ。多分。