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6◆Bradley

 ――どうにかルーシャの護衛として入り込むことはできたが、前途多難ではある。


 どうにも当人が友好的ではないので、なるべく神経を逆撫でしないようにしたい。ただでさえ毛を逆立てた猫のようなのだから、あれ以上刺激するとハリネズミになってしまう。

 仲良くなろうというのではないが、敵視される筋合いもない気はする。


 とりあえず、ブラッドはルーシャの祖母の部屋でベルトごと剣を下すと、ベッドに腰かけた。膝に剣の鞘を置き、刀身を確かめる。氷のように薄青く輝いているこの剣は、騎士になった時にロトからもらったものだ。

 三年ほど使っているが、未だになんの支障もないから良いものなのだろう。鋼の精霊の力が込められているとか。


 公爵の孫であるルーシャが終えていない儀式というのは、つまりが精霊との契約だ。なんらかの精霊に認められて初めて一人前の貴族の仲間入りらしい。公爵家ともなれば、かなり高位の精霊だろう。


 庶民はどうなのかと言えば、そんな儀式は一切関係ない。

 精霊から相手にされないのだ。これは正しい手順で儀式を終えていない貴族も同じらしいが。

 だからルーシャも今は庶民と変わりない。なんの力も発揮しない、ただの町娘だ。


 ほんの一部例外があるとすると、それは王に仕える騎士だ。騎士は庶民であっても能力があればなれる。出世はそれほど見込めないが。


 叙勲式の際、王から精霊の加護をほんの少し与えてもらえる。だから騎士は一般庶民よりは丈夫だ。

 傷が塞がるのも早ければ、少々の毒には耐性ができる。微々たる効果ではあるが。


 その代償のように、騎士は一度叙勲式を受けると死ぬまで騎士だ。除名はすなわち死である。騎士になるにはそこまでの覚悟が必要とされた。

 叙勲式の際に王によって胸に刻まれる刻印は、死と同時に消えるのだとか。

 ブラッドの心臓の辺りにもコインほどの大きさの精霊文字と円を描く紋章が刻まれている。


 それでも、ブラッドは小さな頃から騎士になることだけは決めていたのだ。

 父が騎士だったから、自然と他の職種は目に入らなかったと言える。今のところ、特に後悔もしていない。


 ちなみ騎士団と対になって魔術師団があるけれど、精霊の力を得られる貴族のみで構成されてしまうのも仕方のないところだ。

 だからこそ、騎士団と魔術師団の軋轢は多分どうしたって解決できない。


 ――ルーシャの祖父であるリスター公爵は、王家に次ぐ名家だ。一体ルーシャは儀式でどんな精霊を引き寄せるのだろうか。


 なんてことを考えていると、扉がノックされた。


「夕食ができました」


 ブラッドは驚いて剣を落としそうになった。それをベッドの上に置くと、扉を開きに行く。開けた途端、バターの香ばしい匂いがした。


「もう? さっき作り始めたばっかりだろ?」


 そんなに経っていない。あんな短時間で何ができるものだろう。


「だから、簡単なものしかないですよ。だって、人間に食べさせるものなんて用意してなかったし……」


 と、つぶやいてルーシャは横を向いた。


「食わせてもらうだけで文句は言わない。好き嫌いとかないから」


 それを言うと、ルーシャは少しだけほっとしたように見えた。

 ブラッドは、どんなに不味くても文句を言う気はない。なんだって食べられる。

 ミリアムの作った生煮えのビーフシチューにあたったこともあるけれど、あの時だって全部食べたのだから。


「……どうぞ」


 ルーシャに連れられ、キッチンへ向かった。古いながらに清潔に保たれているが、小さな家だから天井が低い。ロトがいたらさぞ窮屈になるだろう。


 小花柄のカーテンがついた窓から夕陽が差していて、まだ暗いということもなかった。思えばブラッドは、こんな早い時間に夕食を取ることは滅多になかったかもしれない。


 簡単なものしかないと言ったが、テーブルに載っている夕食が簡単だとは思わなかった。

 野菜スープとフレッシュトマトのオムレツ、ガーリックトースト、パプリカのマリネ、ジャーマンポテト。五品もある。ルーシャは三十分程度でこれだけ用意したのだ。どんな技を使ったのだろうか。


 ちなみに、ミリアムだったら――芋の皮を剥けたかどうかもわからない。そして、指を切るというお約束を毎回やらかす。


「簡単って、この品数がか?」


 席に着いてからも不思議で仕方がなかった。

 しかし、ルーシャはこともなげに言うのだ。


「うちの(レンジ)は三つあるんです。ひとつはスープ、もうひとつで芋を茹でながら、もうひとつでトーストを焼けばすぐですよ。マリネは作り置きだし、オムレツは平たく焼いて切り分けたから手間もかかってないでしょう? ほら、このスープ、オムレツとジャーマンポテトと具材が被ってるじゃないですか。使い回しです」


 鍋を置くレンジには〈火精の砂〉と呼ばれる、精霊の力をまとわせた砂が用いられる。

 力が尽きるまでは火が点り、なくなればただの砂になる。精霊の姿を見ることができない庶民でも使えるのだ。

 火の精霊と契約できたら金儲けできると一番人気であるが、火の精霊は無礼な者には激しやすいとかなんとか。


 放火など、悪意のあることには精霊が承知せず、火が燃え盛ることはないので安心な代物である。

 火をつけるのはすぐでも、それだけの同時進行をやってのけることは、ミリアムはもちろんブラッドにも無理だ。素直にすごいと思えた。


「いつもそんなことしてるのか?」

「……まあ、一人ですから手抜きですよね」


 手抜きの意味がわからない。

 騎士の寮で生活しているとちゃんとした食事は出てくるけれど、遠征先だと適当なもので済ませてしまうことが多かった。


「食べてもいいか?」

「どうぞ」


 ブラッドの家は五年前に父が亡くなり、その喪が明けたら母は再婚して他家に嫁いだ。姉もまたロトに嫁ぎ、ブラッドは寮生活を選んだので、こういう家庭料理はわりと珍しい。


 それも赤の他人の手料理を食べる機会というのはそうそうなかったが、ルーシャの料理は寮や店のものと比べるとやや味が薄かった。

 美味しくないというのではない。物足りないと感じないギリギリのところで味つけされている。スープからは塩味を補うスパイスの風味がした。


「おばあちゃんといたから、うちは薄味なんです。もう少し濃い方がよかったら言ってください」


 窺い見るような目つきでルーシャがポソリと言った。

 妙に突っかかる態度を取ってきたから、ブラッドのことが気に入らないのだと思ったけれど、そういうわけでもなかったのだろうか。ルーシャなりに気を遣っているらしい。


「いや、十分。美味(うま)いよ」


 正直に答えたら、ルーシャの肩から力が抜けた。つっけんどんに感じられた態度もただの緊張だったのだろうか。


「なあ、敬語は使わなくていいから」

「でも、私よりも年上でしょう?」

「ふたつほど。そんなに変わらない」

「わかりました」


 わかりました、は敬語ではないのか。

 急には無理かとブラッドは苦笑した。


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