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5◇Lucia

 誰が人間を番犬代わりに連れてくると思うだろうか。

 レーンの感覚がおかしい。絶対におかしい。奇抜なのは見た目だけにしてほしかった。


 もちろん、ルーシャは好きでもない男性と好奇心だけで親密になるつもりはない。同じ年頃の子たちがどうであってもだ。隙を見せたらいけない。


 ――護衛してくれる相手を敵視してどうするのだとも思わなくはない。

 けれど、この状況はどう考えても異常だ。流されてしまっていいものだろうか。


 グルグルと考え込んでいると、ブラッドが眉間に皺を刻みながら言った。


「いつまで突っ立ってるんだ? 暗くなる前に帰った方がいいんじゃないのか?」


 その通りではあるけれど、もう少し言い方というものがあるのではないか。イラッとした。


「帰りますけど。じゃあ、三歩以上下がってついてきてください」

「男と並んで歩いているところを見られて困る相手なんているのか?」


 うるさい。

 ルーシャが睨むと、すかさずレーンがブラッドの頭をはたいた。そうして、ルーシャの肩を抱くと、レーンはひっそりと耳打ちした。


「ごめんなさいね、この子、女嫌いなの。逆に、女に興味がないから安心だと思って? でもね、愛情はともかく友情は芽生えるから性別を気にせず仲良くしてあげて。人見知りなだけなのよ」


 それでレーンは住み込みでもいいと思ったのか。

 ルーシャはちらりとブラッドの方を見遣った。なるほど、そういうことなら納得だ。


 世の中にはいろんな人がいるから、それを駄目だと言ってはいけない。人の勝手だ。

 そういう人には初めて会ったけれど、それはルーシャの世間が狭いだけである。


「わ、わかりました」


 ルーシャは気持ちを落ち着けるために何度も深呼吸を繰り返し、最後の方で少しむせた。

 咳が収まると、ブラッドを再び見上げる。


「じゃあ、行きましょう」

「……ああ。三歩以上下がってついていくから、急に走ったりするなよ」

「すいません、余計なこと言いました。下がってなくていいです」


 一応下手に出てみたが、ブラッドは特に表情を変えなかった。それはルーシャが真顔だったからだろうか。


「後ろからついていった方が、他に誰かがあんたのことをつけてるなら見つけやすいし、下がってついていく」

「そうですか。それならお好きなようにお願いします」


 別に隣を歩いてくれと頼みたいわけではない。まあいいかとルーシャは切り替えた。


「店長、ナタリー、じゃあまた明日」


 人見知りなナタリーは、ブラッドが来た時からどこかに潜んでしまった。隠れて見てはいると思う。


「ええ、また明日ね。ブラッド、よろしく」


 ブラッドはうなずいた。よく見ると、住み込むにしては背負っている荷物がとても小さい。多分、季節を跨ぐことはないのだろう。




 ルーシャのせいかもしれないが、本人も申告したようにブラッドは離れてついてきた。とはいえ、何かあったら駆けつけられる距離ではある。


 それでも、ルーシャにしてみたらさっき知り合ったばかりの他人なのだ。これからどうしようかと気分が重たくなった。

 ストーカーを撃退すればブラッドも去るのか、それともまた別の変質者が現れると言い出すのか、どちらだろう。言い出すとしたらレーンだろうから、まずはそちらを説得すべきかもしれない。


 いろんなことを考えながら歩いていたら、家まであっという間だった。着いてしまった。

 仕方がないので、ルーシャは首から紐で吊るしている鍵を取り出し、木目の浮いた晒し加工の扉を開く。ちょっと錆びているので、鍵を回すにもコツがいるのだ。


 扉の取っ手をつかんだままでいると、ブラッドが背後に立っていた。


「今日は俺の他には誰もついてきてないみたいだけどな」


 辺りを見回しながらつぶやいた。

 これはルーシャの被害妄想かもしれないが、コイツにストーカーなんてつくのかよ? とでも言われた気分だった。


「……そうですね。私の勘違いで、本当はなんともないのかもしれません。店長が騒ぎすぎなんです」


 正面を向いたまま、顔を見せずに冷え冷えとつぶやくと、それでもブラッドは予想とは少し違うことを言った。


「いや、勘のいいヤツなんだろうな。俺のことに気づいたのかもしれない」


 馬鹿にしたような言い方ではなく、真剣に聞こえた。人の好みはそれぞれだから、こんな可愛げのない女でも狙うヤツはいるだろうと思っているのか。もしくは、用心棒の必要がないとなると仕事がなくなるから嫌なのか。


「……えっと、どうぞ。とりあえず入ってください」


 緊張が伝わらないようにと気にしたせいか、態度が固くなってしまう。ブラッドはうなずいて中に入って、それから扉を閉めた。カチャン、と摘まみを捻って内側から鍵をかけ直した。

 変に意識する必要はないとしても、やっぱり気が張ってしまう。


「こっちです」


 ルーシャは素っ気なく言って廊下を歩いた。そして、とある部屋の前に来る。小さな家なのだから部屋数も知れていて、すぐそこなのだが。

 ブラッドにも中が見えるように扉を開け放つ。毎日綺麗にしているつもりだ。


「すぐに使える部屋はここだけです。ここで構いませんか?」


 水色のシーツがかかった、一人用のベッド。木製のサイドテーブルと安楽椅子。壁際には本がぎっしりと詰まった本棚。


 狭くて、それでも落ち着いた空間。ここは祖母の部屋だった。

 もういない、誰も使わない部屋。

 それでも、いつも綺麗に保っている。


 ブラッドは部屋を見るなり首を横に振った。


「部屋はいい。寒い時季じゃないから、どこででも横になれば休めるから」


 そう言って断った。

 ルーシャはこの時、今日の中で最も顔が強張ったのを自覚した。思わず手を握りしめている。


「部屋はいいって、どうしてですか?」

「どうしてって、ここはあんたの亡くなったばあさんの部屋じゃないのか?」


 ――やっぱり、だから嫌だと思ったのだ。

 祖母を看取った部屋なのは事実だけれど、気味が悪いと口に出されたら、ルーシャは間違いなくこの男を家から叩き出そうと決めた。


「そうですよ。いけませんか?」


 キッとブラッドを睨みつけると、ブラッドはどこか困惑に近いような表情を浮かべた。


「それじゃあ、大事な場所だろ。他人の俺が使っていいとは思わない」


 そのひと言に、今度はルーシャの方が戸惑ってしまった。


 ――この人は、そんなふうにものを考えるのか。

 故人の思い出が詰まった大事な場所だと思ってくれるのか。


 ルーシャは、自分がこの人を不当に評価しているのではないかという気がした。


「う、うちのおばあちゃんは心の広い人でした。そんなことで怒ったりしませんし、むしろどんどん使えばいいって言ったと思います」


 やっとそれだけ言うと、ブラッドは軽く首をかしげ、それからうなずいた。


「ん、それならわかった。使わせてもらう」

「は、はい。それじゃあ私は夕食の支度をします。用意ができたら呼びますから」


 返事を待たずにそれだけ言い捨て、ルーシャは逃げるように勝手口から外へ出た。


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