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4◆Bradley

 ルーシャ・ウェズリーは、赤くなったり青くなったりしてレーンに食ってかかっていた。


「男の人なんて置いておけません! 返品します!」


 切りそろえた黒髪がルーシャの動きに合わせて揺れる。

 ブラッドは冷静にルーシャを観察してみた。


 身長は、ミリアムよりも高い。

 凹凸少なめなミリアムを基準にしてしまうと、スタイルはいい方かもしれない。ワインレッドのシンプルなワンピースだからそれがよくわかる。


 顔は取りたてて美人というほどではなく、中の上といったところか。森林のような色の目が黒髪によく似合っているから、そこが好印象ではある。

 ただし今は喚き散らしているので、お世辞にも可愛いとは言えなかった。もちろん、喚くだけの理由があるので仕方はないが。


 ――彼女が公爵の孫。

 気品は、黙っていればなくもないかもしれない。それでも、パッと見た限りではごく普通の娘にしか見えなかった。

 もちろん、〈儀式〉を終えていないせいもあるだろう。


 この国では成人した貴族は例外なく儀式を行う。それがあって初めて一人前と認められるのだ。本来ならば十六歳で通過するはずなのだが、彼女が公爵の孫だと知れたのは最近であり、まだ儀式を終えていないのだ。


 その儀式の支度が整うまで、ルーシャの出自は秘密のまま護衛しなくてはならないという話だった。

 もっと簡単に済ませられたらいいのに。騎士の叙勲式の際にも似たようなことを行ったから、公爵家ともなれば支度が簡単でないのもわかるけれど。


「まあまあ、落ち着いて。ねえ、ルーシャ。この子は与えられた仕事だけちゃんとこなすから。あなたに危害は絶対に加えないわ」


 レーンがなんとか宥めようとしている。話をつけてあると聞いていたが、実際は全然丸め込めていなかった。

 ブラッドは口を挟まずにぼんやり眺める。


「でも! ご近所さんになんて言われるか!」

「あなたの家の周りにご近所さんなんていないじゃない。だから危ないって言ってるの」

「で、でも! 男の人はよく食べるし!」

「そうねぇ。雇用費と食費はあたしが出すわ」

「そんなのいけません! 店長にそんなことまでしてもらうわけには……!」


 レーンは事情を知っているから、なんとかしてルーシャを納得させなければと思っている。

 けれど、ルーシャはミリアムのようにおおらかな娘ではなかった。むしろお固くて古風な、ちょっと面倒くさそうなタイプだ。


 これは大人しく護られてくれる気がしない。嫌な任務を仰せつかったなと思うばかりだった。


「でも、でも!」


 まだ押し問答が続いている。ブラッドはだんだん面倒くさくなってきた。

 もし交渉が決裂してブラッドがルーシャの家に置いてもらえなかった場合、ロトがどう言うのかもわかる。これは仕事なのだから、ブラッドとしても完遂しなくてはならないのだ。


 ルーシャがどう喚き散らそうとも、儀式の支度が整うまで我慢してもらうしかない。

 ブラッドはため息をつくと、前に進み出てルーシャを見下ろした。ルーシャはびくりと怯えた様子で、急に大人しくなった。


「俺も一応仕事だから。別に一生居座るわけでもないし、契約期間内だけのことだ。しばらく我慢しろ」


 すごむわけではないが、低い声で淡々と言うと、ルーシャはがっくりとうなだれた。両手で顔を覆うから、泣かせてしまったのかと思って身構えたが、そうではなかった。


「……犬、飼いたかったな」


 そんなささやきが漏れ聞こえる。

 全部終わったら好きなだけ、何頭でも飼えとブラッドは心の中で毒づいた。


 ブラッドも、何も好き好んで立候補したわけではない。

 他の女とひとつ屋根の下で過ごすとミリアムにだけは知られたくないのだ。できるなら断りたかった。


「そのうちこの子が犬に見えてくるようになるわよ」


 なんの慰めにもならない適当なことを言うレーンを、ルーシャが軽く睨んでいた。かと思うと、今度はブラッドのことまで睨んだ。


「家の中、どこでも自由に入っていいわけじゃありませんからね。二階には上がらないでください」

「わかった」


 なんでだか、ブラッドが変質者であるかのような言い方をされた。わかったと答えたものの、カチンと来る。


「私が仕事で家にいなくても、絶対ですよ」

「わかったって言ってるだろ」


 自分の出自を知らないのに偉そうだ。

 これは自分が公爵家の者だと知った日にはふんぞり返るに違いない。本来なら関わり合いになりたくない人種だ。


 ちょっと顔を合わせただけですでに相性が悪いということだけは感じた。

 ただ、それでよかったのだと思う。


 この任務さえ終われば何のあと腐れもなく、さっぱりと別れることができるのだから。今後、ルーシャの人生は庶民よりも色濃いものになって、その分また試練も多くなっていくのだろうけれど、そんなことを心配してやらずに済む。

 いったん別れれば、二度と顔を合わせることはないはずだから。

 

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