39◇Lucia
最初、部屋は別々の予定だったのだが、ナタリーが不安そうにするから同じ部屋がいいとルーシャから頼んだ。
「ええ、構いませんよ」
女主は穏やかに答え、要望を呑んでくれた。
客間で、ルーシャはナタリーと向い合う。
ナタリーは緊張しすぎて顔色が悪かった。人見知りなナタリーにとって、今日はとにかく目まぐるしかったのだろう。ルーシャは申し訳ない気分になった。
「ごめんね、ナタリー。大丈夫?」
すると、ナタリーは力いっぱいかぶりを振った。
「だ、大丈夫。役に立たなくてごめんね」
「そんなことないよ。ナタリーが一緒に来てくれて心強いもの。ありがとう」
手を握ってそれを言うと、ナタリーはほっとしたように目を潤ませた。
「わたし、役に立ててる?」
「うん、とっても」
「よかったぁ……」
泣き出したナタリーを抱きしめ、ルーシャ自身も不安が和らいだ気がした。
自分の心配ばかりしていても仕方がない。今は支えてくれている人たちに感謝しながら過ごそう。
そんなやり取りを女主は口を挟まずに眺めていて、それから大声を出しているわけではないのによく通る声で言った。
「お茶を運ばせますね。少しは気分が落ち着くでしょうから」
「ありがとうございます。お世話になります」
ルーシャが礼を言うと、女主はルーシャをまっすぐに見て微笑んだ。とても上品で感じのいい女性なのだ。
名前を訊ねても、気安く呼んでいいのかもわからない。向こうはルーシャの名前も素性も知って接しているのだろうけれど。
ルーシャが戸惑っているうちに女主は部屋の外へと出ていった。
代わって部屋を訪れたのはレーンだった。
カバン型の衣装ケースをふたつ手にしている。レーンの髪色は現在オレンジだが、地毛はロトと同じ鳶色なのだ。
服はぴったりとしたシルエットのパンツだが、ジャケットが黒なだけマシかもしれない。
思えばこの格好でこの館にいるのだから、皆に変な目で見られているのではないのか。
「店長、この館は? あのご婦人も誰でしょう?」
「ああ、ここは兄の館よ。彼女はエレイン。あたしの兄嫁なの」
「それって……」
「ブラッドの姉さんってことね」
すごく似ているというのではないが、どこか通ずるものがある。だからか、好意的に見てしまったのは。
レーンにブラッドはどうしているのかを訊ねたかった。けれど、レーンは今、それを話しに来たのではないようだった。
「明日は正装しないといけないから、あなたたちに合いそうな服を店から選んできたの。こっちはルーシャ、こっちはナタリー」
そう言って、衣装ケースをそれぞれ二人の前に置いた。
「えっ、わたしのまであるんですか?」
「そうよ。だってここまで連れてきておいて、肝心なところで留守番なんて嫌でしょ?」
「それもそうですね……」
ルーシャが衣装ケースを開いてみると、中には赤いドレスが入っていた。シンプルだけれど艶やかで、白い花の刺繡があしらってある。ワンショルダーが大人っぽい。とても綺麗だけれど、ルーシャに似合うだろうか。
ナタリーの方は肩の隠れるローブ・デコルテの青いドレスだった。こちらは白いフリルやパールで飾られている。間違いなくナタリーには似合うだろう。
「さすが店長、見立てが完璧ですね。このドレス、ルーシャに絶対似合います」
そうだろうか。ナタリーが笑顔で言ったから、レーンも笑った。
「でしょう? 二人とも明日は綺麗にしてあげるから」
「はい、お願いします」
ナタリーは女の子らしく、綺麗なドレスを前に緊張が解れたようだった。ルーシャは、明日というひと言でとても重たい気分になったのだが、それは言わなかった。
「具体的には私、何をしたらいいのでしょう?」
その身内と顔を合わせ、それから――。
レーンはその先を言おうとしなかった。ルーシャが怖気づくと思うのだろうか。
「その話は明日にしましょう。まずは顔合わせからよ」
「はぁ……」
ルーシャが会うべき祖父がすんなりとルーシャを身内と認めるかは知らない。
とにかく今はいつもの日常が恋しかった。家事をしない日があるなんて信じられない。落ち着かない。
ブラッドと過ごした数日はルーシャにとって大事な時間だけれど、ブラッドがルーシャの事情を知っていたのなら、ブラッドはどうだったのだろう。
もしルーシャの機嫌を損ねて追い出されたら、ロトたちに叱られただろう。結構気を遣っていたのではないかという気がしてきた。
自然体に見えて、それでもブラッドは〈契約〉にこだわっていたのだから。




