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近頃は物騒なので番犬を飼います(書籍版は「わたしの番犬は過保護です。」に改題:2025.12.10発売予定)  作者: 五十鈴 りく


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34◆Bradley

 先に別れが待っていると知っているくせにあんなことをしてしまったのは、ルーシャに自分を覚えていてほしいからかもしれない。

 勝手だとわかっているけれど、それでも。


 手の届くところにいるのに、抱き締められるのに、二人の間に立ちはだかるものが大きすぎる。

 ルーシャがブラッドを好きだと言ってくれたから報われるのか、未練になるのか、どちらかと問われるならば未練でしかなかった。出会えて嬉しい半面、ミリアムの()りに終始していた時の方が苦しくはなかった。


 ブラッドは眠れないままベッドの上で何度も寝返りを繰り返した。




 そんなことがあった翌日。

 いつものようにルーシャを送り届け、また夕方になって迎えに行った。


「ありがとう、ブラッド」


 ルーシャはブラッドに笑顔を向ける。その表情が綺麗だなと思った。


「じゃあ、店長、お疲れ様でした!」

「ええ、気をつけて帰ってね」


 レーンはにこやかに返していた。ただ、レーンは何かにつけて鋭いから、二人の変化に気づきそうで嫌だ。


 さっさと扉を閉めて外へ出る。

 少し歩くと、ルーシャがブラッドを見上げていた。どこか甘えるような目だった。

 手を繋ぎたそうに見える。ブラッドもできればそうしたいけれど、ロトに報告が行きそうなので堪えた。


「もうすぐナタリーが勤め始めて一年になるの。だからプレゼントを用意したくて、ちょっとずつ作ってるんだけど」


 そんな他愛のない話を始める。ルーシャの声が心地よい。


「一度も会ったことないけど、声だけ聞いたことがあるな」


 いつか、ルーシャが一人で出かけた時に行き先を教えてくれたのがそのナタリーだった。


「うん、ナタリーってすごい人見知りなの。でも会わせたくないかも」

「俺に?」

「そう。すっごく可愛いの。私が男だったら独占欲の塊になるわね」


 なんてことを言いながら笑っている。

 思えば、ルーシャはその友人とも別れなくてはならないのだ。レーンともジャックとも、この界隈の人々たちすべてと。


 寂しくないなんてことはないだろう。皆もルーシャがいなくなったらきっと悲しむ。

 だとしても、どうにもならないことが世の中にはある。


「ルーシャは男じゃない方がいい」

「えー? 男だったらブラッドの友達になってたかも?」


 なんてことを言いながらクスクスと笑っている。


「そうかもしれないけど」


 男なら、こんな気持ちにはならなかった。


 ――ふと、二人が家が近づいた時、獣の声がした。

 こんなことは珍しくない。けれど、鳴き方がいつもと違う。どこか怯えた響きがある。


 ザワ、ザワ、と草が揺れた。

 ブラッドが立ち止まると、ルーシャも立ち止まった。


「どうしたの?」


 ルーシャが困惑気味に訊ねてくる。ブラッドはそばの木に手を突き、ささやいた。


「自宅前にて敵襲の可能性あり。至急、応援を頼む」


 これでロトを通してレーンに伝わり、そこから店の周囲にいた警護兵もこちらに向かってくるはずだ。それまではなんとかしのげばいい。ただ――。


「敵襲? 応援って?」


 予定よりも早く、ルーシャに本当のことを伝えなくてはならなくなったかもしれない。


 戸惑うルーシャの肩を抱いて後ろに下げようとした途端、目の前に一人の少女がいた。ワンピースを着て眼鏡をかけ、三つ編みをした少女だ。どこにでもいるような子ではあるが、ルーシャの家の前で出くわすのは不自然だった。


「あら、アビーさん?」


 ルーシャの知り合いらしかった。それならばルーシャを訪ねてきただけの話なのか。

 敵襲なんて勘違いで、ブラッドが神経質になりすぎていただけだったのかもしれない。

 アビーは人懐っこく笑い、歩み寄ってきた。


「ほら、これ。ルーシャさんが見立ててくれたコサージュ。お気に入りなの。似合う?」


 よく見ると、胸元に花の形をしたチェックの柄の飾りがついている。レーンの店の商品らしい。


「ええ、とっても」


 ルーシャが戸惑いつつも答えると、アビーは満足そうにうなずいた。


「ねえ、ルーシャさんってば、やっぱりこっちが彼氏さんなのね」

「い、いえ、彼氏とかそういうのではっ」


 ルーシャが狼狽えている。別に丁寧に否定しなくてもいいのに。

 アビーは首を傾げたかと思うと、ルーシャの反対側、ブラッドの隣に来てブラッドの腕を両腕で思いきり抱え込んだ。


「えー、じゃああたしに頂戴」


 無邪気を装ったこの少女が敵であるとはっきりしたのは、ブラッドが腕に鋭い痛みを感じた瞬間だった。とっさにアビーを突き飛ばしたが、彼女は身軽に後ろに飛びずさって衝撃を和らげた。


「えっ、な、何っ?」


 ブラッドがいきなり乱暴を働いたと思ったのか、ルーシャが驚いている。けれど、この時にはもう刺された腕が痺れ始めていた。


「ね? このコサージュお気に入りなの。針を仕込むのに丁度よくて」


 薄暗い笑みを浮かべ、アビーが言うと、彼女の背後に口元を隠した覆面の男が三人立った。


「ア、アビーさん?」


 ルーシャが愕然としていても、アビーは楽しそうに笑っている。


「ルーシャさん、あなたって何者なの? いつでも護衛がついていて、そいつ以外にもあなたを見守っているヤツが数人いたわ。ねえ、そんなふうに護られているのは何故? 攫われそうになっていたこともあったわよね。狙われる理由を、あなた自身は知っている?」


 ブラッドは冷や汗を流しつつ、なんとかルーシャを背に庇う。


「ルーシャ、家へ入れ!」


 やっとの思いで言ったが、ここでの誤算はルーシャの性格だ。

 様子がおかしいブラッドを置いていこうとしない。


「でも、ブラッドが――」


 慌ててブラッドの服に縋りついてくる。


「いいから……っ」


 舌まで痺れが来る。自分がこんなに間抜けだとは知らなかった。

 自分がそのツケを払わされるのは仕方がないけれど、ルーシャはどうなるのだ。


 ブラッドは精一杯の力で立っていた。けれど、とても剣を支えられる力は入らない。レーンたちが駆けつけてくれるまで持つだろうか。――持たせなければ。


「ねーえ、あなたが狙われている理由を、少なくともあたしは知っているのよ。あなたのことはフォースターが隠していたのよね。だって、フォースターはアイザック・リスターの友人だったそうだから、知っていてもおかしくなかったわね」


 リスターの家名が出た以上、アビーは誰かの放った刺客だ。そんな相手を前に気を抜いた自分を絞め殺したくなる。


「……なんのこと?」


 ルーシャは何も知らない。とぼけているのとは違う。

 それにアビーも気づいたようだ。


「あら、何も知らないのね。でも、だからって見逃してあげるわけにはいかないの。だって、あたしの報酬がかかってるんだから。大金よ? あたし、ほしいものがたっくさんあるの。フォースターの店の服なんかよりもっといい服を着て宝石に囲まれて、美味しいものを食べるんだから。そのためにはあなたを引き渡せばいいだけ」


 よく喋るが、依頼人の名前は出さなかった。

 ブラッドの意識が朦朧としてきた。さっきロトに連絡しておいたのがせめてもの救いだ。

 早く来てほしい。早く。

 レーンたちが駆けつけてくれなかったら、ルーシャは――。


 ルーシャは逃げるどころか、今にもくずおれそうになっているブラッドを庇うようですらあった。


「誰がそんなことを頼んだんですか?」


 キッと気丈にアビーたちを睨みつける。刺客たちがそれで怯むことはなかったが。


「会えばわかるでしょう? だから一緒に来て」

「お断りします!」


 ルーシャははっきりと返した。けれど、この状況は限りなく不利だ。

 ブラッドは一般人とは違う。騎士として叙勲を受けた日から、王が施した精霊の加護によって体は強化されている。少々の毒物ならば耐性があるし、中和もできる。それがこうも手間取ってしまうのなら、相当強い毒を使われたということだ。


「気の強い娘だな。さすがというべきか」


 誰かがそんなことを言った。

 汗がブラッドの額から滝のように流れ落ちていくが、それを拭うことさえ難しい。


「あなたが聞き分けのないことを言うと、そこの男を殺してしまうわよ?」


 この時、ルーシャの口から短い悲鳴のようなものが漏れた。

 ろくに動くこともできないブラッドだけしかいないのだ。アビーたちは勝ち誇っていた。

 ただ――。


 にじり寄ろうとした男の足が止まった。それこそ、影を縫い留められたようにもがいている。


「な、なんだっ?」


 三人とも動きを封じられたらしい。何が起こったのだろうと思ったら、背後に黒い影がもう一体。

 ゆらりと沈みかけた日を背負って立っている。

 真っ黒なローブの細い影。


「お前ら……ルーシャさんに何を……」


 ボソボソとつぶやいたかと思うと、手を振り上げる。その途端に砂粒が嵐のように舞った。

 木も草も砂嵐に煽られてザアザアと音を立ててる。砂嵐が刺客たちを巻き込んでも、彼らは人を集めてしまうほどの大声は上げなかった。

 気を失って上げられなかっただけかもしれない。


 アビーと三人の男の体が放り投げられて、最後には地面に叩きつけられた。生きてはいるが、立ち上がることもできないほど痛めつけられている。もちろん、可哀想だとは思わない。


「ジャック、さん?」


 黒いローブが風に揺れてフードが外れる。ジャックの端整な顔が照れたように見えた。


「ちょっとそこまで来たもので……」


 用事なんてなくて、ルーシャの顔が見たいからウロウロしていただけだろう。おかげで助かったのだから何も言えないが。


 その向こう側からも誰かがやってきた。敵の援軍でなければいいと思ったが、どうやら違った。レーンが一人来ただけだった。

 それでも、見知った顔を認めた途端、ブラッドは膝を突いていた。


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