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3◆Bradley

 この世界には精霊という存在がいる。

 火、水、風、光、木、土――自然の恵みとはすなわち精霊の働きである。人間は万物に宿る精霊の恩恵によって生かされている。


 精霊が人を護り、助けるのは、このアーディン王国の王族が女神の末裔とされるからだ。


 ――その昔、世界を創りし女神がいた。

 女神を護るべく、数多の精霊が生じた。


 そして女神は自らに似せた人間を創った。

 人を慈しみ、愛し、人と共にあることを願った。


 人として生まれ変わった女神は、ただの人として幸せと、ままならぬ悲しみとを抱えながら空に還った。


 連綿と続くアーディン王族の系譜には女神がおり、王家から派生した王侯貴族たちは皆、女神の末裔である。

 だからこそ、女神を護る存在であった精霊はアーディンの王侯貴族に力を貸すのだという。


 と、これが創世神話だ。


 精霊の存在は未だに解明されていないから、それにもっともらしい説明を後づけしただけだろうとブラッドは思っている。


 それというのも、ブラッドは貴族ではないから、精霊の姿も見えなければ力を借りることもできないせいだ。自分で確かめられないから、今いち信じ込めない。


 貴族たちは自身と相性の良い一部の精霊を目視することはできるが、それを絵や彫刻といったものにしてさらすのは冒涜だと言う。

 精霊がどんな姿をしているのか漠然とした説明を聞く程度だが、精霊によって姿は様々で、ひと口に説明できるものでもないらしい。


 ブラッドが精霊を身近に感じられないのも仕方がないけれど、精霊がいなければ説明がつかない現象も多いことから存在自体を疑うことはない。




「お前に特別任務を与える」


 騎士として叙勲を受け、どうにか三年。

 そんなブラッドリー・ヒュームが直属の上官であるロト・フォースターに別室へ呼び出された時には嫌な予感しかしなかった。


 そして、その予感は正しかった。

 特別任務と来た。


 ブラッドは、厳めしい顔をして机に肘を突いているロトに向け、軽く挙手してみせた。


「隊長の家庭内のゴタゴタには関与しません」


 正直に告げたところ、気分を害してしまったらしい。ロトは机をダンッと力強く叩いた。


「特別任務と言っとるだろうが!」

「姉さんの機嫌を損ねたのかと思いました」

「そ、そんなことは断じてない!」


 そう言いながら、ロトは微妙に目線をブラッドから逸らした。

 長身で筋骨逞しい強面の騎士団第三部隊隊長。ブラッドにとっては義兄でもある。


 この上官を怯えさせるほど姉が鬼嫁なのかと問われるならば、そのところはよくわからない。ブラッドが知る姉は淑やかなはずだが、どうもロトは妻に頭が上がらないらしい。

 それを知っているのは身内だけなので、今のところロトの面目は保たれている。


 普段のロトは立派な騎士だ。男爵家の嫡男で、三隊しかない部隊のひとつを任されているのだから出世頭と言えよう。

 ロトは気まずそうにブラッドを見た。そうして、ため息をつく。


「これは非常に繊細な問題だ」

「家庭内のじゃないんですね?」

「違う。お前に護衛してほしい人物がいる」

「護衛?」


 思いもよらない方向に話が飛び、ブラッドは褐色の目を見開いた。

 ロトはおもむろにうなずく。


「レーンから連絡があってな」


 ロトにはひとつ違いのレーンという実弟がいる。まあまあイカレた男で、いつも変な色の髪で、変な服を着て、オネエ口調で話す。

 身長は同じでも、厚みがロトの半分くらい。これが顔だけはロトと同じだから面白い。


 気さくと言えば気さくではあるのだが、レーンはただの服屋ではなかった。表向きはそうでも、ちょっとした諜報活動などをこなす、市井に放たれた(スパイ)だ。


 まさか、あんな派手な男が諜報員なわけがないと誰も信じないだろう。そこが狙い目なのか、本気で楽しんでいるのかはブラッドの知るところではない。

 そのレーンが言い出したのなら、そこには何らかの意味があるのだろう。


「とある女性を護衛してほしいそうだ」

「女性、ですか?」

「そうだ。ルーシャ・ウェズリー、十八歳。ウッドヴィルに住むレーンのところの針子で、同居していた祖母を亡くし最近一人暮らしを始めたそうでな」

「はぁ……」


 ウッドヴィルはこの王都から馬で半日ほど走れば着く。ブラッドも数えるくらいには訪れたこともあるが、田舎というほどではないにしろ、王都と比べてしまえばのどかなところだ。

 これといった見どころはなく、けれど住み心地は良さそうだと感じたのを覚えている。


 それはいいが、ルーシャとやらに関してはまったく話が見えてこない。ブラッドは続きを待った。


「その女性の周りを嗅ぎまわっている者がいる。それで、お前にはその女性の護衛を頼みたい」

「自分のところの従業員だから心配なのはわかりますけど、頼むところが違いません?」


 ブラッドは騎士団に所属する。そういう民間のことならまず町の自警団が解決するはずだ。

 しかし、ロトは困ったような面持ちをした。


「これはただのストーカー問題ではない。この女性は狙われるだけの理由がある」

「理由?」

「この女性はリスター公爵の孫なのだ」


 それを言われても、最初ブラッドは少しもピンと来なかった。それが伝わったのか、ロトはその先を続けた。


「リスター公爵はご高齢だが、後継ぎがいない。子息は事故死している。その子息には子がいたらしくてな。それが彼女だ」


 リスター公爵は宰相であり、広大な領地とそれに付属する実入りのある大貴族だ。

 ただ、残念なことに跡取りがいない。今のままだとリスター公爵の死後、公爵の称号を名乗ることはできなくなるが、親戚に財産の分配はされるだろう。


 それがもし、そこに直系の孫が現れたら。

 公爵の地位と莫大な資産を一人で受け取るとしたら。


 面白くない人々が大勢いる。それこそ、命を狙われても不思議ではない。


「そんな子がいたなんて。でも、それなら護衛じゃなくてさっさと保護した方がいいんじゃないですか?」


 ロトはかぶりを振った。


「実は、リスター公爵も当人もこのことをまだ知らない。もし知らせてしまえばどこかから情報が漏れてしまう恐れがあり、その女性とリスター公爵ご自身の命が危ぶまれる。だから、()()が整うまでは秘密裏にことを運ぶしかない」


 公爵が孫を認めてしまう前にどちらかが死ねばいいと考える者がいるということだ。

 なまじ財産があるばかりに悲惨だ。


 その女性は、自分が公爵家の血を引くと知らないというが、これは幸運なのか不幸なのか、ブラッドには判断がつかなかった。

 ただ、知らないところで狙われて気の毒だなと思ってしまったから、やっぱり不幸なのかもしれない。


「それで、お前にはその女性のところに住み込みで任に当たってもらうことになるが、当人には何も知らせてはならない。お前が騎士だというのも内緒で、ただの用心棒としてレーンが用意したということにしておく」

「え? 住み込み?」

「そう。夜間こそ危ないからな。通っていたのでは護りきれない」


 それはそうなのだが、若い女性のいるところに男を入れてもいいのだろうか。危険は危険だが、別の意味で問題がある気がする。

 ブラッドは再び手を挙げた。


「女性の一人暮らしのところに男を住まわすのって問題じゃありませんか?」


 しかもそんな高貴な血筋の娘なら尚更だ。これにはロトも苦笑した。


「できることなら女騎士がよいのは事実だが、適任者がいない」

「それは、まあ、うちにはいませんけど、派遣してもらえば……」

「何か月も先になるだろうな。その間に何かあったらどうする?」

「いや、でも……」


 ブラッドが渋っていると、ロトはニヤリと意地悪く笑った。


「他のヤツなら喜んで引き受けるぞ。まあ、だからこそ任せられないんだがな。お前ならいいかとレーンと話したんだ」


 ブラッドなら若い女性と二人きりになっても襲わないと。

 信用してもらえているのか、それとも単に意気地がないと思われているのか。

 複雑な心境だったが、そのどちらでもなかった。


「お前はミリアム以外に興味はないだろう? だから安心だ」

「……っ」


 ――ミリアム。

 ブラッドが寮生活を始めるまで、ずっと実家の隣に住んでいた幼馴染の女の子。

 ロトにそれを指摘され、ブラッドは言い返すこともできずに赤面しそうになるのを必死で抑えた。


「それ、いつからなんです?」

「明日からだ」

「……先方はなんて?」

「レーンが上手く言ってあるそうだ」


 どんなふうに言いくるめれば、一人暮らしの女が家に男を住まわそうという気になるのだろう。ちょっとよくわからない。


 いや、ミリアムみたいな女だったら深く考えずに置いた気がする。似たタイプなのかもしれない。

 もちろん、別人には違いないけれど。


「断れます?」


 一応訊いてみたら、笑顔で威圧された。駄目らしい。


「……わかりました。でも、俺の居場所はミリアムには内緒にしておいてください」

「ああ、もちろんだ」


 というわけで、ブラッドはその公爵の孫娘の護衛を住み込みで果たすことになってしまった。


 その娘の名は、ルーシャ・ウェズリー。

 なるべく短いつき合いになるといいけれど。


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