27◇Lucia
仕事終わりにブラッド宛ての手紙をレーンから受け取った。ピンクの可愛い封筒だ。
これを手渡す時、レーンは嫌なことを言った。
「ブラッドの〈特別〉な彼女からよ。渡したくなかったら棄てても黙っていてあげる」
なんてことを言うのだろうかと、ルーシャはびっくりしてかぶりを振った。
「そんなことしません! ちゃんと渡します!」
すると、レーンは赤い髪を揺らして笑った。
「いい子ねぇ。大好きよ、ルーシャ」
からかわれている気がして、ルーシャは膨れた。
本当は、棄ててしまいたい気持ちも抱えている。それをしないのは、そんなことをする権利は自分にないと思うからだ。
これを手渡した時、ブラッドがパンケーキを目の前にした時くらい嬉しそうにしていたら悲しくなりそうだけれど。
結果として、ブラッドはぶっきらぼうに手紙を受け取り、ポケットにねじ込んだ。見るからに嬉しそうにはしなかった。なんとなく気まずそうだ。
そのミリアムという女性のことを訊ねると、明け透けな物言いをした。それが逆に親しみを感じさせた。
幼馴染だという。長い歳月を一緒に過ごしたからこそなのだろう。
出会って数日しか経っていないルーシャが太刀打ちできるわけがなかった。
家に帰って、いつも通り食事をして、何気ない話をして、平気な顔をして笑って――ルーシャがそれらをこなすのにどれほど努力していたか、ブラッドは気づいていないだろう。
二階の部屋に入り、扉を閉めた途端にドッと涙が溢れた。
下にいるブラッドに聞こえないよう、声を殺して泣いた。ブラッドが来てくれるようになってから、祖母を亡くした悲しみで泣くことが少なくなっていたのに。
こんな思いをするのなら、契約は終わりにしていいだろうか。
◆
あれから、ジャックはルーシャに会いに来ていない。
けれど、近くに来ているのは知っている。窓の外を見遣ると、定位置でぼうっとしている。
ちゃんと返事をしないといけないのかな、と考えた。大人しい人だから傷つけたくないけれど、他に好きな人がいるのはどうしようもない。
ふと、今日はいないなと思って窓の外を見ていたら、その日はレーンがジャックを店の中へ入れていた。
二人で何か話し込んでいるが、ルーシャは気が気ではない。
従業員たちはほとんどが女性なので浮足立っている。ナタリーも気になるようだった。
「ねえ、ルーシャ。店長とジャックさん、すごく真剣な顔で話してたわ」
「そうなの?」
番犬にとブラッドを連れてきたり、レーンはルーシャの保護者代わりのつもりなのだろう。ありがたいけれど、度が過ぎるのはどうだろう。
ルーシャが二人が話しているところに下りていくと、二人はハッとして会話をやめた。やはり、ルーシャのことを話していたのだろう。
「あら、ルーシャ、もう終わった?」
レーンはごまかすのが上手いから、表情からは何も窺えない。ジャックはというと、ルーシャが来て赤面しているだけだった。
「はい、なんとか」
ルーシャが目を向けると、ジャックは困ったように見えた。うろたえているのが少し可愛い。
「あの、ちょっといいですか?」
そう声をかけた途端、ジャックが肩を跳ね上げた。レーンは眉を動かして何か言いたげだが、ルーシャは無視した。
「ちょっとこっちに」
ジャックにだけ手招きをして入り口側の扉に寄せる。レーンが聞き取れないほど離れたかった。ジャックはのろのろとやってきたが、ルーシャが何かを言う前に先に口を開いた。
「あの、返事だったら気にしないでください」
「えっ」
「急にあんなことを言うべきじゃなかったのに、先走ってしまって。今の僕があなたに相応しいなんてとても言えません。ただ、僕の気持ちに嘘があるわけではないことだけはわかって頂けたら、今はそれで充分です」
「でも……」
それではルーシャが心苦しい。
どうしたものかと困惑していると、扉が開いた。ブラッドは、扉のすぐそばにジャックがいて、それを見た途端に顔をしかめた。とても失礼だ。
「……ルーシャ、帰るぞ」
声がいつもより低い。
「う、うん。……ジャックさん、じゃあ、また」
ブラッドは、〈また〉という箇所に引っかかったように体を揺らした。
「ええ、また……」
ジャックが返すと、ブラッドが睨みつけたように見えた。こんな気の弱い人になんてことをするのだ。
黒尽くめの怪しい格好で魔術を使い、ルーシャも驚いたり怖かったりという思いはさせられたが、こうして知り合ってみると大人しいのに。ブラッドはまだジャックを信用していないらしい。
もう許してあげてほしいとルーシャの方がハラハラした。




