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近頃は物騒なので番犬を飼います(書籍版は「わたしの番犬は過保護です。」に改題:2025.12.10発売予定)  作者: 五十鈴 りく


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26◆Bradley

 その日、ブラッドがルーシャを迎えにレーンの店まで行くと、外へ出てすぐルーシャに一通の手紙を差し出された。


「はい、これ。ブラッドにって」

「…………」


 思わず顔をしかめてしまったのは、その手紙がなんなのかを思い出したからだ。

 ミリアムからの手紙を預かっているとロトが言っていた。それをレーンに転送したのだろう。レーンからブラッドへ渡るように。


 それをレーンはルーシャに渡したのだ。これは絶対に嫌がらせだと思う。

 封筒を受け取ってひっくり返すと、やはり〈ミリアム・マイラー〉と署名がある。

 読まなくても内容は察するのに、早く読んでほしいと手紙に急かされているような気になった。


「ん……」


 ブラッドはその淡い桃色の手紙を二つに折り、ぞんざいにポケットに突っ込んだ。その仕草にルーシャが意外そうな表情をする。


「大事な手紙じゃないの?」

「さあ……」


 この話題はもう終わりにしたいのに、話題を変えることができない。


「ミリアムさんっていうんだ?」


 歩きながら、ルーシャがポソリとその名前を口にした。ブラッドがギクリと体を強張らせたのをどう思っただろう。

 ルーシャはごく自然に笑っている。


「ブラッドの大事な女性(ひと)って、店長が言ってたの」

「…………」


 あの男はブラッドに何か恨みがあるのかと思いたくなった。

 もしかして、ブラッドとルーシャが近づきすぎていると危惧し、釘を刺しているのだろうか。

 互いの立場を忘れるなと。


 しかし、そこでふと気づいた。


「あいつ、俺が男にしか興味ないとかって言ってたんじゃ……」

「それは私を安心させるための嘘だったって」


 ルーシャはブラッドが異性に興味がある一般的な男だということを知ったわけだが、それにしては何も変わりない。


「ごめんね、私が最初に騒いだから、店長がとっさに言っただけだったのね」


 なんて言って苦笑している。

 ブラッドは思った。――言うことはそれだけなのかと。


 さっき、ルーシャはなんと言った。

 ミリアムをブラッドの〈大事な女性〉と――。


「大事っていうか、幼馴染で……」


 歯切れが悪くなる。ルーシャとこんな話はしたくない。


「そうなの? どんな女性(ひと)?」


 ルーシャはブラッドの複雑な心境など知りもしないで話を続ける。

 ――当たり前だ。知るわけがない。

 ブラッド自身が何も言わないのだから。


「おっちょこちょいで、不器用で、甘え上手。大体いつも騒いでる」


 簡単に言うとまさにそれなのだが、ほとんど貶しているように聞こえるだろうか。

 大事か、大事ではないかと問われるなら、大事だ。何かやらかしたら心配もする。


 そういう気持ちが自然すぎて、その意味を深く考えたことがなかった。ミリアムは危なっかしいから、自分が世話を焼かなくてはいけないと、小さい頃からずっと思っていた。


 けれど、ルーシャは。

 ミリアムに抱く感情とはまた違う。違うところが疼く。

 落ち着かない気分にさせられる。


 ルーシャに触れるのは自分だけの特権であってほしくて、他の男がそばにいるのは嫌だ。

 家にいる時のような、くつろいだ警戒心の薄いルーシャを知っているのは自分だけでいい。


「そう。可愛い女性(ひと)なのね」


 ルーシャがそうつぶやいた時、どうしようもない苛立ちが湧いた。

 誰に対するものなのかもわからない。多分、これは自分に対するものだ。


 ミリアムは大事だけれど、それとは違う意味でルーシャのことが大事だと言ったらどうするだろう。

 こんなふうに誰かを自分に繋ぎとめておきたいと思ったことはなかったのだから。


「多分、ルーシャが考えてるようなのじゃないんだ」


 正直な気持ちを言おうかと思うと、不意に冷静な自分がいた。

 ルーシャはブラッドの手に負える相手ではないのだと。

 まさか自分から公爵家の方を蹴ってまでブラッドといてくれることはないだろう。


 ――もし、万に一にもその可能性があるのなら。それを確かめてみたい気持ちもある。

 それでも、今は駄目だ。

 少なくとも、今の生活が続いているうちは。


 伝えるなら、ルーシャが真実を知る時だ。

 別れはあっという間に訪れるかもしれないけれど。


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