14◆Bradley
――気まずい。
ブラッドはなかなか眠れずに何度も寝返りを打っていた。
ルーシャが自然に笑うようになって、それなのに同じ日のうちにまた笑わなくなった。
むしろ、とんでもなく分厚い壁を隔てている気分だ。
ロトに相談してみたらどうだろうか。ロトが的確なアドバイスをくれるとは思わないが、姉が何か教えてくれるかもしれない。ただし、ミリアムの耳に入るのは嫌だった。
ルーシャも年頃の娘なのだから嫌な思いをしたのだろうな、と一応理解は示しているつもりだ。それを差し引いてもあのよそよそしさはつらい。
どうしたものかと考えているうちに眠った。
変な時間に寝たせいで、どれくらい眠っていたのかもわからなかった。
ハッとして飛び起きたけれど、物音がしなかった。いつもならルーシャが立てる音がするはずだ。
服だけ着替えてキッチンへ向かうと、一人分の食事が用意されていて、ルーシャの分は食器まできちんと洗って片づけられていた。いつでもきっちりしている。
いつもより時間が早い。もう出かけてしまったのなら、ブラッドと向かい合って食事を取るのが苦痛だということだ。
一人で出歩かせてはいけないのに、出ていったのに気づきもしないなんて護衛失格だろう。
ブラッドは、はぁ、と深々とため息をついてその場に座り込んだ。
この任務、早く終わりを迎えてくれないものだろうか。
◆
さすがに帰りは暗くなるから一人歩きはしないはずだ。
しないというよりも、レーンが許さないと思う。
ブラッドもこのままではさすがに耐えられないので、ルーシャを迎えに行ったら腹を割って話そう。ルーシャはどうしてほしいのかと。
――しかし。
迎えに行った先にルーシャはいなかったのだ。
「あら? どこに行ったのかしら?」
ブラッドが来ると、レーンがルーシャを呼びに行ってくれたのに、ルーシャは出てこなかった。レーンが一人で戻ってきて首を捻っている。
「あの子があたしに挨拶しないで帰ったことなんて一度もないのよ。そういう礼儀にはうるさい子だから」
その信念を曲げてしまうほどにブラッドと歩くのが嫌だったということか。
狙われていると意識していないルーシャは軽率だ。ブラッドの中から罪悪感が薄れ、苛立ちが沸々と湧いてきた。
「……喧嘩したんでしょう?」
レーンに問いかけられた。
「さあ? 喧嘩なんて呼ぶのかな。もともと仲良くないだけかも」
吐き捨てると、どこからともなく声がした。
「あ、あの、あの、ルーシャ、ちょっと買い物に行っただけなんです。すぐ戻るって……」
声の主の姿は見えなかった。どこから喋っているのだろう。
「買い物って、近くの店か?」
「そ、そうです。八百屋さんです」
か細い女の子の声だ。やっぱり姿は見えないが、大人しそうだった。
「わかった。ありがとう」
ドアベルを鳴らして出ていこうとすると、レーンに声をかけられた。
「あんまり怒らないであげてね」
それには返事をしなかった。
すぐそこだからと思うのかもしれないが、それでも何があるかわからない。顔を見たら怒りたくなるかもしれない。
結果、八百屋にルーシャはいなかった。愕然とするブラッドに、八百屋の店主が教えてくれた。
「いや、うちにほしいものがなかったらしくて。多分他のところまで見に行ったんじゃないか? あっちの方に走っていったよ」
店主が指さした道をブラッドも走るハメになってしまった。
いい加減にしてほしい。
買い物がしたいとか、そんなものは口実だ。ブラッドと顔を合わせたくないから適当な理由をつけてタイミングをずらしている。
自分がどんなに危ないことをしているのかを知らないからできることだ。
誰かがもし本気でルーシャを消そうとしたら、今が絶好の機会となる。
日が傾き始めた今、ルーシャの命も危ういのかもしれない。
本当に、ルーシャが葬り去られたとしたら、それはブラッドの失態だ。騎士として任務をまっとうできなかった。護るべき対象を護りきれなかったということになる。
責任を負わされるのは間違いないだろう。
けれど、責任なんてどうだっていい。そういうことではない。
あの若いくせにババ臭くて、しっかりしているようで抜けていて、意固地で、働き者で、料理上手で、そんな娘が死ぬ――その責め苦をとても受け止めきれない。
ルーシャにとってこれからが人生の花開く時だというのに。
血にまみれて横たわる姿を想像するだけで脚が硬くなってしまう。今はただ、早くルーシャを見つけなくては。
少しくらいは怒鳴ってしまっても仕方がないと思う。




