【■■警察署.取調室】車内より
【■■府.■■市.■■区.■■■■.■丁目■番■号】
【■■警察署.取調室】
【2023/9/29.12:24】
「お前ってインタビューするとき口調変わるよな」
出灰がエンジンをかけたとき、廿山はそう言った。
「そうですか? そんなつもりはなかったんですけど」
アクセルを踏み、車を発進させる。頑丈な石壁と鉄柵に囲まれた駐車場を出ると、平日の昼間だというのに、向かいの居酒屋から騒がしい笑い声が聞こえてきた。
「緊張かな。まだインタビューには慣れないのか?」
廿山は肘を窓際に置き、窓を伝っていく水滴を眺めながら言った。
「そうじゃないんですよね。こう……ああいうのって何度か聞き返されるじゃないですか。私らだけじゃなくもっと上の人達に見られる可能性もあるかも」
車は大通りにでて、左折する。昼前であるためか、汚いビニール傘をさした通行人がちらほら見える。
「そういう時に実直な姿勢をみせておけば……評価されることがあったり……するかも」
「ねぇよ。財団の評価は結果だ。逆に言えばそれさえ出せば昇給も目指せるわけだ」
赤信号で、ブレーキを踏む。フロントガラスを滝の様に雨が流れ、ワイパーにはじkれる。
「……そりゃいいですね。早く言ってくれればもっとよかった」
「入職説明会で言われなかったのか?」
「あんな眠たくなるの覚えてるわけないですよ」
「……それが原因で死ななきゃいいけどな」
青信号になったのでアクセルを踏む。排水溝に水が流れるように、車が流れていく。
「今回の任務って私十分な情報渡されてないんですよ」
「ああ、言ってたな」
「教えてくれません? 死にたくないから」
車は交差点を高速道路に入るために右折し、ビルとビルの間に通された螺旋状の坂道を上っていく。
「……昇進する上で、もうひとつ評価される指標がある」
「なんです?」
「『話さないこと』だよ。何があっても。……お前は確か……新卒組じゃなかったよな?」
車が高速道路に入ったので、ぐっとアクセルを踏み、車を加速させる。
「ええ、そうです。スカウトですよ。優秀なんで」
「……まあ、ペラペラ話すようなヤツはそもそも選別ではじかれるからな。お前も最低限は大丈夫なんだろう」
「ああ! それには自信がありますよ。警察っていうのは色々なものを知りますからね。口が固くなければ務まらない職業ですよ」
「ああ、個人情報とか」
「いや、上司の汚職とか不倫とか」
「……一般のヤツに記憶処理剤が出回らなくて本当に良かったよ」
「そう! 記憶処理剤! それですよ。どうしてヤクザがあんなの持ってるんですか。」
出灰はいらだたしげにハンドルをバンバン叩いた。
「おい、車揺れたぞ。ハンドルを叩くな」
「廿山さんもですよ! 『話さない』ことを話すってことはなにか情報持ってんでしょう!」
追い越し車線を進み、次々と車を追い越していく。
「そりゃな」
「それでも私には何もできないんですけどね!」
「じゃあ興奮するなよ……」
「ストレスたまってるんですよ!」
ひとしきり叫んだ出灰は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐きだした。
「いいんですよ、別に……。……この世にはどうしようもないことの方が多いんですから」
「躁の次は鬱か。忙しいな」
「ああ……そういえばあの人、名前なんでしたっけ。インタビューしたチンピラの人」
「国本浩一」
「国元、可哀想な人ですよね。■組はもう終わりですよ。国元以外構成員がいませんからね。もうこの町では生きていけないでしょうし。力のないヤクザほど役に立たないものはありません」
「まともに働くこともできんしな」
「……他の組員は何を思って彼を生かしたんでしょうね」
「あの組も……終わり始めてたからな。高齢化の波はヤクザにも来てるし、半グレやら外国勢力やらでシノギも狭くなっていってる」
「■組もそうだったんですか?」
「あの組のことは知らんが……それに近い状況は起こってたんだろうな」
「年寄りばっかでしたもんねぇ」
ビル街から離れて行くにつれ、周りを走る車がなっていく。
「あの記憶処理剤……多分、和泉洋平から手に入れたんでしょうね」
「それ以外ないからな」
「『オブジェクト』の一部が流出した可能性は可能性ってあると思いますか?」
「……気にする必要はないさ」
「なにか確信がでも?」
「『話せない』。探るのやめろよ」
「『それ』が原因で死にたくないんですよ」
「……その心配はいらない」
「それ自体が危険な『オブジェクト』ではないんですね」
廿山はちらりと出灰の表情を見たあと、ため息をついた。
「ああ、それと疑問がひとつ」
助手席からの視線も気にせず、出灰は続ける。
「大まかに把握している、と命令書にありました。……じゃあわざわざヤクザに勝ち込みする意味あります?」
「大まかに、だぞ」
「そう、その方法がわかんないんですよね。GPSとか、監視カメラか……どっちにしろもちょっと正確にわかりますよね」
「『話せない』」
「……もうそれで構いませんよ。考えをまとめるために口にだしてる節がありますし」
「だったら一人でブツブツ言ってろよ」
「それやったらうるさいって言うでしょうに」
「うるさい」
「ほら言った」
バックミラーにも反対車線にも車の姿はなく、出灰達を乗せた車だけが雨に濡れた高速道路を走っている。目的地は■■県■■市、■■府と■■県の県境にある盆地だ。