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渇望  作者: ヘルム
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【■■府.■■市.■■区.■■■■.■丁目■番■号】

【■■府.■■市.■■区.■■■■.■丁目■-■-■】

【2023/9/29.10:36】


 昨夜から降り続ける雨は、さらに勢いを増していった。

 出灰は薄汚い人混みと喧噪のなかを進むと、路肩に止めてあった財団から支給された車を見つけ、運転席に乗り込んだ。扉を閉めると、先ほどまでの喧噪が遠ざかっていく。

「買ってきましたよ」

 持っていたビニール袋からチョコレート菓子を取り出し、隣に差し出した。助手席に座る女、廿山は受け取ると、中身を確認した。

「おい。チョコクッキーないぞ、これ」

「ああ……無かったんですよ、それ。あのアイス最近売ってませんねぇ

 コートの水滴を払いながら、出灰は答えた。

「代わりにチョコ買ってきましたよ」

「マジか。……あれ好きだったのに」

 ため息をついた廿山はビニール袋を後部座席に放り投げた。菓子を食べ終えた出灰は、雨粒が張り付いた窓から外を眺める。

「そろそろ時間ですか?」

「ちょっと早いな」

 激しい雨にうたれながら、列になって歩く者達が見える。いずれも紺色の雨合羽を羽織っており、その背中には自らの所属を示す『■■■警』の文字が見える。

「大丈夫ですかねぇ。警察に任せて」

「なんだ、信用できないのか?」

 出灰の緊張感のないつぶやきに廿山が答えた。

「お前も昔は警察だったんだろ?」

「だったからですよ。やり方が雑なんです」

 出灰と廿山は、全国でも有名な日雇い労働者の町として知られている場所にいる。通りには煙草の吸い殻や、黒いシミ、空き缶、ゲロが散らばっている。そこを歩く者はいずれも目に生気が無く、身なりもホームレスと見まがう者ばかりである。

 大通りから少し離れた通りに男達の怒号や、扉を乱暴に叩く音が響く。

 通りを歩く者達は一瞬そちらに目をむけるが、『■■■警』の文字を見ると、後ろくらい事でもあるのか、顔を背け歩き去ってしまう。

 車の横を赤いスレッジハンマーを持った警官が通り過ぎていく。寒さのせいか、緊張のせいか、その手は震えていた。

「やっぱり不安ですねぇ……」

 鍵穴に向けてハンマーが振るわれる。金属と金属が衝突する深いな音が雨のなかに何度も響く。

「しつこいぞお前。そんなにカチコミしたいなら一人で行ってこい」

 少し怒気をはらんだ声で、廿山が言った。

「そう、それもですよ。なんで私ら以外に派遣されてないんですか。一応収容違反なんでしょう? だったらもっと人員を動かすべきです」

 一際大きな衝撃音を響かせ、ついに錠前が壊れた。警官達が吸い込まれるように建物に入っていく。

 警官達の、あるいは建物内にいた無法者達の、訛りの強い、荒々しい怒声が、車内にいても聞こえてくる。

「なにか知ってません? 今回の任務について」

 出灰は廿山の顔をのぞき込んだ。その瞳はまっすぐに標的を見据えたまま動かない。

「……仮に、仮にだぞ。私が知ってるとしてお前に教えると思うか?」

「いやぁ、教えないでしょ。捕まったら全部ゲロゲロしちゃいますよ」

「自分のことがよくわかってるな」

 その時だ。野太い悲鳴とともに、建物の扉が開き、警官達が飛び出してきた。開かれた扉からは、警官達を追うように煙が這い出て来る。

 自決、その言葉が出灰の脳裏によぎった。

「……ガス、ですかね」

「出灰行くぞ」

「……どんな種類かもわかりませんよ。それにもう行ったところで手遅れじゃ……」

「出てきた警官達の肌や呼吸に異常は無かった。そして、二階にも誰かいる。ガスは一階に滞留してるようだから二階には行ってないはずだ。……ほら、さっさと行け。拳銃忘れるなよ」

 出灰は防護マスクを装着すると、腰のベルトからシグザウエルP226を抜いて、車の扉を開けた。

「お前メガネは?」

「デスクに忘れたんですよ」

 出灰は防護マスクを通して、建物を見据えた。




 制限された視界のなかで、室内に侵入する。玄関に倒れていた、逃げ遅れたであろう数名の警官を越え、1階を手早くクリアリングした後、窓を開け空気を循環させる。応接室に3名、台所に1名、2階に続く階段に1名が倒れている。年齢は50代か60代程度、最も若い者でも40代後半だろう。全員皮膚に異常もみられず、呼吸も安定している。

 出灰を先頭に階段を昇る。若い男が一人、部屋の隅で頭をかかえ蹲っている。

「両手を上に」

 その男は、出灰の声を聞いて、ようやく人がいる事に気がついたらしい。

「両手を上に」

「な…お……いや……!」

 出灰は男の顔面を蹴り上げた。

 男は後頭部を壁にぶつけ、気を失ったように崩れ落ちた。

 ドクドクと顔面から血が流れ、フローリングの溝を伝っていく。

「……殺っちゃった?」

「殺ってません」

 出灰は反射的に否定したが、ピクリとも動かない男と広がっていく血を見ると完全には否定できなかった。呼吸はしているようだが、ピウ理とも動かず、起き上がろうともしない。

「……これどうします?」

「引っ張っていくしかないだろ。お前がやれよ」

「マジかァ……」


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