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4.彼が描いていた未来

「五年前は、こんなことになるなんて思いもしなかったわ……」


 いつもより豪華なドレスをまとったバーベナが、馬車から降りてつぶやく。


 ここはクルト領の一番端に位置する草原。彼女の目の前にある小さな橋を越えれば、そこは王が直接統治する地だ。


 もうすぐここで、バーベナと王の代理人との会談が始まる。


 一度ならず二度までも使者を追い返し、さらに軍を叩きのめした後、バーベナたちは領地の外に通じる街道や橋を封鎖した。


 外国との貿易、というより密輸に用いている港はそのままにしてあるので、そうやって閉じこもっていても暮らしに困るようなことはない。


 不気味な沈黙を貫くバーベナたちに、王宮はすぐに手を打った。と言っても、前のように兵を差し向けたのではない。改めて正式に使者を遣わせて、会談を行おうと持ちかけたのだ。


「お嬢様を敵に回すとまずい。王宮の人間たちも、ようやっとそのことを理解したのでしょう」


 青空を見上げて肩をすくめるバーベナの隣では、いつもと同じ執事服のミシェルが微笑んでいる。


「ここまでずっと、あなたが予想した通りに物事が進んでいて……いっそ怖いくらい。でも、まだ終わってはいないのよね」


「もちろんです、お嬢様。旦那様の身柄を無事取り戻し、かつこれ以上私たちに干渉してこないよう釘を刺す」


「そこまで成し遂げて、ようやくわたくしは助かったと言えるのね」


「ええ。ですが、臆することはありません。今日のうちには全て片付くと、約束いたします」


「あなたがそう言うのなら、間違いないわね。ふふ、信じているわミシェル」


 ちょうどその時、橋の向こうの街道に、きらきらしい馬車の一団が姿を現した。あれが、本日の会談の相手なのだろう。


「……いよいよね」


 ほっそりとした手をぎゅっとにぎって、バーベナは馬車を見つめた。


 ミシェルは今まで、様々な手を打ってくれた。彼の労力を無駄にしないために、必ず望む結果を引き寄せてみせる。そんな、覚悟を込めて。




 しかしバーベナは、見事なまでに肩透かしを食うことになった。


「わたくしは、あなた方に捕らえられるつもりはないわ」


「はい、我が主はもはや、貴女様の処罰を望んではおられません」


「……でしたら、わたくしの父の身柄も返していただけないかしら」


「もちろんでございます。そうおっしゃるだろうと思いまして、実はそちらの馬車でクルト伯爵を連れてまいりました」


 とまあ、こんな風にあまりにもとんとん拍子に話が進んでいたのだ。


 会談の相手は、王の代理人だと名乗った。彼はおそらく大臣か何かなのだろう、とても豪華な服をまといたくさんのお付きを従えた、でっぷりと太った男だった。


 しかし彼は、その立派な体格にはまるで似合わない腰の低さで、次々とバーベナの要求を飲んでいたのだ。少しもためらうことなく。


 どうして彼がこんな態度で、こんな行動を取っているのか全く分からない。バーベナは首をかしげたくなるのをこらえながら、最後の要求を口にした。


「…………それではわたくしたちは、そちらの国からの独立を望むわ。何かあるたびに兵を差し向けられては、たまりませんから」


「ありがとうございます!!」


 信じられないことに、代理人とそのお付きが一斉に礼を言った。こらえきれずに首をかしげるバーベナに、代理人が早口でまくし立てる。


「独立ですね、はい、それはこちらとしても大変ありがたく……その、ついでと言っては何ですが、我が国には攻め入らない、との約束をしていただければと……」


 バーベナは困った顔で、ちらりとミシェルを見る。ミシェルは穏やかな笑顔のまま、かすかにうなずいた。


「分かったわ。これからは対等の国同士、互いに過度に干渉しない。それでどうかしら?」


「はい、はい、それでよろしゅうございます……」


 そうして合意の内容を書面に起こすと、代理人たちはまるで逃げるかのような勢いでその場を去っていった。後に、ちょっぴりやつれたクルト伯爵を残して。


 何が起こったのか分からずに立ち尽くす伯爵に、バーベナが駆け寄る。


「お父様!」


「おお、バーベナか……いったい何がどうなっておるのだ。わしはずっと王宮に幽閉されていたというのに、今朝がたいきなり馬車に乗せられて、ここで降ろされて……しかも、独立がどうとか、そんな話が聞こえていたような……」


「それは屋敷に帰りながらゆっくり話しますわ。ああ、無事で良かった……」


 ずっと捕らわれていたにしては、クルト伯爵は元気そうだった。心労のせいか少々疲れているようではあったが、それだけだった。


 それもまた、ミシェルのおかげだった。クルト伯爵にもしものことがあった場合、我々は問答無用で王都を攻め落とすぞと、ミシェルが裏でそんな脅しをかけていたのだ。


 しかし伯爵も、そしてバーベナもそのことは知らなかった。ただひたすらに、互いの無事を喜び合っている。


 そんな二人を見守りながら、ミシェルはにっこりと笑った。


「これで、一件落着ですね」




 クルトの屋敷改め、クルト王国の王城。当主の仕事部屋改め、王の執務室。


 そこの椅子に腰かけて、女王バーベナはぽかんとしていた。


 あの会談を経て、クルト家は祖国から独立することが決まった。


 そしてそれを聞いた領民たちは、もろ手を上げて歓迎した。現当主であるバーベナの父ではなく、バーベナを。


 外国から得た新しい物品や知識を惜しみなく領民に与えていたバーベナのことを、領民たちはまるで母を思う子のように慕っていたのだった。


 結局、バーベナの父は引退し、バーベナが初代女王となることが決まった。


 それからというもの、彼女はずっとこの部屋で、ミシェルと二人仕事に追われていた。生まれたばかりのこの国が軌道に乗るまでに、やるべきことはたくさんあったのだ。


「物や技術の輸入を、堂々とやれるようになったのは嬉しいけれど……」


「その前に、法を定めてしまわないといけませんね。私たちが少し前まで所属していたあの国の法は、骨董品もいいところでしたから。とてもとても、参考になどなりません」


 そう言って、ミシェルは肩をすくめる。バーベナは微笑みながら、書類の束を手に取った。目を通して、ミシェルと話し合い、署名する。場合によっては新たな文言を書き加えて。


「……こうやって民の力になれるというのも、いいものね」


 そんなことをしばらく繰り返していたバーベナが、ふと微笑んだ。


「最初は、繰り返される破滅から逃れるためだった。訳も分からずにあなたの指示に従って……でも、いつしか民のために色んな物や技術を輸入すること自体が、楽しくなっていた」


 手にしていた書類をそっと置いて、彼女は静かにつぶやく。


「そうしていたら、いつの間にか破滅からも逃れられた。生と死の輪廻の中にいたあの頃は、こんなにも平和な未来が待っているなんて思わなかったわ」


 彼女はゆっくりと、ミシェルに向き直る。二人とも、とても穏やかな笑みを浮かべていた。


「何もかも、あなたのおかげよ。あなたには何かお礼をしなくちゃ。女王らしく、褒美をつかわす、とでも言うべきかしら?」


 ミシェルは優雅に会釈して、にっこりと微笑む。


「それでは、お言葉に甘えてもよろしいでしょうか」


「ええ、もちろんよ」


「私を、一生お嬢様のおそばにいさせてください。私たちの関係をどのようなものとするのかについては、お嬢様にお任せします」


 何を言われるのだろうかと身構えていたバーベナが、あっけにとられたような声を出す。


「えっ、そんなことでいいの?」


「お嬢様のそばにいられる、そのことが私にとっては何よりの幸せですから」


 きっぱりと言い切ったミシェルに、バーベナは少し遅れてうなずいた。にっこり笑って、ミシェルを見つめる。


「分かったわ。どのみち、あなたなしに女王の任は務まらない。女王たるわたくしにとって、あなたはなくてはならない存在なの」


 それからちょっぴりはにかんで、バーベナは目をそらす。


「……それに、あなたはいつもわたくしを支えてくれた。あなたのいない人生なんて、もう考えられない」


 その言葉を、ミシェルはこの上なく幸せそうな顔で聞いていた。


「ええ、私もですよ」


 そうして二人は、じっと見つめ合う。女王と執事、そんな立場よりもずっと親しげな、そんなまなざしで。




 それからも、クルト王国は平和そのものだった。他国と積極的に交流し、その良いところを次々と取り入れ、さらに栄えていた。


 そんなある日、ミシェルはただ一人、王城の屋上にたたずんでいた。彼の前には澄み渡った青い空と、緑の大地が広がっている。


 農地にはたくさんの作物が実り、人々は豊かに、健康に過ごしている。国土は笑顔にあふれ、飢えや貧しさの影は見当たらなかった。

 

「どうにか、破滅とやらを回避することはできたようですね」


 ミシェルは風に髪をなびかせ、満足げに笑う。しかしその端正な顔は、すぐに険しく引き締められる。


「……法に基づき、お嬢様は処刑された。そのようなこと、認められない。ならば間違っているのはお嬢様ではなく、その法のほうです」


 豊かな響きのその声は、地の底から聞こえているかのように低かった。彼の思いに引きずられたかのように、日がかげる。


 しばらく沈黙してから、彼はふうと息を吐いた。打って変わって柔らかな声で、彼は再び顔を出した太陽をちらりと見た。


「間違った法の支配から逃れ、無事に新しい居場所を、お嬢様をお守りできる場所を得ることができました。ええ、本当に良うございました」


 彼は目を閉じて、ゆったりとつぶやく。とても穏やかに。


「結局、お嬢様がなぜ幾度も過去に舞い戻られたのは分からずじまいです」


 ミシェルの目が、ゆっくりと開かれていった。ひどく澄んだ、底知れぬ深さを感じさせる目だ。


「ですが何者であれ、これ以上お嬢様を苦しめることは許しませんよ。もしもの時は、私が全力で叩きのめして差し上げます」


 天を仰ぎ、ミシェルは告げる。整った彼の顔は、ぞっとするほど美しい笑みをたたえていた。


「たとえそれが、神であったとしても」

ここで完結です。読んでくださって、ありがとうございました。

良ければ下の星の評価などいただけると、今後の励みになります。


新連載(今度はもう少し長めです)を始めました。下のリンクからどうぞ。

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[良い点] 案内から見つけてブックマークはつけてたのですが今頃ですがまとめて読みましたすみません、でも読んでみて楽しく読めました! 読んでいて巻き戻しは、ミシェルさんかと思ったけどそれなら一回目で助…
[良い点] スッキリまとまった読みやすいストーリーでサクッと読めました! 欲を言えば、もう少し恋愛が欲しかったかなーと思いましたが、物足りないくらいがちょうど良いのかもですね! [気になる点] お嬢様…
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