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2.二人で頑張ろう

 それから二人は、手分けして禁制品について調べ始めた。その性質と、利用法について。


「旦那様は、密輸した品々を国内外に売りさばくことで利益を得ておられます。ですが私たちは、密輸品を活用することを考えましょう」


 クルト家が輸入している禁制品の一覧を見ながら、ミシェルがつぶやく。バーベナも手元から目を離さずに、明るい声で答えた。


「この中から、別の形で利用できそうなものを見つければいいのね」


「ええ。それもできれば、領民の生活に役立つような物がいいでしょう」


「だったら、これはどうかしら。ほら、こちらの資料を見て。これをこう加工して……」


「なるほど、これはいいですね。さすがはお嬢様です」


 そんなことを言いながら、二人は熱心に一覧を調べ続けていた。




 それからしばらくして、二人はとても張り切った様子で屋敷の廊下を歩いていた。それぞれの手には、分厚い書類の束。


「無事に旦那様の許可もいただけましたし、ここからが本番ですね」


「ええ。もっと色々密輸したい、なんなら加工してみたいって切り出したら、お父様は大喜びだったわね。お前の好きなようにやりなさいって、すぐに返事をもらえたし」


「旦那様を説得する必要もあるかもしれないと、こうして資料まで用意してきましたが、不要でしたね」


「もっともお父様は、民を豊かにすることはてんで興味がないようだったけれど」


 そんなことを話しながら、二人はバーベナの部屋まで戻ってくる。そしてすぐに、屋敷の者を呼び集めた。


 二人の指示で、禁制品は次々と作り変えられていく。恐ろしい兵器の材料となる石は、砕いて他のものと混ぜることで優れた肥料に。夢を見せる怪しげな草は、精製すれば優れた麻酔薬に。


 他の密輸品も、あれこれと手を加えることで、驚くほど姿を変えていった。そういった加工の技術もまた、外国から密輸した禁書に記されていたものだった。


 そうして、優れた薬や道具の数々が生み出され、領民たちに分け与えられた。決して領地の外にもらしてはならない、というただし書きと共に。


「毒と薬は紙一重、とはよく言ったものです。我が国は毒を恐れるあまり、薬となり得るものを締め出してしまっている。そのことを、皆様に教えて差し上げましょう」


 ミシェルは穏やかに微笑んで、そんなことを言っていた。彼はとても自信にあふれた顔をしていた。


 一方のバーベナは、この行いが自分の破滅の回避とどう関係するのかやはり分からなかった。けれど、他にすべきことも見つからない。だから彼女は、彼の案を全力で遂行していくのだと決めていた。




 半年も経つ頃には、もう変化の端っこが見え始めていた。


 領民たちの暮らしは、見違えるように良くなっていた。彼らはこの暮らしを与えてくれたバーベナに感謝し、彼女の指示通り秘密をもらさぬよう堅く口をつぐんでいた。


 ミシェルだけを連れて領地を視察したバーベナが、くすぐったそうに微笑む。 


「密輸を続けるなんてあなたが言い出した時は驚いたけれど……領地のみんなも喜んでいるようだし、こういうのもいいわね」


「はい。お嬢様にお喜びいただけて、私も嬉しゅうございます。ですが、まだ油断はなりませんよ。まだ破滅は、私たちの前に口を開けていますから」


「ええ、もちろんよ。破滅がやってくるまで、あと半年。もっともっと禁制品を輸入して、もっともっと領民を富ませる。それが、あなたの策なのよね」


 そう言って、バーベナは言葉を切った。ほんの少し申し訳なさそうに、言葉を続ける。


「……民を富ませることが、わたくしの破滅を防ぐことにどうつながるのか、今でも分からないのだけれど……」


 バーベナはちらりとミシェルを見上げる。ミシェルはこの上なく優しい微笑みで、それに答えた。


「今は秘密です。まだ、お嬢様に告げるべき時ではないのです。ですが、今のところはこの上なく順調であると、それだけは断言できます」


「そう。ならばわたくしは、ただあなたを信じるわ。……でもいつか、破滅を回避できたら教えてね? あなたの策の、その全てを」


「はい。約束いたします。その時をつつがなく迎えられるよう、私は全力を注ぎますよ」


 彼の力強いまなざしに、バーベナも安心したような顔でうなずいた。




 やがて二人は、少しずつ領民たちを巻き込み始めた。彼らの手を借りて、さらに大量の密輸品が作り変えられるようになっていた。


 優れた品々はさらに増えていき、領民全てに行き渡らせても余るようになっていた。二人はその余剰分をこっそり外国に売り飛ばし、着々と富を蓄えていった。


 バーベナ、ミシェル、そして領民たち。彼女たちはみなで秘密を共有しながら、みなでより豊かな未来を目指すようになっていた。


 ただ一人、バーベナの父である現当主だけは、蚊帳の外に置かれていた。


 彼は相変わらず、密輸品をそのまま売りさばき、自分の懐を肥やすことしか考えていなかったのだ。彼は民に興味がなかったので、領内の変化にも気づいていなかった。


 そして二人は、新たな事業にも着手していった。


「物だけでなく、知識や人も密輸するなんて……そんなこと、思いもしなかったわ」


「何であれ優れたものを積極的に取り入れ、領民を富ませる。ただそれだけのことですよ。形の上では密輸と密入国ということになりますが、今さらそんなことはどうでもいいでしょう」


「ふふ、そうね。それで、わたくしも色々と考えてみたのだけれど……これ、見てもらえるかしら。外国の制度を参考にして、独自の教育制度を作ってみたいの。どうせなら、教師を外国から招いてもいいわね」


 バーベナが手にしている書類の束を受け取り、ミシェルはじっくりと目を通す。


「……ええ、さすがはお嬢様ですね、とても素晴らしい草案です。さっそく、実行に移しましょう」


 こんな感じで、二人はものすごい勢いで領地を改革していった。


 学校を作りきちんとした病院を作り、今までは血筋やら口利きやらで採用していた役人に登用試験を課し、身分や立場に関係なく優秀な者を採用するようにした。


 そしてそういった事業にまつわる運営は全て、バーベナの父ではなくバーベナとミシェルが取り仕切っていた。


 クルト領はこっそりと、しかし確実に豊かになっていった。




 そうして、一年が経った。十六歳になったバーベナは、呆然としながら窓の外を見ていた。


「今までは、十六の誕生日を迎える前に捕らえられていたのに……」


「お嬢様の行いが、きっと運命を変えたのでしょう」


「あなたもそう思う? わたくし、やっと破滅の運命から逃げられたのかしら」


 そう尋ねるバーベナの声は弾んでいた。破滅から逃れられたのかもしれないという希望と、ミシェルへの信頼に。


「そうかもしれません。ですが、まだ油断は禁物ですよ。これからも抜かりなく、頑張っていきましょう。ここからは、お嬢様も私も知らない時間が始まるのですから」


 ミシェルの優しい声に、バーベナはにっこりと笑ってうなずいた。




 何事もなく、さらに四年が過ぎていった。バーベナは二十歳の麗しい淑女となっていた。そしてそのかたわらには、五年前と何一つ変わらぬミシェルの笑顔があった。


 しかし今、二人はバーベナの部屋の窓辺にたたずみ、険しい目を外に向けていた。


「お嬢様、ついに来たようです」


 二人の視線の先には、クルトの屋敷の門が見えていた。


 そこに停まった豪華な馬車から、いかめしい礼服を着た男が降りてくる。馬車の周囲には、兵士らしき男がずらりと並んでいた。ただの訪問客にしては、異様にいかめしい雰囲気だった。


「そう、来てしまったの。あれは、わたくしを迎えに来た馬車なのでしょうね。ならばお父様は、もう捕らえられてしまったのかしら」


「おそらくは。先日旦那様が急に王宮から呼び出されたのは、そのためでしょうから」


「ただの呼び出しなら、とっくの昔に戻ってきていてもおかしくない頃合いですものね」


 冷静に告げるミシェルに、バーベナはちらりと目を向ける。


「……あなたのことは信じているけれど、少し怖いわ」


「私たちの五年間の努力が、いよいよ実を結ぶのです。安心して、ゆったりと構えていてください」


 そんなことを話している二人の元に、青ざめた使用人が駆け込んできた。


 王宮からの使者が、お嬢様の身柄を引き渡せと主張しております。彼は震える唇で、そう言った。




 その頃、クルトの屋敷の門の前。そこに留め置かれた使者たちは、不機嫌な顔で執事長と押し問答を続けていた。


「クルト家の令嬢バーベナには、禁制の品を密輸した疑惑がかけられている。速やかに出頭し、申し開きせよ!」


「お嬢様は民思いの、素晴らしいお方です。その疑惑は何かの間違いでしょう」


 屋敷の中に立ち入ろうとしている使者たちと、絶対に通すまいとしている執事長と執事たち。


 互いに一歩も引かずににらみ合う両者の間に、愛らしくも落ち着いた声が割って入った。


「わたくしに、何か用ですの」


 執事たちの背後、開いた玄関の扉の向こうには、優雅な物腰のバーベナが立っていた。そのかたわらには、平静そのもののミシェルが付き従っている。


 二人はしずしずと進み出て、使者たちの前までやってくる。


「わたくしに、密輸の疑惑がかけられているということでしたわね」


 その威厳に満ちたふるまいに、執事たちも使者たちも、自然と背筋を伸ばしていた。執事たちに見せていた偉そうな態度は、きれいに消え去ってしまっている。


「ならばあなたたちは、どのような品が密輸されていたのかについても把握しているのかしら?」


 まるで女王のような貫禄で、バーベナが微笑む。使者はすっかり気圧されつつ、こくこくとうなずく。


「そう。でしたら、その品について教えていただけませんこと? わたくしにどのような嫌疑がかけられているのか、興味がありますの」


 その要望は、本来通るはずのないものだった。何せバーベナは、密輸の容疑者なのだから。


 しかし使者は額の汗をぬぐいながら、持参してきた書類を読み上げ始める。


 次々と挙げられていく禁制品の名前。密輸が事実なのだと知っている執事たちはわずかに青ざめていたが、バーベナとミシェルは微笑んだまま、眉一つ動かさなかった。


 やがて、使者が汗だくになりながら書類を読み終える。一呼吸置いて、バーベナが可愛らしく小首をかしげる。


「そんな品、ここにあったかしら? ミシェル、どう?」


「ございません、お嬢様」


 あっさりとしらを切る二人に、使者はしどろもどろになりながら反論する。


「じ、実物がなかろうと、取引の書類が存在するかもしれん!」


「あら、そうですの? でしたら、屋敷でも探されます? わたくしは構わないわ」


 やはり可愛らしく微笑んだまま、バーベナが即答した。


 先日、バーベナの父が王宮に呼び出された。こんな時期に、理由も言わずに呼び出してくるのはおかしい。きっとこれは、彼を密輸の容疑で捕らえるための呼び出しに違いない。そう判断した二人は、すぐに手を打っていた。


 クルト家の当主であるバーベナの父は、自らが関与する密輸の書類を、隠し部屋の隠し金庫にしまっていた。二人はそれを持ち出して、屋敷の外に隠し直したのだ。その他の、密輸に関する全ての物品と共に。


 だから今この屋敷を調べられても、痛くもかゆくもないのだ。そんな二人の余裕を察したのか、また使者がおろおろと視線をさまよわせ始める。


 その時、どこからかやけに騒がしい物音が聞こえ始めた。

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