デニスの場合 3
私はほとんどの時間をアデーレとアニスと過ごしながら、時折メルドークの屋敷に戻る生活を続けていた。
私の現在の立場からするとメルドークの屋敷は居心地の良い場所ではないはずなのだが、実際はそうでもない。
仕える使用人達は献身的で、私に対しても実によく世話をしてくれる。内心ではどう思っているのか分からないが、表面上は表情も変えずに仕える様子はしつけが行き届いていると感心するばかりだ。
中でも家令のセバスは私とリリスの間を取り持つ重要な人物だった。
セバスは先々代の頃からメルドーク家に仕え、家令として侯爵家を取り仕切る立場にある。何事においても冷静的確に対処し、家への忠誠心は高く非常に優秀な人物だ。リリスからの信頼も厚い。
いつものように屋敷に戻った私にセバスが話しかけてきた。
「来月はお嬢様のお誕生日でございます。何か贈り物をご用意いたしますか?」
毎年この時期になると必ず聞かれることで、私はいつもと同じように答えるだけだった。
「何かあの子が気に入りそうなものを用意してくれ」
それだけだ。リゼリアの好みなど知らない。こう言っておけば優秀なセバスが素晴らしいプレゼントを用意してくれるだろう。
「かしこまりました」
私はセバスの返事を背中に聞きながら自室へと向かおうとしたが、ふとポケットの中の存在を思い出した。
部屋に戻ってのんびりくつろいでいると、侍女がお茶を運んできた。
丁度良いので、私は先ほどポケットから取り出した小箱を彼女に差し出した。
「最近人気の店の菓子らしいんだ。私は要らないからお茶の時間にでも使ってくれ。ああ、誰からだとか余計なことは言わなくていいよ」
私は甘い物はほとんど食べないのでよく知らなかったが、侍女の反応から有名店の物なのだろうことは分かった。
箱を受け取った侍女は「余ったら皆で分けて良いよ」という私の言葉にとても嬉しそうにしていた。
最近はチョコレートが流行しているようで、あちこちに新しい店が出来ている。酒のつまみとしても人気はあるようだが、私はあまり興味はないし、アデーレもあまり好みではないようだった。
だから出掛けた先で土産にと渡されたりするとアニスにあげるかこうして託してしまうことがほとんどで、自分で食べることはまずなかった。
アニスはこんな菓子一つでも無邪気に喜ぶ。リゼリアも少しくらいアニスのような可愛げがあればよいものをと思うが、どうせ無反応だろう。
先ほどの侍女は「お嬢様が喜ばれると思います」などと言っていたが、そんなことがあるものかと思う。
以前、ふとした時にアニスには姉がいるのだと話してしまったことがあった。アニスは姉という存在にとても興味を持っていたが、リゼリア相手ではアニスが嫌な思いするだろうことは目に見えていた。
だから会わすつもりなどなかったのだが、アニスはリゼリアのことを事あるごとに聞きたがった。
ある日、アニスはリゼリアを見かけたと言い、一緒にいた男性がリゼリアの婚約者であると知って非常に羨ましがっていた。
自分も素敵な婚約者が欲しいのだと言うアニスは非常に可愛らしく、もうそんな年頃なのだと少し寂しく感じたものだ。
さすがに侯爵家は難しいが、アニスの為に少しでも良い縁談を見つけてやりたいと思う。可愛い娘の願いはなるべく叶えてやりたいのだ。
翌日は友人との約束があったので、午前中はのんびり過ごし、午後から屋敷を出てその日はアデーレの元へ帰った。
屋敷への滞在は今回のように短かったり、数日居たとしても頻度は月に一、二度程度だ。
このような状況は親族からはあまりよく思われていないようだったが、リリスが何も言わないため特に介入してくるようなことはなかった。
特にすることもないのだし、別に何も問題はないはずなのだが。まあ、そのまま静かにしていてくれればそれでいい、そう私は思っていた。