フレデリクの場合 3
「このお話みたいにすればいいのよ。そうすれば、きっとお姉様も自分の立場を理解して我がままを言うこともなくなると思うの」
目をキラキラさせてアニスは言った。私は最初意味がよく分からなかったが、アニスは自分の思いついた計画を自慢げに私に教えてくれた。
アニスの計画は先ほどの舞台のように、私とアニスがリゼリアに婚約破棄を突き付ける、というものだった。
最初はそんなことをしては注目を集めるし、両家の醜聞になるのではないかと心配した。
しかし、私達は真実の愛の為に行動するのだから、きっとみんな祝福してくれるはずだとアニスは言った。
はじめこそ渋った私だったが、熱心に話すアニスの話を聞いている内にとだんだんと気分が盛り上がっていった。
私は舞台の主演を自分に置き換え想像してみた。真実の愛の為に立ち上がる私。なんて格好が良いのだろうか。喝さいを浴びる様子を想像して自然と顔がほころんだ。
アニスの父上も許してくださっていることだし、何よりこれはリゼリアのわがままを諫める為の行為なのだ。多くの証人の前ならば、リゼリアも婚約の解消を認めざるを得ないだろう。
私はアニスと共に、いつ、どのように場を準備するかの計画を練り、ついにあるパーティーで実行に踏み切ることにした。
私達の計画はとてもうまくいった。周囲の注目を集める中、最初は抵抗を見せたリゼリアだったが最後は大人しく受け入れ立ち去っていった。
私達はやり遂げたのだ。
高揚する気持ちのまま、私はアニスとパーティーを楽しみ、これからの未来に心が躍る思いだった。
ところが、パーティーを十分に楽しんで最高の気分のまま家に戻ると、すぐに父の書斎に行くようにと告げられた。
不思議に思いながら向かうと、こんな遅い時間だというのに父や母、兄達が揃って私を待っていた。
一体どうしたというのだろう。家族が揃うなど久しぶりのことだったが、皆表情がとても固かった。
「お前はなんということをしてくれたのだ」
私が挨拶をする前に、父上が私に向かって話し始めた。どうやら先ほどのパーティーでの出来事をもうご存じのようだった。
明日私から話をしようと思っていたが、恐らくパーティーに出席していた兄上が今日のことを父上に話したのだろう。
父上は「お前は自分の立場を分かっているのか、婚約者に対してなんということを、リゼリア様に対して申し訳ないと思わないのか、我が家の醜聞だ、恥だ、身元もあやしい娘と婚約してどうするつもりだ」と、とにかく私を責める言葉ばかりを続けた。
私は仕方なくその言葉を聞いていたが、せっかくやり遂げたことへの称賛や新たな婚約についての祝福がないことがとても不満だった。
「落ち着いて下さい父上。私は真実の愛の為に行動したのです。醜聞などにはなりません。みんな私達のことを称賛し、応援してくれています。非難などさるはずがありません」
私は誇らしげに言ったが、目の前の家族は眉をひそめるだけだった。
「それに安心して下さい。アニスはリゼリアの妹です。私はアニスと結婚してメルドーク家に入ります。何も変わりません」
安心させるために私は言ったのだが、家族は何だか奇妙なものを見るような目で私を見ていた。
「お前、何を言っているんだ? アニスというのはメルドーク侯爵の夫の愛人の娘らしいという話じゃないか。相続権などあるはずないだろうに」
黙ってしまった父上の代わりに兄が言った。
この国では、爵位継承は直系嫡出子とされ、女子にも継承権がある。長子が継ぐ場合が多いが、長子以外にも相続権は認められている。
爵位は終身制である。しかし、突然の不幸などがあった場合や継承権を持つ者が成人していない場合などは一時的に代理爵位が認められている。
メルドーク家の現侯爵はリゼリアの母である。嫡出子はリゼリアのみなので継承権はリゼリアにある。
もし仮にリゼリアの成人前に侯爵が亡くなった場合、リゼリアの父親が代理侯爵を務める可能性はある。しかし、アニスに継承権は発生しない。代理侯爵になった後、後妻との間に子をもうけてもその子にも継承権はない。
リゼリアの父親であるから代理侯爵の地位を得られるのであって、父親の血に継承権利はないのである。
「ええ、私も少し気になりました。ですが、こういうのは「よくあること」なのでしょう? アニスの父上はリゼリアではなくアニスに家を継がせたいと思っているようだし、こういうことを上手く処理するやり方は色々あるのだそうですよ。だから、私の婚約者がリゼリアからアニスに代わっても何も問題はないんです」
私は嫡出子なのでもちろんドムドロス家の継承権はある。しかし、優秀な兄二人が居るのでそのどちらかが家を継ぐのは当然のこととして育った。だから継承問題など自分にはまったく関係ないことだと思っていた。
最初にアニスから話を聞いた時は驚いたが、友人達にも聞いてみたところ、こういった継承問題というのは頻繁ではないにしろ「時折ある」ことらしいのだ。
だから、解決のための方法もある。既にとられている方法なら何も問題はないはずだ。だってみんながやっていることなのだから。
いつもとは逆に私が教える立場というのはなかなか気持ちが良いものだった。
私は家族の心配を取り除こうとその後もアニスに聞いた話を説明したが、話をするうちに段々とみんなの顔がこわばり青ざめていくようだった。
「お前はそれがどういうことだか分かって言っているのか? 法を破ろうというのか? 犯罪に手を染めるつもりなのか!」
沈黙していた父上が震える声で私に言った。
「法を破る? 犯罪? え、そんなつもりはありません。そんなこと……」
私は指摘されたことに動揺した。だって考えてもみなかったのだ。法を破るとか、犯罪だなんてそんな……。
「よくあること」なんだから、みんながやっていることだろう? どうしてそんなことを言われるのか意味が分からなかった。
「お前は莫迦だ莫迦だと思っていたが、まさかこれほどとは……。とにかく、お前は自ら貴族でいられる道を捨てたのだ。あれだけ私達が手を尽くしてやったというのに。リゼリア様やメルドーク侯爵になんと謝罪したらよいものか。すぐにでも勘当したいところだが……調べがつくまで大人しく謹慎していろ!!」
父上は怒りに震える声で扉を指さした。私は言われた言葉をすぐに理解することができず、ただただ父上の顔を見つめることしかできなかった。
母上は泣きながら父上にすがっているが何も言ってはくれなかった。兄上も厳しい顔をするばかりで何も言葉をかけてはくれない。私の味方はここには誰もいなかった。
ふらふらとした足取りで書斎を出た私は、そのまま自分の部屋に戻るとソファに腰かけた。
何がいけなかったというのか。祝福してもらえると思っていたのに、どうしてこんなことになったのだろう。数時間前までの幸せな気持ちが今はまったく思い出せない。
私は私は…… どうしたらいいのだろう。




