ジルバートの場合 2
さて、この薬で殺害されたとされる人物の一人にドレイク・シモンという男がいた。
この男については首謀者も実行犯もはっきりしていた。
シモンは金貸しをしていたが、金を貸していた内の一人が借金が嵩み、抵当に入れていた屋敷を手放さなければならなくなったことで一家離散の危機に陥りシモン殺害を計画した。
秘薬を買うのにも金は必要だったはずだが、シモンは性格が悪い事でも有名で各方面に敵は多く、その辺りから金を集めて薬の入手に成功したらしい。
関係者が増えればそれだけバレる可能性も高くなるが、借金以外にも色々と恨みは深かったようで男は奔走した。
金を出す方もどうかと思うが、シモンはどれだけ恨まれていたのだろうか。
だが、この借金男も自ら手を下すことはしなかった。シモンは滅多に外出もしなかったので出来なかったという方が正しいが、シモンに特大の恨みを持つシモンの義理の弟を見つけ出し利用した。
しかしこの弟というのも莫迦ではなく、これまたシモンの妻を誘惑して言葉巧みに誘導して毒を盛らせた。
弟は尋問に対して「正当なシモン家の後継者は自分であり、自分の物を取り戻して何が悪い。そもそも自分は何もしていない。やったのはあの女だ」と開き直っている。
関係者の罪状については現在議論中だが、証拠も少なく立証も難しいので頭の痛い問題である。
しかし、ドレイク・シモンに関しては別の犯罪の存在も浮上した。「戸籍の書き換え」である。
元々城の文官だったシモンは、戸籍の管理を行う部署にいた。そこでは多額の謝礼と引き換えに戸籍の書き換えが長年に渡って行われていたのだ。
城内で行われていた犯罪に驚いたが、この犯罪が明るみに出たのは別方面からの情報提供によるものだった。
侯爵家の一つ、ドムドロス家当主からの報告は、子息のフレデリク・ドムドロスに関するもので、彼はあるパーティーで「婚約破棄事件」なる騒ぎを起こした張本人であった。
この事件については私も話を聞いていた。馬鹿馬鹿しいことを仕出かしたものだと思ったし、標的になった令嬢も災難だと同情した。
しかし、フレデリクは事件に付随して家族に爵位継承の為の戸籍改ざんについてを語ったらしい。
到底フレデリクの頭で考えられるような内容ではなく、この話の元はアニスという少女だという。
シモン殺害の実行犯として捕らえられたのは元妻のアデーレだったが、その娘のアニスは関与はないものとして扱われていた。
しかし、この報告からアニスについては詳細な調査と本人への聴取が行われることになった。聴取には私も参加したが、まあなんというか、あれだ。疲れた。
アニスは自己中心的で極めて偏った思考の持ち主だった。
扱いが難しいと事前に聞いていたのでなるべく穏やかに接した。聞けばなんでも得意げに話す様子は扱い易くはあったものの、やはりどこか異様に感じずにはいられなかった。
常識や価値観が違うのだ。善悪の区別もついているのか怪しいと思う。しかも、なかなかに話が巧みだ。聞いていると彼女の言っていることが正しいような気さえしてくる。話に引き込む一種の才能のようなものがあるようだった。
記憶力も良く、シモンの仕事についてはかなり詳細に知ることができた。シモンは娘には甘かったらしい。後継者としても考えていたようだが、アニスは自分はメルドーク家の後継者であると強く主張していた。
彼女の発言は問題が多く、王家に対する不敬とも言えるものもあった。一緒に聴取に臨んだ者は捕えるべきだとも主張していたが、彼女は未成年である。フレデリク同様、世間を騒がせたとはいえ捕えることまではしなかった。
しかし、母親が犯罪者となったことで今後この貴族社会で生きていくのは厳しいだろう。
アニスが自分の本当の父親だと言っていたデニス・メルドークだが、彼にしたところで愛人、しかも犯罪者を囲っていたことが明るみに出て、メルドーク家から切り捨てられるのではないかと言う話だ。娘の面倒どころではないかもしれない。
戸籍改ざんに関しては別の担当者が引き続き調査にあたっている。こちらも公になれば大騒ぎになることは間違いないだろう。
シモンが関わる以前から長く行われてきたと思われる犯罪は、依頼した者やその一族へも罪が問われるものだ。
陰謀がらみの乗っ取りもあれば、家の取りつぶしを免れる為のやむにやまれぬ事情もあるだろうことを考えるとなんとも……。
爵位継承については時折その問題を聞くことがある。アニスの言う「制度がおかしい」というのは、多少うなずけてしまう面もあることは確かだった。
さて、秘薬に関する事件は王家が関わることもあり、発表自体をためらわれるものだったが、今後のことも考慮して一部事実を変えて公表されることとなった。
ここ最近死亡した貴族がある新薬によって毒殺されたこと。
その薬はある薬師が偶然開発した薬で、服薬すると自然死と見間違うような症状で死亡すること。
しかし、調べれば薬によるものだとすぐに分かる特徴が出ること。
現在その薬のレシピは失われていること。
もちろん世間では大騒ぎとなったが、王家の意向もあって表立って騒ぐ者は最初の内だけで収まった。
現在、リストにあった購入者は優秀な諜報員の調べで徐々に追うことができている。使用された薬の確認や使われずに回収できたものなど、薬の所在も確認が進んでいた。
しかし、中にはどうしても購入者を追えず、判明していないものもある。
死亡者との突合せで、まだ使用されていないと考えられているが、私は果たしてそうだろうかと疑問に思っている。まあ、貴族ではなく平民に使用されていたとしたら話はまた別なのだが。
しかし、先日のメルドーク伯爵が倒れたという話。これが薬によるものではないかと私は疑っている。
しかも、侯爵家のメイドの一人が現在行方不明となっている。なんとも怪しいではないか。ミシェル殿下もこの件は気に掛けていらっしゃる。
侯爵の症状は心臓病によるものと診断が出ているが、薬による特徴が出ているかは確認が出来ていない。公表されていないが、実は症状は死亡していないと確認のしようがないのだ。
これだけ世間で薬のことが話題となっている中、よほど自信がなければ薬の使用はこれ以上されないと思うが、果たして……。




