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アデーレの場合 3

 夫の水差しに毒の粉を入れた翌朝、夫はベッドで冷たくなった状態で発見され、心臓が原因の病死とされた。


 不思議と恐怖も後悔もなく、私は夫の死を冷静に受け止めた。これで不安はなくなったのだ。これからのラルフとの新しい生活への期待が膨らんだ。


 しかし、私は彼に裏切られた。


 夫の死後、ラルフはシモン家にやってきて瞬く間に屋敷を掌握した。もともと親族が少なかったこともあり、彼がシモン家を継ぐことに異論のある者はいなかった。もちろん私にもない。


 ドレイクの行っていた仕事関係で多少もめ事もあったようだが、彼の子爵継承は滞りなく行われた。


 そして正式にラルフが当主となったその日、私はラルフに告げられた。


「出ていけ」と。


 私は「どうして」と彼に尋ねた。


 彼は「これから私は妻を迎えるんです。彼女は伯爵家の娘でね、もちろんあなたよりずっと若くて美しい人です。屋敷に女主人が二人もいたら使用人も困るし、彼女も嫌がるでしょう?」と言った。


 私は「あなたの為に夫を殺したのに、これはあんまりだ」と訴えた。


 しかし、笑いながら彼は言う。


「なんてことだ、あなたが兄を殺したなんて。私はあなたを捕えなくてはいけませんね」


「何を言っているの、私はあなたに頼まれたから!」


「私には何のことだか。あなたに兄を殺して欲しいなんて一言も言っていませんよ。あなたが勝手にしたことでしょう?」


「そんな、あなたが私にあの毒を渡したんじゃない!」


「毒? 何のことでしょう。まったく覚えがありませんね」


 私は絶望した。


「あなたが騒いだところで、あなたが疑われるだけですよ。あなたと兄が不仲だったことは誰もが知っています。そして、屋敷内で兄に毒を盛れる人物も限られている。あなたが私のことを思って行動したというのは誰もが納得するでしょうし、調べればすぐに分ることです。実際行動したのはあなたですしね。私の関与を訴えても、私にはアリバイもあるし証拠も残していない。誰もあなたの言葉など信じませんよ」


 彼はいったん言葉を切ってからさらに続けた。


「さて、いいですか。私は寛大だからあなたを見逃してあげましょう。もしこのままここに居たら、あなたは夫の死を悲しんで後追いすることもあるかもしれません。そんな悲しいことが起こらないと良いのですが……ね、お義姉様」


 ここに居たら殺される。私はその日の内に娘のアニスを連れて屋敷を出た。


 たくさんいた恋人達に助けを求めたけれど、厄介事はごめんだと誰も私を助けてはくれなかった。私は仕方なく王都の実家に戻った。


 しかし、実家の両親も兄夫婦も良い顔はせず、とても居心地は悪かった。でも、邪魔者扱いされてもお金がないからどこへも行けないし生きていけない。


 普通、嫁ぎ先の夫が死ねば持参金を返してもらってそのお金で生活していくか、子供がいれば養育費だってもらえるはずなのだ。なのにラルフは私達に何も持たせず追い出した。本当にひどい人。


 私は実家を出るために新たな夫かパトロンを見つけなくてはいけなくなり、いつまでも悲しみや怒りを持続させる訳にはいかなかった。


 そう、私はあれほど望んでいた王都のパーティーへ、望んだ形とは違う理由で出席しなければいけなくなったのだ。


 そしてデニス・メルドークと再会した。


 彼は私のことをずっと気に掛けていたのだと言う。再会を喜び、そして以前と変わらず私を愛していると言ってくれた。あの時と同じ熱量で私を思ってくれているというのだ。


 なんということだろう。彼の言葉に、傷ついた私の心は癒された。そして同時にこの人を失ってはならないという思いも強くなった。


 私は彼にアニスを会わせることにした。アニスの顔は私似だが、髪色と瞳は夫に似た。ありふれた色だったがそれはこのデニスとも近い色合いだった。早産だったし、彼の子供としてもおかしくはないはずだ。


 あの子は夫に可愛がられていたし、シモン家の正当な後継者だが、ラルフがそれを許すはずはない。あの子が幸せになる為には彼が必要なのだ。そして私にも。


 私はアニスに言い聞かせた。


 デニスは非常に驚いたが、アニスを抱きしめ喜んでくれた。さらに困っていると言った私達の現状を憂い、住む家まで用意してくれた。


 彼は優しかった。私達親子に惜しみなくお金を使い、教育された使用人のいる立派なお屋敷にドレスや宝石を与えてくれた。


 デニスが侯爵ではなく、正式な夫でないことは残念だったが、それでも私は私が理想とした生活をやっと手に入れたのだ。

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