ワイルドでいこう
夢中でギターを弾いた。
久しぶりだったので、左手の指先が少し痛くなった。
【演奏家】のスキルが弾きたい曲を弾ける、といってもやはり限界がある。
俺の手は二本で、指は五本ずつしかない。
つまり弾けるギターは一本のみ。
いくらこの能力があるからといって、一人でスライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンのセプテンバーは表現しきれない。
たぶん人数の多さ的に米米CLUBも無理だ。
初恋という名曲を作った村下孝蔵が一人ベンチャーズなるものを、アコースティックギター一本でやっていた。
ギターのボディを叩いてパーカッションのような音を出しながら弦を弾いてメロディも奏でるといった、パーカッシブギターといったりスラム奏法といったりする弾き方もある。
俺の持つ【演奏家】の能力を使えばそれは難なくできた。
前世の俺に自慢したいくらい見事に弾きこなせていた。
アランさんもジャニタも一人で奏でているのかと驚いていた。
この奏法は手数が多いので、手の動きが目まぐるしく、音の種類も多様で、聴く方はいったいどうなっているのかわからなくなる。
能力があって弾けるからというものの、自分でもよくわからなくなっていることもしばしばだ。
でも、求めているものはこれじゃない。
なんて言うか、ただ速く弾くとか、手数が多いとか、そういうことじゃなくて、もっと、その、グルーヴ感がほしいのだ。
もちろん、お世話になっている二人のお願いだったらいくらでも弾く。
でも心の底では、もっとシンプルでも自然と頭が、腰が動いてしまうようなグルーヴのある曲を演奏したい。
思い出しながら何曲か弾いていると、大体つかめてきた。
ギター一本でも成り立つ曲というものが見えてきた。
言わずもがな、原曲のバンドとしての音色が一番だ。
でも、キンクスのユー・リアリー・ガット・ミーとかオール・デイ・アンド・オール・オブ・ザ・ナイトなんかは、なんとかロックっぽく弾ける。
元がシンプルなものの方が良いのかもしれない。
それとこの【演奏家】のスキルのおかげで弾き語りもかなり上手にできている。
ポール・マッカートニーや矢沢永吉、ポリスのスティングなどの特にベースボーカルは、どうやって弾きながら歌っているのだろうと理解できなかったけれど、今では複雑なアルペジオを弾きながらでも歌うことが可能だ。
ちなみにポールのいたビートルズの曲は、英語以外でカバーしてはいけないという決まりがあるとかないとか聞いたことがあったけれど、こっちの世界では関係ない。覚えていない部分の歌詞はテキトーに何も気にすることなく歌っちゃっている。
ただ、ギターはまだこの世に一本しかないので売り物ではない。
だから、みんなにお披露目する日はまだ先になりそうだ。
□◇■◆
「平治ってギターを持つと変わるわよね」
三人でテーブルを囲んでいただきますをした後に、ジャニタが言った。
今日の夕飯は魚のムニエルだ。
「そう?」
ジャニタの言っていることがいまいちわからなかった。
自分では気が付かない何かがあるのかもしれない。
「うんうん。竪琴だったり、ピアノだったり、他の楽器を弾いている時ももちろんすごいんだけど、ギターを持つと、なんて言うか、えっと、そう! ワイルドな感じがする!」
表現したい単語が見つかって嬉しそうに言うジャニタ。
でも俺自身、ワイルドだとは思ってもいない。
「いい得て妙じゃな」
アランさんが笑いながらジャニタに同調した。
ワイルドという単語は俺から遠い存在のものだと思っていた。
前世はギターを弾いていたとはいってもバンドをやっていたわけではなく、友だちにも誰にも言わず、ただ家で音源に合わせて弾いたり、弾き語りをしたりと、自己満足のためだった。
それに普段の俺は根暗で口数も少なかったから、地味平治というあだ名だった。
だからワイルドと言われてもピンとこなかった。
「そうかな?」
「そうよ。ワイルドでかっこいいわよ」
「あ、ありがとう」
かっこいいという単語も俺から遠いものだったので、少し照れた。
そのせいで地味平治が発動して、その後は黙々と夕食を食べた。
「さて、夕食も済んだことじゃ。一曲頼めるかな?」
食器を洗っているとアランさんが言った。
ジャニタもそのつもりだったようで、ギターの置いてある席の前で座ってスタンバイしていた。
「ええ、もちろん」
俺の答えを聞くとアランさんはジャニタの隣に座った。
ギターを弾けることは嬉しいことだ。
前世では一人で自己満足の世界で弾いていたけれど、誰かに聴いてもらって、反応があると嬉しい。
洗った食器の水分をふき取ると台所を離れ、今度は特設ステージに移動する。
ストラップを肩にかけ、チューニングをする。
音合わせのために弦を弾く。
これは曲でも何でもない。でもジャニタもアランさんもわくわくしているようにこちらを見ている。
その気持ちはわからなくもない。
俺も前世でライブを見に行ったとき、始まる前のチューニングで聴こえてくるただの音が、これからすごいことがおきる前兆のような気がして、わくわくしていた。
「それじゃあ、いいですか?」
チューニングを済ませると、二人に聞いた。
「「もちろん!」」
さすが親子だ、と思わせる二人の返事を聞くと、息を整えて演奏を始めた。
一九六八年、ロックというジャンルが確立してきたころ、ヘヴィメタルという言葉を初めて使った曲。
ギターのソリッドで攻撃的なリフは、押さえなきゃいけないフレットが離れているので、小指を最大限広げて演奏するため前世では苦戦した。
今はあの時が嘘のようにきれいに弾けている。贅沢を言えば、音が歪んでくれたらいいのだけれど、なんて思ったりする。
弾いてみると、ギター一本でもそれなりに曲になる。
Aメロの歌詞の部分はミュートでパワーコードを弾いて、歌詞と歌詞の間はリフ。Bメロはバッキングと、チョーキングを混ぜたアルペジオっぽいフレーズ。
サビは勢いよくコードを弾きながら歌う。
そして最後が極めつけ。脱力的かつエネルギッシュに歌い、ボーカルラインを追うように主旋律をギターで弾く。
この武骨さは、ブリティッシュにはないアメリカ産のロックだ。
「や、やはりすごいの……」
演奏を終えると、アランさんがつぶやいた。
「今日はなんて言う曲だったの?」
「ステッペンウルフのボーン・トゥ・ビー・ワイルドって曲だよ」
俺はジャニタの質問に答える。
「へー」
当然の反応だ。
バンド名のステッペンウルフなんて俺もよく意味はわからない。
ウルフはわかる。狼だ。でもステッペンって何なんのか全然わからない。
日本人が定期的に転移しているこちらの世界では、単語としてある程度の英語は共通言語となっているけれど、文法はさすがに伝わっていない。
どういう意味か分からないだろう。
「でもワイルドって言葉が入っているのね」
ジャニタもさすがにそれには気が付いたようだ。
「ああ。さっきジャニタがギターを持つとワイルドになるって言ったから」
「洒落が効いとるの」
アランさんが笑う。
それを合図としたのか、演奏会は終了となり、アランさんは楽器の調整、ジャニタはお店の整理、俺はリビングの掃除と、それぞれの役割に移った。
「ワイルドか……」
ジャニタの言葉がよみがえり、自然とつぶやいた。
地味平治ともおさらばだ。
これからは、ワイルドでいこう、と思った。