プロローグ
「悪い。俺らのパーティから抜けてくれないか」
冒険者ギルドからの帰り道、パーティのリーダーである剣士のグランから告げられた。
「え?」
俺は突然のことに他の連中を見渡したが、皆俯き加減で暗い表情をしている。
そういうことか。
これは総意ということか。
「あなたの【演奏家】っていうスキルは特別だし、唯一無二だとは思うの。でもね、やっぱり普通にヒーラーの方がパーティとしては助かるのよ」
魔術師のティーナが言った。
年下の女の子だ。言いにくい状況で一生懸命に話している。
「平治、わかってくれ」
タンクのマーズが言った。
三人が俺の返事を待っている。
「ああ、わかった」
この状況でそれ以外なんて応えればいいのだろうか。
「理解してくれてありがとう」
グランが手を差し伸べる。
俺も素直に手を出して握手をする。
他の二人とも同様に求めてきたので応じる。
「それじゃあ元気でな」
グランがそう言うと、二人を連れて歩き出した。
俺は三人を見送ると、来た道を戻った。
□◇■◆
この世界には数か月に一度、日本から勇者としてどこかしらに転移してくる。
なぜだかは知らない。そういうことになっているらしい。
この俺――桑井平治もその一人だ。
日本で死んで、女神とやらと面会したのち、この世界に送られた。
転移者は人並み外れた能力を持っていたり、他にはないスキルを所有している。
例えば、とんでもないМPを保有している者、バカ力な者、【飛行】のスキルを使える者など。
転移者が一人パーティにいるだけで、その信頼度は上がり、ランクも上がりやすくなったり、依頼も入りやすくなる。
たまに転移者だけどパーティは組まず、能力やスキルも使わず、日本での知識を活かしてレストランを開いたり、小説家になったりして成功を収めている人もいるけれど。そんなのは一握り。
だから俺も転移者という特権を活かしてパーティを組んだ。
俺のスキルは【演奏家】というもの。
奏でる音楽を聴いた者は癒されるという、他に保有者のいない唯一無二のスキルだ。
しかしこの“癒し”は、物理的な回復――いわゆる傷を塞ぐようなものではなく、さらにМPの回復とも違い、心の安定がメインとなる。
少しばかりはМPや物理的な回復も望めるが、基本的には恐怖心を拭ったり、緊張感をほぐしたりする、というのが特徴だ。
だからグランたちが普通にヒーラーの方がいいと言った意味も分からなくもない。
転移者特典の信頼度よりも、実践に向いた編成の方が断然良いに決まっている。
これからパーティを組みなおそうかと思ったが、やはり【演奏家】は実践向きではない。
それならば、カウンセリングのようなものを開業して、癒しを求める者を救う方が現実的かもしれない。
しかし、今の今までただパーティに参加して、依頼をこなし、金銭を稼ぎ、生活していた。今更開業というのも気が引ける。
特に人生設計なんて考えていなかったけれど、ある意味、突然人生の岐路に立たされたようなものだ。
「困ったなぁ」
街を歩きながら自然とつぶやきが出る。
ショーウィンドウに映った俺の顔は元気がなさそうだった。
「ん?」
その店はちょうど楽器屋だった。
俺の武器――竪琴を作ってもらった店だ。
普通の冒険者は武器屋で武器を作ってもらったり、メンテナスをしてもらうけれど、俺の場合はこの楽器屋だった。
むしろこの店に来る冒険者は俺一人だけだと言っていい。
「久しぶりに顔を出すか」
誰に向けた言葉でもなく、自分に言い聞かせるようにつぶやくと、シャックロック楽器店の扉を開いた。
□◇■◆
「いらっしゃい。って平治さんじゃない。久しぶりね」
看板娘のジャニタがよく通る声で言った。
少し沈んでいた気持ちが楽になる。
「久しぶり。ジャニタはいつも明るいね。アランさんも元気?」
「もちろん。お父さんは元気すぎて困るぐらいよ」
そう言って笑っていると、奥からアランさんが出てきた。
「おお、平治か。どうしたんじゃ? メンテナンスか?」
見せてみろと、言わんばかりに手を出して、俺の竪琴を取ろうとする。
「いやいや、今日はそうじゃないんですよ……」
俺はさっき起きたばかりの顛末を話した。
「そうだったの……」
ジャニタは同情するように言った。
しかしだからといって「それはひどい」とか「パーティの方針が間違っている」などとは言わない。
それはやはり【演奏家】よりもヒーラーの方が良いとわかっているからだろう。
わかっている分、話しやすいし、逆に心を許せる面もあるのでそれはそれでありがたいが、悲しくないこともない。
「ふんっ。どいつもこいつも、音楽の良さをわかっとらんな」
アランさんが呆れたように言う。
音楽を愛するアランさんは音楽を粗末にしたり、バカにする人を嫌う。
グランたちの対応が、アランさんにはそう見えたのだろう。
「平治のスキルは、唯一無二じゃ。弾きたいものを何でも弾ける。こんなに素晴らしいものはない」
アランさんはいつも俺の【演奏家】を褒めてくれる。
それは【演奏家】が持つ癒しの効果ではなく、奏でたいメロディを想像すると、指が的確に動きなんでも演奏できてしまうという点が、気に入っているからだ。
竪琴なんて弾いたことはおろか、持ったこともなかったけれど、この【演奏家】というスキルで奏でることが出来た。
他にも弦楽器、管楽器、なんでも弾ける。
持ち運びやすさから竪琴を選んだに過ぎない。
武器としての楽器は何でもよかったのだけれど、一般的でメンテナンスも簡単だし、吟遊詩人が竪琴をよく持っているので、俺もそれをまねた形だった。
「一曲弾いてくれないかしら?」
ジャニタがねだるように言う。
隣でアランさんも頷いている。
「わかりました」
一曲奏でる。
この国では吟遊詩人が歌う歌と、国のお抱え楽団のいわゆるオーケストラのような音楽しかない。
曲名はよく知らないけれど、とりあえずぱっと思いだした曲を弾いた。
これも【演奏家】のスキルの特徴だ。
絶対音感はもちろん、一度聴けばそのメロディは覚えられる。
つまり、さっきの奏でたいメロディを想像すると指が動くという特徴を合わせると、聴いた曲はすぐに弾くことが出来るということだ。
俺の趣味ではなかったけれど一通りこっちの世界の曲は覚えている。
「やっぱり素敵よ」
「ああ、平治の演奏は素晴らしい」
二人はいつも褒めてくれる。
「ありがとうございます」
竪琴をしまってお礼を言う。
そして挨拶をして荷物を背負い、店を出ようとした時だった。
「行く当てなんてないんじゃろ?」
アランさんが言った。
「ええ、まあ……」
恥ずかしながら、その通りだった。
宿を転々としながら冒険者としてやっていたため、寝床を持っていない。
「うちでいいなら部屋を貸そう」
「いいんですか?」
「ああ。その代わり、働いてもらうからな」
アランさんがにやりと笑って言った。
「お世話になります」
俺は頭を下げると、荷物を下ろした。
□◇■◆
「ぎたあ? なんじゃそれ?」
俺の説明に首をかしげるアランさん。
「基本的にはリュートみたいなんですけど、ボディーはこうで、そこからこんな感じでネックがあって……」
図面を書きながらアランさんに説明をする。
俺はシャックロック楽器店で、店員をしながら、店の前で演奏をして客引きなんかをしていた。
しかし楽器屋に用があるのは、大体が音楽家で、一般人は演奏を聴いても店に入ることはなかった。
そこで一般人も弾きたくなる楽器ということで、ギターを提案してみた。
実を言うと、前世は音楽が好きでギターを弾いていたのだ。
客引きをしている中で、それを思い出し、久しぶりに弾きたくなったというわけだ。
「頼みます。アランさん」
俺は頭を下げる。
「うーん……。そうじゃな……」
顎に手を当てて渋っているアランさん。
「おもしろいじゃない、お父さん。一度作ってみたら?」
そんな俺たちのやり取りを見ていたジャニスが、一押ししてくれた。
「よし、わかった。作ってみようじゃないか」
「ありがとうございます!」
元国のお抱え楽器職人のアランさんなら作れるはずだ。
こだわりが強すぎて、頑固がゆえに、追い出されたとか何とか言っていた。
国のお抱え楽器職人は良い素材を手に入れられるからそれなりに良い楽器が作れる。
街の楽器屋は需要は少なく、素材も決して良いとは言えない。
でもアランさんは素材の良さを引き出せるし、なによりも楽器を、音楽を愛している。
本当だったらエレキギターがほしいけれど、ここは剣と魔法の世界。
電気魔法はあっても、発電所もコンセントもない。
だからアコースティックギターを注文した。
それで充分。完成が楽しみだ。
□◇■◆
完成したギターは、思っているのとは違った。
しかしアランさんが「どうじゃ? すごいじゃろ?」と自慢げに言ってきたので否定できなかった。
目の前にあるギターは、ギターで間違いない。完全にギターだ。
弦も六本あるし、フレット数もあっている。
無理を言ってナイロンではなく鉄の弦も特注してもらった。
ただ想像してた普通のアコースティックギターではなくて、fホールのどっちかというと、エピフォンのカジノのようなセミアコ風なものだった。ヘフナーのバイオリンベースを彷彿としなくもない。
いや、これはこれであり。
全然良い。
むしろよくこれを作ったな、と失礼ながらも感心するほどだ。
でもなんていうか、ただ単に思っているのと違っただけだ。
オーケストラの楽器職人だったことを考えれば、一般的な丸形のホールではなくバイオリンのようなfホールを開けるという方がアランさんにとっては普通だったのだろう。
盲点だったが、まあ逆に面白いものができたと考えるようにしよう。
「実にすばらしいです」
素直に感想を伝える。
日本じゃオーダーメイドのギターなんて高すぎて買えない。
こんな職人技の詰まったギターを持てるだけ幸せだ。
「早速弾いてみてよ!」
初めて見るギターにジャニスも興奮している。
俺はギターを手に取る。
ストラップはズボンのベルトで代用した。
チューニングをしようと思ったが、ピックを作成してもらうのを忘れていた。
仕方がないのでポケットに入っていた、小銅貨を使う。
クイーンのブライアン・メイみたいだ。
六弦からEADGBEに合わせる。わかりやすくイタリア語に言い替えればミラレソシミだ。
絶対音感は便利だ。
世界は違えど、音階は一緒。
和音も不協和音も元の世界と同じように感じる。
一つずつ弦を弾いてペグを回し調整する。
うん、鳴りがいい。
やはり名職人、アランさんの腕によるものだと耳が、身体が、魂が感じる。
一通りチューニングを済ませる。
もう一度まじまじとギターを眺める。
コーティングもきれいにしてあって、木目も美しい。
「早く弾いとくれ」
アランさんが急かす。
久しぶりのギターだ。
それにこの世界初のギターの試奏と言える。
だったらあの曲しかない。
試奏で禁止されているとかいないとかいう噂のあるあの曲。
「それじゃあ……」
俺は日本でのことを思い出すように、あの有名なリフを弾いた。
たった四つのコードで構成された、四小節のフレーズを繰り返すだけ。それだけなのに気持ちがよかった。
「な、なんて曲なんじゃ……」
アランさんが聞く。
「ディープ・パープルのスモーク・オン・ザ・ウォーターという曲です」
俺の答えにきょとんとする二人。
無理もない。知らないバンドだし、知らない言葉かもしれない。
「もう一回弾いて!」
興奮するジャニスのリクエストに応える。
それから他にも弾いてくれと二人からせがまれ、何曲か弾いた。
残念ながら【演奏家】というスキルは演奏ができても歌詞は自力で覚えるしかない。あくまでも音階における記憶にのみ有効。
だから、ラララとか、ルルルで適当に歌う。実際歌詞を覚えていたところで、こっちの世界で通用するわけではない。そこらへんは雰囲気で乗り切りる。
前世では歌うことは苦手だったが、【演奏家】というスキルのおかげで音を外さずに歌うことができた。これはありがたい。
楽しくなっていろいろ弾いたけれど、キンクスなんかは、ギターのリフがわかりやすくてウケが良かった。
俺のスキルは【演奏家】だ。聴くものに癒しを与える。
しかしギターを持ちそれを弾くと、癒しよりも驚きの方が強く与えられるようだった。
□◇■◆
まるでバック・トゥ・ザ・フューチャーの主人公、マーティの気分だった。
ロックという音楽ジャンルが確立する前にタイムスリップしたマーティが、チャック・ベリーのジョニー・B・グッドを演奏し、聴く者の度肝を抜くというシーン。
この世界にはロックがない。だから同じような現象が起きている。
厳密にはスモーク・オン・ザ・ウォーターとジョニー・B・グッドでは大いに違いがある。
発売年も全然違うし、ジャンルとしてもハードロックとロックンロールで分けられる。
でもこの世界においては、そんなもの些細なものだ。
どちらにしても新しい音楽であり、ジャンル不明のニューミュージックと言える。
ここで乃木坂46を弾いたって、彼らには新鮮な音楽に聴こえるだろう。
しかしそれこそがロックだ。
音楽に任せて頭を振る。腰を動かす。気持ちを高ぶらせる。
そして、想いをぶつける。不満をぶちまける。怒りを昇華する。
ここまできたらパンクかも知れない。
いや、そんなジャンル分けはもはやナンセンスだ。
型にはまらない、自由な音楽。それがロックだ。
でもやりすぎるとプログレか?
そうやって括ろうとするのは俺の悪い癖だ。
この世界ではそんなものどうでもいいじゃないか。
アランさんにギターを作ってもらった。
そして俺の【演奏家】というスキルがある。
そしたらできることは見えてきた。
音楽で世界を変える。
歌い続ける、奏で続ける、訴え続ける。それが力になり、声になり、動きに変わる。
これしかない。
ラブ&ピース。
今俺はにできることがわかった気がした。
俺の【演奏家】というスキルの本当の使い方に気が付いた気がした。