魔法少女は不惑を笑う
長岡更紗様主催『第二回ワケアリ不惑女の新恋企画』参加作品です。
魔法少女と不惑女、何故か出会ってしまった二つのネタ。
ギャグですので、どうか優しい目でお楽しみください。
日曜の平和な公園。
ベンチに腰掛けた男が、空を見上げて溜息を吐いた。
「やっぱり俺じゃダメなのかなぁ……」
男はまもなく四十に手が掛かろうと言うのに独身。
半年前、居酒屋で一人飲みしていた時に知り合った少し年上の女性と意気投合し、頻繁に二人で飲みに行く仲になった。
今夜も飲みに行く約束がある。
しかし。
「所詮は飲み仲間止まり、だよな……」
男なりにアプローチをしているものの、反応は薄く、人生最後と思っていた恋を諦めかけていた。
「良い闇だな」
「は?」
突然かけられた言葉に、男は顔を正面に戻す。
そこには黒いマントに身を包んだ、ハロウィンなら許される服装の不審者が、不気味な笑みを浮かべていた。
「吾輩はヤミーノ一族のカルレラ・テッヤである。胸に溜まった闇よ! 我が魔力に応え、解放されるが良い!」
カルレラの手から放たれた、禍々しく黒いモヤが男を包み込み、
「う、うわあああぁぁぁ!」
二階建て民家くらいの大きさの赤提灯に、足とザリガニのハサミが生えたような怪物へと変えた。
「行け! マッカ・チョウチーン!」
真ん中にデフォルメされた顔が現れ、涙を流しながらハサミを滅茶苦茶に振り回して暴れる。
「ウオオオォォォ! ビィィィル! チュゥゥゥハァァァイ! ハイボォォォルゥゥゥ!」
「待ちなさい!」
金髪ロングヘアーの女の子と、黒髪ショートの女の子がその前に立ち塞がる。
「奈子ちゃん、行くよ!」
「うん! 行こう華弥ちゃん!」
二人の少女が胸に下げたペンダントを握り、祈るように目を閉じると、ペンダントが開く。
鏡になっている内側に姿を映すと、二人の身体は光るワンピースに包まれた。
踊るようにペンダントから放たれる光を当てると、足にブーツ、腕にドレスグローブ、腰にプリーツスカート、上半身は胸に大きなリボンをあしらった半袖のフリル付きドレスに変わる。
鏡に顔を映し、指で鏡の中の頭に触れると、髪が伸び、髪飾りが輝き、実際の頭にも髪飾りが現れる。
変身を終えた二人は手を繋ぐ。
「人の心の澱んだ闇に!」
「聖なる光で明かりを灯す!」
タン、タン、と軽快なステップを踏み、
「安らぎの影! カインド・シャドウ!」
「力ある輝き! エナジー・シャイン!」
「「二人合わせて! 魔法少女シャドウシャイン!」」
輝く光を背景に、二人はポーズを決めた。
「おのれ! また吾輩の邪魔をしに来おったなシャドウシャインめ! やってしまえマッカ・チョウチーン!」
「トリビイイイィィィ!」
マッカ・チョウチーンの攻撃を、常人離れした脚力で跳んでかわすシャドウとシャイン。
「はあっ!」
シャインの蹴りが巨大なマッカ・チョウチーンの身体をぐらつかせる。
「頑張れマッカ・チョウチーン! 負けるな! 吾輩がついておるぞ!」
「オトオオオシイイイィィィ!」
踏ん張るマッカ・チョウチーン。
「やあっ!」
その膝裏に蹴りを入れるシャドウ。
「オカワリイイイィィィ!?」
「わ! 待て! 耐えろ! マッカ・チョウチーン! 下に吾輩が、ぐえ!」
たまらず倒れたマッカ・チョウチーンの下敷きになるカルレラ。
「貴方の闇の元を見せて……! マインド・シャドウ!」
その隙にシャドウがマッカ・チョウチーンの頭に触れると、そこから飛び出す黒いモヤ。
(告白して恋人になりたい……! でもフラれたらどうしよう……! この歳で本気で恋してフラれたら立ち直れない……! でも……!)
モヤの中に男の声がぐるぐると回る。
「シャイン! 今よ!」
「任せて!」
飛び上がったシャインの手に、眩い光が集まる。
「迷いよ! 光の彼方へ! キュアリー・シャイン!」
放たれた光はモヤを吹き散らし、空へと昇り、花火のように弾けた。
「オアイソオオオォォォ……」
それと同時にマッカ・チョウチーンは断末魔と共にみるみる縮み、元の男に戻った。
空から降る光が、折れた木や壊れた公園の備品を元に戻して行く。
「あれ? 何かすっきり……。はっ! そうだ! 今日こそ彼女に好きだと伝えるぞ!」
男は元気いっぱい駆け出して行った。
「おのれまたしても! 今度はこうはいかんぞシャドウシャイン! ……痛てて、腰が……」
カルレラは捨て台詞を残すと、空中に黒い穴を生み出し、その中に消えた。
「やったね奈子ちゃん!」
「やったね華弥ちゃん!」
変身を解いた二人は、満面の笑みでハイタッチを交わした。
居酒屋「一期一会」。
カウンターで一人ビールを傾ける、歳の頃四十前後の女。
店に入って来た男が店内を見回し、女の姿を見つけると、一直線に隣の席に座る。
「お。早かったね」
「お待たせ」
「ビールでいいよね」
「うん」
「女将さん! このイケメンにビール!」
「あいよー」
おしぼりで手を拭きながら、ビールを待つ男の仕草はどことなく落ち着かない。
「お待たせしましたー」
「おー、来た来た。じゃかんぱーい!」
「うん、乾杯」
グラスがコツンと音を立てる。
「くあ〜! やっぱり乾杯するとお酒は美味いね!」
「うん、そうだね」
「何? どしたの? 何か暗いじゃーん」
「あの、さ。大事な話があって……」
その時、カウンターの端で男が立ち上がった。
顔を提灯のように真っ赤にして、隣にいる女性に愛の告白をしている。
女性は驚いた顔の後、小さく頷き、店は拍手に包まれた。
「おー、今日あたしが迷いのモヤを吹き飛ばした人じゃん。即日告白とはやるねぇ」
「華弥さんが取り持った縁だね」
「それを言うならカルレラだって」
「ちょっと……!」
「おっとそうだった。徹弥のお陰でもあるよね」
人間に擬態しているカルレラこと徹弥は、周りを見回して大きく溜息を吐いた。
「魔法少女とヤミーノ一族が仲良く酒飲んでるなんて知れたら大変なんだから」
「あたしはバレないから大丈夫。四十過ぎたおばさんと、魔法少女やってる中学生を、同一人物とは思わないからね。そのための二段階変身なんだから」
「それはそうだけど……」
「何なら中学生姿でお酒注いであげようか?」
「出禁になるよ」
慣れた様子で冗談をいなし、徹弥はビールグラスを傾ける。
「それにしても、もう二年か」
「早いねー。あたしがあの時三十九か」
「……怖かったよね」
「やさぐれてたからねー」
二人は出会いの日を思い出す。
『吾輩はヤミーノ一族のカルレラ・テッヤである。人間よ! 心に秘めた闇の力を』
『サンライト・ノヴァ』
『うわぁ!』
咄嗟に避けたカルレラのいた場所は、感光したフィルムのように真っ黒になった。
『あ、あああ危ないではないか! 初登場の、しかも口上の途中で必殺技攻撃とは何事か!』
『うるさい。レイ・レイン』
『ぎゃあああぁぁぁ!?』
華弥の周りに十数個の光の球が浮かび上がり、矢継ぎ早に光線を放つ。
カルレラは必死に避け、建物の陰に飛び込む。
『……お前みたいなのが際限なく湧くから、あたしはいつまで経っても光の魔法少女を辞められない……。お前達さえいなければ……!』
『怖い怖い怖い! 本当に貴様光の魔法少女であるか!? 闇の間違いではないのか!? 転職を勧めるのである!』
『……鬱な魔法少女ものアニメが流行ったせいで、希望者は激減……。後輩が育たないから辞めたくても辞められない……。あたしは来年四十だってのにさ……』
『ひどいな魔法少女業界!』
怨嗟の声と共に、光の球がその数を倍にする。
激しさを増す攻撃の中、カルレラは必死に叫ぶ。
『だ、だが吾輩を倒しても何も変わらんぞ! 新たなヤミーノ一族がやってくるだけなのである!』
『関係ない。皆殺しにするだけ……!』
『殺意が止まる所を知らぬな! それではお互いに利がなかろう!』
『貴方を素材にした前衛芸術でも送り付ければ、少しは馬鹿な考えも改まって、お互いの利益になるかしら?』
『発想に狂気を感じるのである! とにかく話だけでも聞くのである! 何も吾輩達は貴様らを侵略する意思はないのであるぞ!』
雨のように降り注いでいた光線が止む。
『……? 攻撃が、止まった?』
『そこから出てきて。話を聞くわ』
『……顔出した瞬間にヘッドショットとか止めるであるぞ?』
『五、四、三、二……』
『わー! わー! 今出る! 出るのである!』
はいずるように出てきたカルレラを、光の球が取り囲む。
『で、話って?』
『や、ヤミーノ一族は、人間の心の中に押し込めた負の感情を、人間で言う電気のようなエネルギーにしておる! 故に派手に攻撃をして、怒りや恐怖を蔓延させ、それを収穫するつもりであった!』
『それが?』
操る光の球に輝きを奪われたような昏い目に、射すくめられるカルレラ。
『だ、だが、今の世の中、鬱屈した感情は至る所にある! それを集められれば吾輩達も無駄な戦いはしなくて良いのである!』
『私に利がない』
光の球が輝きを増す。
『だ、だからプロレスをやるのである!』
『……は?』
初めて華弥の顔から険が薄れた。
ここぞとばかりにカルレラは話を続ける。
『つまり吾輩と決着の決まった戦いをするのである! 派手に、コミカルに、そして正義が最後に勝つ、台本のある勝負を! そうすれば……』
『魔法少女のイメージが変わって、希望者が増え、あたしが解放される、と?』
『そ、その通りである! 吾輩は闇の感情エネルギーの一部を使って、派手だが弱い怪物を作り、残りをヤミーノ一族に送れば仕事は果たせる!』
『……』
『そ、それに人間は闇の感情を解き放てば、心スッキリ! 前向きになれるのである! 良い事ずくめであろう!?』
『……』
『ど、どうであるか……?』
しばしの沈黙。そして光の球が消えた。
『分かった。話に乗るわ』
『おぉ! では』
『ただし、裏切る素振りでも見せたら、まず両手。次に両足。抵抗も逃亡もできなくなったら、そこからはゆっくり1センチずつ……』
『怖いのである! そう言う所から変えていくのである!』
「それで一年後、魔法少女の人気は回復。奈子ちゃんが加入して、もうすぐもう一人魔法少女が回してもらえるみたい。ようやく私も辞められそうだわ。あ、ビールおかわり!」
「そ、それは良かった……。辞めたらどうするつもり?」
「うーん……」
徹弥の問いに、華弥は紅鮭をつまみ、しばし考える。
「んー。分かんないな。ただ国とかと交渉して報酬は得られるようにしたお陰で、一生食うには困らないくらいの蓄えはあるから、気ままに旅でもしようかな」
「そ、そうなんだ……」
「もうちょっと徹弥とプロレスするのも悪くないけどね」
「!」
「あ、ビール来た」
徹弥はしばらく考え込み、ビールを一気に開ける。
「華弥さん!」
「な、何!?」
ずいっと華弥に迫る徹弥は、擬態を解きカルレラの姿に戻る。
「僕、いや吾輩は今回の功績で、本国で昇進する事になったのである!」
「えっ!? あ、そ、そうなんだ……。お、おめでとう。寂しく、なるね……。あ、じゃあ引き継ぎちゃんとしておかないと……」
「そ、それも大事ではあるが、吾輩は!」
「な、何何何!?」
戸惑い、腰が引けている華弥の手を握るカルレラ。
予想外の行動に、華弥は完全に固まる。
「貴女を妻に迎えたいのである!」
「は、えっ!?」
「共に我が国に来て、共に暮らしてほしいのである!」
「ば、馬鹿言ってるんじゃないわよ! あ、あたしは四十一なのよ!?」
「吾輩、百と四十二歳である」
「え、あ、そ、そうなの!?」
「この二年、共に戦い、支え合ってきた華弥と、ここで別れたくないのである! 結婚してくれ! 千波華弥!」
顔を伏せる華弥。沈黙が店全体を包み込む。
「……あーあ。四十が不惑だなんて誰が言ったのよ。ちゃんちゃらおかしいわ。惑いまくりだっつーの」
「か、華弥……?」
「でも人生折り返し! 惑ってる時間もそうないもんね。よし! 決めた!」
顔を上げた華弥の表情には、照れと、恥ずかしさと、そして未来への希望が溢れていた。
「残りの人生、あんたに預けた! 捨てたら、許さないからね!」
「! そ、それはOKという事であるか!?」
「捨てたり浮気したりした時は、男の象徴を5ミリ単位で輪切りにして」
「せっかくの雰囲気を台無しにするのは止めるである!」
途端にわっと盛り上がる店内。
「ヒュー! いーぞにーちゃん!」
「素敵! お幸せに!」
「よーし、今夜は私秘蔵のお酒、振舞っちゃうわよ!」
「よっ! 女将最高ー!」
「一期一会」の女将と客達は、詳しい事情は分からないまま何となくのノリで、今宵生まれた二組のカップルを盛大に祝福するのであった……。
読了ありがとうございます。
魔法少女と敵が、裏で協力関係にあったら、という思い付きから考えたお話でした。
元は敵側が脅されてマッチポンプをさせられている話でしたが、『ワケアリ不惑女の新恋企画』に絡めた結果、こんな事になりました。
恋ならば仕方ない。
ちなみに今回の登場人物の名前ですが、
千波華弥=やけっぱちの逆読みに当て字。
カルレラ・テッヤ=やってられるかの逆読み
真友奈子=まともな子
マッカ・チョウチーン=赤提灯とザリガニの異称マッカチンから
投げやりだなぁ……。
それではまた次回作でお会いしましょう。