プロローグ(2)
事の発端は、つい一週間前にさかのぼる。
エルニーニョ現象で夏が熱くなると報じられ、実際、連日のように猛暑日を記録していた。あの日も、暑かったと思う。
昨日の夜セットした目覚まし時計を鳴る15分前に澄玲は止めた。そして、寝苦しさを感じて目を開けた。
カーテンからは、隙間から一筋の光が差し込んで、朝が来たんだと、認識して伸びをして大あくびをこいた。
澄玲は、会社に行くためにスーツに着替え、メイクをして、髪を緩く巻いた。
実家暮らしなため、澄玲がリビングに行けば、母の桜が、食卓に朝ご飯を用意して座って食べてから出勤する。
社会人になってから休日以外こんな生活だ。
「澄玲、行ってらっしゃい、お父さんも」
桜は玄関で、父の彰にさりげなく靴ベラを渡し、靴ベラと引き換えに皮のカバンを渡した。
「「行ってきます」」
そう告げ、彰と澄玲は駅まで二人で歩く。これがいつもの朝だ。
父はふと、澄玲の名前を呼んだ。
「何?どうかした」
「いや、なんでもない……」
言いかけてやめた先に続く言葉を澄玲は知っていた。いつ結婚するんだ?多分これだ。それは、三十歳手前の澄玲が男っ気もなくそしておしゃれもしないそれを心配しているんだ。でも、ごめん。
その一言しか言えない。
「お父さん、遅れるよ!」
私は腕につけた時計を眺めてそう答えると慌ててホームまで行く父の背中を眺めながら、ごめんね。と、声にならない声で言った。
この記憶が最後だった。
そのあと倒れたのか事故にあったのか何もわからないが、不思議といつものように目が覚めると澄玲は知らない家の知らないベッドで目が覚めて容姿も澄玲ではなかった。
そして、柏木澄玲から、鈴木すみれになっていた。
くしくも、桜と彰の同級生だった。