崩壊の兆し(1)
唐突な話だけど、私は時間と空間を操ることができる。多分、『中三病』とか言われている例の症候群が原因だと思う。
発症したのは中学三年の頃。あの事件の直後だ。
この前調べたんだけど、私が巻き戻せる時間の限界は三日。
まだまだ遠く及ばないけど、頑張れば、いつか二年前くらいまで遡ることができるようになるのかな……。
ちなみに、未来ならば三年先までならいける。
何度も未来に行っているのだけど、不可解なことが起こっている。
過去にも未来にも、私の人生に携わる人物の中に、彼は一度も出てこなかった。
でも、今目の前で私に手を差し伸べてくれている人物は、紛れもなく彼だ。
ーーわからない。私の時間軸や空間軸に何が起こっているのか。
だからといって、ここに立ち止まっているわけにはいかない。
私は、いろいろなメリットが生じると判断したから、彼の手を握った。
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朝のニュースで、気象台のお偉いさんが梅雨入りを発表していた。無駄に意識をしているからか、ジメッとしたあの気持ち悪い空気が肌に触れているのが気になる。そろそろ雨が降りそうだ。
だからこそ、今日は絶好の魔法日和だ。結構な人がすでに帰っているか、部活に励んでいるか。講義室に残っている人は、ほとんどいないだろう。
そう踏んだオレは、講義室棟の陰で、瞬間転移魔法を完成させようと努力していた。
魔法陣を展開して、必要な三つのプロセスをクリアする。
「今日こそいける!」
前回はお邪魔が入ってしまったが、今回はいけるだろう。
ーーあれ、これってフラグ立てたことになるのか?
まあ、いい。問題ないと、オレの直感が告げている。
「よし、いくぞ!瞬間転移魔ーー」
「何してるの?」
「ひょい!?」
ひょっこりと時川さんが現れた。フラグ回収してしまった。驚いて噛んでしまったせいで魔法陣が薄くなっていく。
もうあんなこと言わないと心に決めた。オレが言ったフラグは全て回収されてしまうらしいからな。
「ああ、し、しまった!」
『やってしまった』と魔法陣が『しまった』をかけてみました。
ーーはい、お後がよろしいようで。
「……ごめん。なんか、二回連続で邪魔しちゃって」
「まあ、気にするな。いつでもできる……はずだから」
「ところで、藤倉君ってやっぱり、中三びょーー」
「はてさて、私は存じ上げませんな〜。なんざんしょうか、その中三病とやらは〜……って誤魔化せないよな……。お前、魔法陣を見てしまったもんな」
「その、なんか…ごめん」
「気にすんな。他言しないって約束できるなら教えてやる」
「私、こう見えて友達がいないから」
「そりゃ安心できる」
時川さんは別にブサイクなわけではない。恥ずかしい話だが、オレのストライクゾーンにドンピシャで当たっている。決してオレの好みが変わっているのではない。多分、誰が見ても可愛いと思うはずだ。
だから、友達がいないのは意外だった。
『時川さんがどうしたんだ?まさかお前、告白すんのか?』
『違う違う。あいつが『中三病』かもしれないって話だ』
『……嘘だろ?』
この前の祐斗との会話がフラッシュバックした。オレ、最近フラッシュバックし過ぎてないか?
一瞬だが、症候群を予想したーーが、それはないと思い、振り払うように首を横に振る。
記憶改変までできてしまうのなら、それこそ人類滅亡の前兆だ。あり得ないだろう。
* * *
オレらは例のショッピングモールにある喫茶店に入った。
もし聞き耳を立てている人がいたら厄介なことになるから、ここで話すことにした。ここで盗み聞きしていたらすぐ気がつくだろうというのもある。
そういえば、時川さんと席が隣だから、それなりに話す機会はあったが、こうやってじっくり話すのは初めてかもしれない。
オレは改めて時川さんを見る。やはり真っ先に目につくのはライトブラウンの髪だ。彼女の性格の明るさを象徴するような髪だと思った。顔立ちも整っていて、決して飾っていない(オレがそう思っただけ)笑顔や仕草はまるで天使。おまけに、出るところは出てて引っ込むところは引っ込んでる。
まさしく我々のような、目立たないスクールカースト最下位の人間とは正反対を行く、カーストトップに君臨する女子。
まあ、要するに可愛いのだ。だから、友達がいないのは疑問に思えてくる。不思議だ。
店の喧騒に飲み込まれていたところに、注文していたコーヒーが届き、意識がこちらに戻ってきた。
さて、そろそろ本題に入らないと。
「それで、時川さんーー」
「陽奈でいいよ。同級生だし」
「ん、んじゃあ…ひ、陽奈?」
「うん、上出来」
クソっ、言ってしまった。女子は苗字で呼ぶというオレの(どうでもいい)信念が曲がってしまった。
「っと、これ以上話を脱線させないようにしないと!んで、本題なんだが」
「君、中三病なんだよね?」
「っ!?オレまだ何も話してないよね!?」
危うく鼻からコーヒーを出すところだった。女子の前でそんなことは死んでもできないし、したくもない。
「だって、この世に魔法が存在しないはずなのに、使えているってことは中三病以外ありえないよね?」
「ごもっともです」
もう、本題も何もあったもんじゃない。暴かれてしまったのならば何も話すことは……
ーーある。ありました。
「オレも質問していいか?」
「なんでもどうぞ」
オレはここで「『なんでも』って言ったね?」と聞くほど汚い性格はしていない。
ーーこれから聞く質問はブラックなわけですが。
「なんで友達いないんだ?」
聞いた瞬間、彼女は少々驚いた顔をしたが、すぐ落ち着きを見せて、言った。
「私、魔法に憧れているの」
「……え?」
オレら中三病が使っている魔法が羨ましい?全く理解できない話だった。
「お前、正気か?」
オレがそう言えば、彼女は立ち上がった。
嫌な予感がした。
「ーーまさかとは思うが、弟子入りをお願いするわけじゃない…よな?」
「お!よくわかったね。そういうこと」
「ああ、なんだ、よかっ……なんですと!?」
オレ、フラグ回収しすぎだろ。何個回収すれば気がすむんだろうか。
「い、いや、でもさ……ほら、もしかしたら、いつか魔法が使えるようになるかもしれないよ?」
「いつかじゃダメなの。あと…一ヶ月くらい……」
「一ヶ月か……。なら、他を当たった方が早いと思うぞ。では!」
オレは勢いよく椅子から立ち上がり、その場から走り出そうとする。
「ちょっと待ってぇ!君しか頼める人がいないの!」
ーーが、すぐに手首を掴まれる。逃げ場なし。どうやら引き受けた方が良さそうだ。
「わかったよ。二週間でやってやる。だから、放課後は空けとけよ」
そんな返事して、とりあえず弟子となる陽奈に手を差し伸べた。このとき彼女は、まるで欲しいおもちゃを与えられて喜ぶ子供のような、屈託のない笑みを浮かべ、オレの手を握った。