束の間の日常(3)
翌日、オレは朝から図書室で調べ物に勤しんでいた。無駄に広いため、お目当てのものを探すのには相当時間がかかった。おかげで始業五分前になってしまった。
ここで読めなくなったから借りようと思ったのだが、貸し出し禁止の本だった。
仕方なく諦めて、昼休みにもう一度来ることにした。
特別教室棟と講義室棟をつなぐ渡り廊下で、偶然にも知り合いが視界に入った。
「船水じゃないか。久しぶりだな」
「……うん」
船水愛理。オレの数少ない中三病理解者の一人だ。
「あれ、珍しく講義なのか?」
「……うん。そういうあなたも、珍しく講義なのね」
「理数科は医学科よりも講義が多いから、レアでは……?」
あれ、何かがおかしい。強烈なデジャヴを感じる。
ーーいや、果たしてこれをデジャヴだと片付けてもいいのだろうか?
まさかとは思うが……。
「船水。確認していいか?」
「……なに?」
「この会話、二回目か?」
正直、ループしているとしか考えられない。これで「一回目」だと答えられたらビンゴ。詰みの状態だ。
ああ、カレンダーを確認すればよかった。ここでスマホが使えたらすぐに日付が確認できるのだが、あいにくバッテリー切れだ。
さて、答えやいかに。
「……二回目だよ。ループしているんじゃないかって不安にさせるために、同じ言葉を使った」
……。
…………。
「………び」
「……び?」
「ビビらせるんじゃねぇよ!とてつもなく不安になったよ!アドレナリンめちゃくちゃ出てきたよ!」
「……ストレスが溜まったり、怒った時に出るのはノルアドレナリンだよ」
「へぇ〜、そうなのかぁ!さっすが医学科!じゃねぇよ!」
「ためにならなかった?」
「いや、ためになったよ!オレの知識を増やしてくれてありがと!いや、そうじゃなくてーー」
なんてオレがキレ芸を披露していたら、船水は突然トーンを落として話した。
「……ごめん、最近話してなかったから、サプライズしたくなった。中三病のことで大変だというのに」
「なんだ、そんなことかよ。ごめんな、ノルアドレナリン出し過ぎてた。話したいならいつでもメールなり電話なりしろ。極力返事するから」
「……うん、ありがとう」
さて、問題も解決したことだし、そろそろ始業の時間だ。
「……あとね」
「なんだ?」
「始業まで、あと15秒」
「だにぃ!?」
講義室まで、あと70メートルくらい。ダッシュで10秒程度。ギリギリいける!
「……廊下は、走らない」
「言ってる場合か!お前も走れ!」
「……私、50メートル、9秒28だった」
「嘘だろ!?」
「……あ」
「今度はなんだ?」
「あと、5秒」
「言ってる場合か!」
結局、始業から20秒遅れたが、先生が休みのため自習だった。無駄に体力を使ってしまった。
「未来予知能力とか使えればいいんだけどな」と思うが、残念ながらオレの魔法は時間に干渉するタイプは使えない。首を長くして、使える日を待つほかないのだ。
何かがおかしい。昼休み、図書室に向かいながら考えていた。
昨日の記憶はしっかりとある。だが、朝は記憶があったのかどうか覚えていない。
もしあったならば、船水とすれ違ったときに「久しぶり」なんて言葉を使うだろうか。今のオレなら「おっす」とか、そんな感じの言葉を選ぶ。
だが、ないと仮定したら、なぜ二回目だと気がついたのだろうか。
実に不思議だ。
でも、なぜだろう。もっと、根本的なところにモヤモヤがある……。
まあ、いい。いつか解決するーー
「藤倉君、ちょっといいかね?」
「はい、なんでしょうか」
後ろから声がしたので振り返れば、四十歳ほどの男性ーー理事長が立っていた。
「ご無沙汰しております、理事長」
「別にかしこまる必要はないと言っているだろう」
「いえ、流石にそのような真似はできません。恩もある訳ですし」
入試の面接で、オレは面接官に自分の異能力のことを伝えた。言ったら絶対に落ちるだろうと思っていたのだが、なぜか言ってしまった。
そしたら、面接が終わったあと、理事長室へ向かうように言われた。
行ってみたら理事長からこう言われたのだ。
「異能力を持っているのであれば、是非とも我が校に入学していただきたい」
とても真面目そうな人だというのが第一印象だった。芯がしっかりとしているベテランのように見えた。
でも、この時は、自分の能力がひたすらに怖かった時期だから、警戒心がむき出しだった。
それが顔に出ていたのか、続けてこんなことを言った。
「心配はいらない。この学園には、君と同じ症候群持ちの生徒が何人かいる。私は、その子らをしっかりと守る義務がある」
それでも信用しきれなかったオレは、魔法を使って真実を吐かせようとしたのだが、その前に理事長が名刺を見せてくれた。
「申し遅れた。私は、この学園の理事長、兼、正当魔術推進委員会会長の南谷春樹だ」
聞いたことがあった。中三病患者を拉致し、不正に研究を行う機関を取り締まる委員会があると。
そこの委員会の名前と完全一致していた。
これが決め手となり、オレは入学を決意した。
回想が長くなってしまったが、過去にこういうことがあった。だから、オレは理事長を敬う。そうしなければならないと思うのだ。
さて、本題に戻ろう。
「ところで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「そうだった。まずは理事長室に来てくれ。話はそれからだ」
どうやら、オレが図書室へ行けるのはもうちょっと後になるらしい。
理事長室に入って第一声がこれだった。
「臨時の魔術教室を開くぞ」
「マジ…ですか……」
言葉を選んでいられなかった。
臨時の魔術教室が開かれるということは、そろそろ過激派が動き出すということだ。
* * *
学校から帰り、リビングで黄昏ていたのを祐斗に見つかった。
「はぁ……」
「どうしたんだ?ため息なんか、らしくないぜ」
「魔術教室や……過激派が攻めてくるんや……憂鬱なんや……」
「お前にはエリサがいるから問題ないだろ」
「まあ、ぶっちゃけそうなんだが」
「ところで、前から疑問だったんだけどさ、魔術教室って何やるの?」
「過激派の攻撃を防ぐために防御魔法を極める」
過激派は、大体の人が銃を使って攻撃してくる。そのため、耐久力が強く、持続時間が長い魔法を手に入れなければならない。
「んで、それがいつあるんだ?」
「明日だ」
「ってことは……」
「流暢に構えている時間はないってことか」
「宣戦布告されたらしいぜ。一週間後に、患者を殺しに行くってな」
「うわ、怖い……」
過激派は、「魔法なんて社会の害でしかないから、その能力を持つものは全員殺す」とかいう物騒な集団だ。能力を持つ者は何歳であっても関係がない。だから、どこかでこの学校に中三病患者がいると聞きつけて宣戦布告したのだろう。
なぜかはわからないが、奴らは宣戦布告をした日時丁度に攻撃を仕掛けてくるらしい。そこだけは律儀に守る。
本当に不可解な集団だ。
「だったら、十分に休め。魔力不足で倒れるぞ」
「ああ、そうだな。夕飯できたら教えてくれ。オレはそれまで寝てる」
「おうよ」
部屋のベッドに横たわり、とりあえずエリサを呼ぶことにした。
「エリサ、起きてるか」
「起きてるぜ相棒」
すぐ横にエリサがいた。
オレのそばに最初からいたように錯覚してしまうが、オレが瞬きをしたコンマ数秒の間に、こいつはオレの心から実態を伴って移動している。
「だから瞬間移動はやめろ。心臓に悪い」
「アドレナリンが大量放出されるからか?」
「ああ、そうだな」
お互いにクスッと笑う。口調こそアレだが、こいつは普通に笑ってれば本当に可愛い。
が、余韻に浸ることなく話を展開させる。
「過激派が一週間後に攻めてくるって言われたが、どう思う?」
「絶対に明日あたり来ると思うぜ。私の心がそう言ってる」
「なんじゃそりゃ」
「来ないにしても警戒はするんだぞ」
「わかっているさ。……もう、あんなのは経験したくないからな」
「そうか。んじゃ、ゆっくり休め」
一瞬の隙に心に戻ったらしい。
落ち着いたところで、布団をかぶって眠りについた。寝る前に、かつて味わった地獄が頭をよぎったが、すぐに緊張の糸は切れた。