束の間の日常(2)
前述のように、この学園都市は小さな都市を形成している。だから、大抵のものは大移動をすることなく用を済ますことができる。寮の近くにあるショッピングモールなんかも、アパレルもあれば、カラオケ、映画、ゲームセンターなど、娯楽施設も充実している。レストラン街の様に、飲食店も並んでいるから、外食にも困らない。
しかし、オレらにはそんな豪華な料理を堪能できるほど金はない。ステーキ屋に入っていく人たちを横目に、そことは別のフロアのフードコート内にある牛丼屋に行く。
「オレらもいつか来ような」
「頑張ってバイトするわ」
休日のフードコートはいつもごった返しているのだが、平日の夜は流石に人が少なかった。
安定のシンプルな牛丼(並)を注文して、店のすぐ近くにあったテーブルを陣取る。
お互い半分くらい完食した頃、周りを見渡して人がいないことを確認した祐斗は、開口一番、声を潜めてこう言った。
「なあ啓太。お前、時川陽奈って知ってるか?」
「知らんわけないだろ。今は席が隣だ」
今日、オレの魔法が時川さんに見られそうになった出来事はとりあえず伏せておく。
「おぉ、だったら話が早い」
「時川さんがどうしたんだ?まさかお前、告白すんのか?」
「違う違う。あいつが『中三病』かもしれないって話だ」
「……嘘だろ?」
自然と箸を丼の上に置いてしまった。
「あくまで噂だからな。俺の女子友達が話していたのが聞こえた」
焦ったオレだが、ふと数時間前の出来事を思い出す。
確かあの人は、完全に異能力を信じていない感じがした。
『……いつから見てた?』
『うーんと、手をかざし始めたくらいからかな?』
『……光、見えた?』
『ううん。光がどうかした?』
『そうか。いや、見えてないならいいんだ』
あの時の会話だ。このとき、あの人は確実に疑問を呈した目をしていた。よって、あの人が中三病である可能性は皆無だろう。
しかし、この出来事を伏せて祐斗と話しているオレはそんなことが言えるわけもなく、ただ、微妙な返事しかできなかった。
「その噂、所詮は噂に過ぎないと思うぞ」
「だよな。それに、もしこの噂が正しかったのならば、今頃メディアが黙っちゃいないよな」
そう、多分、噂だ。そうであってほしい。オレのことだけで手一杯なのに、これ以上厄介ごとを増やさないでほしい。
「まあ、どうであれ、今は金を稼ぐことに尽力しなけりゃ、何も変わらないんだがな」
「違いない」
牛丼を食べ、ゲーセンで一回だけレースゲームをしてから帰った。
その百円が勿体無いと言わない。趣味と飯は別腹だ。
* * *
翌日、オレは朝から図書室で調べ物に勤しんでいた。無駄に広いため、お目当てのものを探すのには相当時間がかかった。おかげで始業五分前になってしまった。
ここで読めなくなったから借りようと思ったのだが、貸し出し禁止の本だった。
仕方なく諦めて、昼休みにもう一度来ることにした。
特別教室棟と講義室棟をつなぐ渡り廊下で、偶然にも知り合いが視界に入った。
「船水じゃないか。久しぶりだな」
「……うん」
船水愛理。オレの数少ない中三病理解者の一人だ。
「あれ、珍しく講義なのか?」
「……うん。そういうあなたも、珍しく講義なのね」
「理数科は医学科よりも講義が多いから、レアではないぞ」
説明しよう。この高校はとてつもなく大きい。建物的にも、人の数的にも。
なにせ、五つも学科があるのだ。その中で、さらにコースに分類されるのだが、それを含めれば八つもある。
船水は医学科の医学総合コース、オレは理数科の理数研究コース。一応言っておくと、祐斗は工業科の工業総合コースだ。
生徒数や学科が多いから、あの机が40個くらい並べてある、メジャーな教室は存在しない。代わりに長机がいくつかおいてある講義室が設置されている。普通に授業をする場合は、ほとんどがここで行われる。
しかし、医学科や理数科、工業科など、特殊授業が多い学科は特別教室で行うことが多い。
特に医学科は、ほとんどが特別教室で授業のため、どうしても講義室にいるのがレアに思えてくるのだ。
さて、説明は以上。
そんなこんなで無言になってしまった。話のネタを頑張って探して視線を泳がせていたら、ふと目に留まったものがあった。
「なあ、今まであんなところに防犯カメラなんてあったか?」
「学校側が新しく取り付けたんじゃない?」
生徒数が多くなると、ごく稀に犯罪を犯す不良が出てくる場合があるのだ。そうなっても、この広い校舎で先生が見回りするのも大変で、気がつかないこともあったらしい。
その対策で、学校の至る所にカメラが取り付けられている。
いじめ啓発にも役立っていて、ここ最近、校内でいじめの話を聞いたことがない。
そんなカメラだが、取り付けられているカメラは全て、広範囲を見渡せる円形のものなのだが、今目の前にあるものは、よく見かける四角いものだった。
誰が取り付けたのだろうか。まさか、どこかの犯罪組織か、はたまた……。
「考えすぎか」
まだ、判断材料が少ないので、どうすることもできない。
ちょっとしたモヤを残しながらその場を後にした。
* * *
今日の授業を淡々とこなし、帰宅部のオレは今日も帰宅に勤しむ。
なんてカッコよくなるように言ってみたが、どう足掻いてもダサい。
一番乗りで自分の部屋に戻り、部屋着に着替え、リビングに行く。先客はいなかった。
ソファに座ってテレビをつけたら、ニュース番組が放送されていた。中三病の原因について、キャスターとコメンテーターが熱い議論をかましていた。
「そんなことしても無駄なのにな」
「全く、その通りだぜ」
「だよな……え?」
独り言のつもりだったのだが、しっかりと返事が返ってきた。横を見れば、いつの間にか少女ーーいや、精霊がそこにいた。
「お前、いつの間にオレの体から抜け出す技を習得したんだ」
「甘いぜ相棒。精霊はな、どんどん進化していくもんなんだぜ」
「オレとしたことが……不覚だった」
この精霊の名はエリサ。マナ=スピーリトゥスだ。
実のところ、マナ=スピーリトゥスこそが中三病を引き起こしている存在なのだ。こいつらが魔力を所持している。
オレも、最初はびっくりした。精霊なんか呼ばれているこいつらは、九割以上がうじ虫みたいな寄生虫の姿をしているのだ。
異能力を引き出す原因となったあの注射で注入されたのが、この寄生虫なのである。
それが、理由は不明だが、オレのやつだけ立派な人間みたいな形になってしまった。
正直、嬉しい。体の中にうじ虫みたいなヤツがいると想像するよりも全然いい。しかも、頼りになりそうな勇ましい感じの少女だ。
最初は理解不能な言語を話したいたのだが、ものの数分で日本語を習得してしまった。さらに、オレのことを相棒と呼んでいる。終いには、オレの体内に魔力を残したまま人間の姿で外に出てくることまでやってのけた。
これを最強と呼ばずしてなんと呼ぶのだ。
「まあ、いい。ところでエリサ。お前も、あの防犯カメラ、気にならないか?」
「奇遇だな。私も気になっていたところだ」
「やっぱりか。なら、アレを取り付けたのは、過激派か?」
「多分そいつらで違いないぜ」
「お取り込み中、失礼しまーす」
「「っ!?」」
祐斗が帰宅した。制服姿でカバンを背負ったままリビングに入ってきた。
「おいエリサ。今の話聞かれたらマズイだろ!なぜ気配を感じられなかった!?」
「アイツ、気配を消して入ってきたんだぜ!?魔術を発動しているわけじゃないから無理だ!」
「お二人さん、相変わらず中がよろしいな」
前に祐斗にはエリサの存在を教えてあるし、何度か会っているから、この二人は友達くらいの認識なのだろう。オレとしてはとてもやりやすい。
そして、一波乱起こしてから部屋に戻って行った。
「まあ、とにかくだ。エリサ、覚悟はいいか?」
「私はいつでもいいぜ」
「なら、いつ過激派が攻めてきてもいいように準備しておけ」
「OKだ相棒!どこまでもついていくぜ!」
オレらは密かに契約を交わした。