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神話を歩む旅の果て  作者: 粒燕
第一章 感染都市ヴァリエル
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第九話 化物

******


 案内された先には家があった。それこそバレルが俺に案内した所よりもはるかにしっかりした建物に見える。しかし、その色に統一感は無い。その理由は近づいて見るとすぐに理解した。

 家には何度も改修をした跡があった。ここまでの形になるまでかなり手をいれたのが伝わった。


 「結構立派な家に住んでるんだな」


 「まぁね」


 そう彼女が言った瞬間、家の扉が開き、洪水のように子どもが飛び出す。そして、子供たちは思い思いの言葉を口にした。


 「おかえり、アイラ」


 「お腹空いたよぉ」


 「あれ、アイラが男を連れてきてる」


 「もしかしてそうなのかな?」


 「外の人なのかな?」


 「えっ、アイラが男の人と一緒だ」 


「見た事のない人間だね」


 「でも本当に男? 女みたいな顔をしてる」


 「本当だ、女みたいだ」


 後半部分は聞かなかったことにしよう。それと彼女の名前はアイラというらしい。それよりも檻の中にこんなに子どもがいたのも驚きだ。


 「お前が産んだのか?」


 「次そんな冗談を言ったらぶっ飛ばすわよ」


 「わ、わりぃ」


 顔がマジな顔をしていた。今度からこういう冗談を言う時は気を付けよう。


 「それよりもご飯を作るのが先決よ。ちょっと男手も欲しいから手伝って」


 「お、おう」


 ******


 案内された台所は家の外、先ほど見た家の裏側にあった。手作りらしい粗さはあったがそれでも生活感の溢れた、温かいと感じる場所だった。そう言った風に見とれていると、アイラはてきぱきと料理の準備を始めていた。

 それからしばらく手伝い、スープをかき混ぜているとアイラは突然口を開ける。

 

 「あの子たち、どうしてここにいると思う?」


 どうやら子ども達の話題らしい。確かに最初に見た時はその人数に驚いた。それこそここは本来ならば人が簡単に立ち入る事は出来ない檻の内部だ。人がいたというのも驚きだが、あれほど幼い子どもが、それもたくさんいることはより一層驚いた。


 「そりゃ、ここに元々住んでた人間の生き残り、とかじゃ……ないよな」


 そもそも檻内部の人間が逃げて今の国がある。ほとんど完全に隔離されたこの檻の内部、しかもあの化物がウロウロとしているこの環境で生き残るのはあまり現実的ではない。


 「それもあるかもしれない。でも一番の要因は捨てられたって事」


 「捨てられた? でもどうやって……」


 そこまで言って俺は思い出す。そもそもここに入る時、どうやって来たかを。


 「多分察したんだと思うけど、そう。壁に開けられたいくつかの穴、あそこをくぐって親はここに子どもを捨てたの」


 「でもどうして……」


 「それはあの子たちの年齢で分かると思う」


 そう言われ先ほど見た子ども達の容姿を思い出す。大体十歳前後くらいだろうか。と言う事は……。


 「もしかして、『大清掃』の時の……」


 「そう、その時の犠牲者の子どもだよ。あの子たちの世代は」


 「でもあの時元老院はそれに対しての活動をしていた筈じゃあ……」


 「そうなの? そこまでは知らないけどそれでもあの子たちはその時の犠牲者には変わりない。私たちよりも上の世代がそれを確認してるから。まぁ、私たちを含むここに住んでいる人間はほとんどそういう事情でここで捨てられた人間って事よ」


 確かに、それは仕方がない理由はある。『大清掃』含む今までのヴィルス討伐に関わっていた人間の全てが男中心だ。それはこの国の文化が関係している。

 この国はいわゆる男性中心社会だ。男が働き、女が家事をする。そういった性別による役割分担がはっきりしていた。度々それは問題になっており、元老院を中心とした政治の場で様々な意見が出ているらしいがそう簡単に変わっていくものではない。それでも最近は社会の場に女性が出てきているようになっている。が、十年前はそう言った光景は殆ど無かった。つまり、ヴィルス討伐で男性という稼ぎ手を失った家では稼ぐ方法が無かったという事だ。

 当然それが問題になるのは元老院、上の存在も理解していたためそれなりの補助金が出されることになっていた筈だ。しかし、ここまで行くと推論の域になるが、『大清掃』の際はその数が膨大のせいでどうする事も出来なくなっていたのだろう。おそらくこの事が女性が社会に進出するきっかけになっていったのだが……。

 そう考えると随分と皮肉な話だ。


 「それでここに捨てたって事か」


 「納得してもらえたのなら何より。たぶん最初の世代は多くの子どもがヴィルスやその他の事情で死んでしまったけど、その中でも生き残った人間がいる。そうした人間が寄り添って暮らしている内に出来たものが『子育て制度』。一定の年齢に達した人が子どもを育てるっていうもの。更に大きくなれば街に出てこの制度のためのお金を稼いでいくっていうものよ」


 アイラは一通り言いたいことが言えたのだろう。満足そうな顔をして深呼吸をしていた。


 「な、なるほど。で、どうしてそんな説明をしたんだよ?」


 「そりゃ、私の子どもじゃないって証明するために決まっているでしょ?」


 先ほどの顔と違い少し怖い。どうやらあの時の言葉を根に持っているらしい。本当に気を付けよう。


 「そ、そろそろ出来そうだな」


 この話題はこのままでは不利だ、と言う事で何とか話を逸らす。


 「そうね、そろそ……」


 アイラは言葉を切る。その原因は俺もすぐに理解する。家の中にいる子ども達がいきなり騒がしくなる。原因は何か、そう思っていると子どもが一人、家の中からこちらに来た。様子を見るからにかなり焦っているようにも見える。

 

 「どうしたの?」


 アイラが優しい声で尋ねる。すると、子どもは慌てた声を出す。


 「ヴィ、ヴィルスが……、ヴィルスが家の前にいる」


 「う、嘘だろ。おい……」


 瞬時に昨晩見たあの化物の姿を思い出す。アイラも理解しているはずだ、にもかかわらず彼女は先ほどからの態度を崩さない。最初は子どもの前だからと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。アイラは子どもの報告を聞く前と何一つ変わらない表情と声で子どもに語り掛ける。


 「大丈夫よ。報告、ありがとね。みんなには外に出ちゃ駄目、って伝えておいて」


 アイラはそう言って子どもを見送る。


 「おい、どうするつもりだ?」


 「どうするってそりゃぁ……あっ、槍を持って来てもらうの忘れてた……」


 「まさか、お前戦いに行くつもりじゃないよな……」


 「それがどうかしたの?」


 アイラは何処も慌てた様子はない。それどころか先ほどの子ども達がここにいる理由を話していた時の方がよっぽど深刻な声をしていた。


 「お前……」


 「あぁ、そうか。君はまだ知らなかったね」


 アイラが言う。突如、彼女の周りに閃光が奔っていた。それがどういう原理なのかは分からない。ただ、それすら小さいものに感じる変化が彼女の身に起こっていた。


 「えっ……」


 それを見て俺は絶句した。アイラの身体、その右半身が真っ黒に染まる。それはまるで、


 「ヴィルス、見たいでしょ。だから私、強いから大丈夫よ」


 そう言ってアイラはヴィルスがいたと言われた方角に向かう。一瞬、彼女の身体の変化に驚き動けなかったが、急いでその背中を追った。


 「大丈夫だから、それに今の君はただの邪魔者だよ」


 アイラの隣に並ぼうとするとそう言われ、家の中に無理やり入れられた。現在俺は、家の中で子ども達と一緒にその行く末を見届けていた。最初は緊張をしていた子ども達もアイラの姿を見て安心していた。

 ヴィルスは少し離れた場所にいる。それこそあの巨躯が指一本で隠れてしまうほどだ。それでも確実に近づいている。一方、アイラは家の前から一歩も動いていない。それは緊張のせいでは無く、先ほどから身体の各場所をほぐしているだけだ。

 それもすべて終わったのか、目前に迫りつつあるヴィルスを見据える。

 そして……。

 アイラは一歩前へ踏み込む、ようにしか見えなかった。が、彼女は一瞬でヴィルスまでの距離を詰めていた。彼女が進んだであろう道筋には閃光が奔る。そしてアイラはその場で高く跳躍し、右腕を引く。すると、右腕全体が光に包まれ、そのまま彼女の腕はヴィルスの左胸を貫いた。

 ヴィルスの血が散った身体を優雅に歩かせ、アイラは家に戻って来て言う。


 「さぁ、ご飯にしましょう」


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