第二十一話 師の思い
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目を開けると見覚えのある天井が目に映る。
「ここは……?」
「私たちの家よ。ほんと、私の前で倒れるの好きよね。これで何回目?」
ぼやけた視界がはっきりすると、俺の顔を覗くような形でアイラの顔が映った。
「うわっ……」
「その反応は何……。とても心外なんだけど」
「いや、誰だって目の前に顔がいきなり現れたら驚くって」
「まぁいいわよ。それにしても身体は大丈夫? いきなりあの力を使うと結構体力持って行かれるから」
「その点は大丈夫だよ。ほらっ、ちゃんと身体は元気いっぱいだ」
腕を回して元気アピールをする。アイラは疑いの目をこちらに向けていたが、多少の痛みは我慢して男が立つというものだ。
「そうだ、とりあえず帰るよ。流石に追い出される事は無いと思うけど、一応家の整理をしておきたい」
あの家は持ち家と言っていたはずだ。逆に言えば税金がかかるという話だが、その点はガイルと相談しておかなければならないものだろう。
「分かった。でも気を付けてよ」
身体の事だろうか? とりあえず俺は簡潔に感謝を述べ、アイラの家を出た。
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家に帰り、俺はとある扉の前に立っていた。
レインの部屋の扉、それは幼い頃から俺にとっては『開かずの扉』のようなものだった。レインからは決して開けるなと言われた扉だ。反抗期を迎えた俺も、その約束だけは守っていた。ただ、当然興味はあった。今現在、特にこれを開けることについて咎める人間もいないので、と言う事で思い切って扉を開ける。
「えっ……」
扉の奥、レインの部屋の内情を見た瞬間、俺は驚きを隠せなかった。小さなベッドと机とタンスを除けば何も残らないような質素な部屋。でも、それとは対照的に壁一面にはかつて俺がレインに送った手紙や絵がびっしりと貼られていた。それこそ俺自身が出した事すらも忘れたようなものまでもが、だ。
「何してるんだよ……」
恥ずかしい気持ちと、何と形容すればいいのかが分からない、こみ上げてくる気持ちが身体の奥で混ざり合う。俺は一歩更に踏み出すと、机の上に一冊の日記帳が目に入る。俺はそれを手に持ち、パラパラとページをめくる。
『〇月×日
今日、ユウトが初めて俺に剣術を教えてくれ、と頼んだ。いつかはそうなって欲しいと思ってはいたが、状況はどうやら深刻なものらしい。人を傷つけるためには教えることが出来ない。それでも自分の身を守るためには必要な事だろう』
『△月◇日
ユウトが初めて大会で優勝した。彼の自信と喜びに満ちた目が夜になっても忘れることが出来ない。教えてくれ、そう言われた時の事を思い出す。俺の教えた事は間違いでは無かった、そう思わせてくれる今日は記念すべき日になっただろう。それと、一人、俺の弟子にしてくれと頼む子が来た。ユウトと同じくらいの子だろうか。良き友だちになってくれればな、と親心ながらに思う』
『□月◎日
どうやらユウトに反抗期が来た。それに苦労をしていると言ったら思い切りバレルに笑われてしまった。あいつは俺の苦労が好きなようだ。いつかは訪れるだろう、と考えていたがいざ来ると少し悲しい気持ちになる。しかし、ユウトの成長を表す大切な時期だ。彼が大人になっていく姿を実感でき、嬉しい気持ちになる。少しは俺にも親としての心構えが出来たのかもしれない。親とは子と共に生まれ、共に成長するとはよく言ったものだ』
読んでいくうちに最後のページに辿り着く。そこにはただ一言、こう書いてあった。
『俺は幸せ者だ』
あぁ、レインはこれだけ俺の事を思っていてくれたのか。レインは最後に幸せだと思ってくれていたのか、そう考えるともう駄目だった。心の内から流れる感情を止めることが出来なかった。
どれくらいの時が経っただろうか。ようやく落ち着き始めた時、外の騒がしさに気付く。その直後、何かが崩れる音が聞こえた。咄嗟に窓の方に行き、音がした方を確認する。が、少し遠くの事なのかこちらでは確認する事が出来ない。
何が起こったのかを確認しよう、そう思った瞬間、ヴィルスがあげる咆哮のような破壊音が目の前で響く。それと同時に砂煙のようなものが部屋全体に広がる。
「ごほっ……ごほごほ……、何だ、いったい……」
少し煙が薄くなっていくと、中から一つの人影が現れた。それは徐々にはっきりし、やがて一人の人間に特定できるものになっていた。
「ア、アイラ? どうしてここに、というより……」
アイラのいる場所の上を見る。そこにはぽっかりと穴が開いていた。穴の向こう側から大空に羽ばたく鳥の群れの姿が見えた。
「お、お前どうしてくれるんだよ。これ、いくら修理費がかかると……。というよりどうして俺の家の場所を?」
「そんな御託、今はいい」
その言葉の端々から焦りが感じられた。どうやらただ事ではないように聞こえる。
「ど、どうしたんだよ、いったい?」
「私たち今、国家反逆罪で指名手配になってる」