第二話 師と子
扉の向こうから聞こえる大きな物音に目を覚ます。それは一定のリズムだったが眠らせるためのものではなく、むしろ覚醒を促す音の類だった。次の瞬間、全身を不快感が包む。布団をめくり自身の身体を確認してみると大量の寝汗を掻いていた事が分かる。なるほど、これでは寝苦しいし気持ち悪い。よっぽどひどい悪夢でも見たのだろうか、そう考え扉の向こうの音に感謝する。
ベッドを降り、扉を開ける。
そこには着替えをしながらせっせと外出の準備をしている俺の育ての親、レインの姿があった。
「おっ、起きたか」
レインは一瞬俺と目を合わせ、すぐに準備の方へと目を向ける。随分と急いでいるらしい。
「どうしたんだよ、こんな朝早くから」
窓の向こうはまだ薄暗い。こんなに早い時間に起きているのは久しぶりだなと考えているとそれを察したのかレインはさらっと話し始める。
「実は赤紙が来てしまったからな。もうこれが来てしまったという事は仕方がない。……と言う事でしばらくは帰らないぞ」
「赤紙? そんなさらっという事じゃないと思うんだけど……」
赤紙。
それはこの国の政府から送られるもので、それを受け取った者は政府が管轄している立入禁止地区にいるヴィルスという化け物を討伐する部隊に編成される事になっていた。立入禁止地区は高い壁に囲まれ、その中にヴィルスを閉じ込めているというところから、檻と呼ばれるのが一般的だった。ともかくその檻に向かう事を知らせる赤紙は、ここに住む人間にとって死刑宣告に似たものと言っても過言では無いだろう。十年程前、政府が大規模な作戦、『大清掃』を実施した際、約八割の人間が死亡、もしくは健常な生活を送ることが出来ない程度の障害を負った。
そんな死刑宣告と同義の紙。その一方で、それを貰えることはこの国の最大の名誉であった。
「まぁ、そういうわけだ」
そんな事実があったにもかかわらず、レインはいつも通りの飄々とした様子でそそくさと出て行こうとする。その行動からは躊躇いなどの感情が見えなかった。
「ちょっと待てよ。いきなりすぎるだろうが……」
逆にこちらが色々と追いつかない。同じ家で暮らしている筈なのにそんな話は一つも聞かなかった。どこかに仕事に向かうとかならともかく、ヴィルス討伐は話が違う。
「そんな事を言われてもなぁ。……そうだ、ちゃんとバイトに行くんだぞ。知り合いだからと言ってサボるなんてするなよ」
「そう言う事じゃないだろ? もっと何か違うことが」
「他に何がある?」
レインはきょとんとした顔をする。これが演技ならば十分舞台俳優でも食っていけるんじゃないかと思う。
「今までヴィルスを倒しに行った部隊ってヴィルスを討伐するどころか満身創痍で帰って来るのがやっとだって話だろ」
「何だ、お前は俺を心配してくれるのか?」
レインはニヤッとめんどくさい笑みを浮かべる。
「……そういうのじゃゃねぇよ」
「そんな事言って、ほれほれ」
腕はそれなりに立つが、こんな性格のせいかそれを素直に認められない。面倒くさい。とてつもなく面倒くさい人間だ。これさえなければ、素直に尊敬出来るというのに……。
「まぁ……、気をつけろよ」
「当たり前だ。誰がお前に生きていく術を教えたと思っているんだ? 心配するな、何とかなるさ」
レインはいつもの口癖で言葉を締めると広い背中を見せつけるようにして家を出て行った。




