第十七話 原初ヴィルス
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「おそらく、原初ヴィルスね」
傷口を確認し、アイラが呟く。
「これをやったのが、か? おいおい、どうして仲間割れなんてしてるんだよ」
「そんなの人間だって変わらないでしょ?」
「それもそうだけどさ……」
「まぁ、そんな事はどうでもいいのよ。それよりもまだこの死体温かいし、つい先ほどまでここで戦闘があったって考える方が先決ね」
「ここから泉は近いのか?」
「えぇ、と言うか……」
アイラの言葉が突如鳴り響いたけたたましい遠吠えにかき消される。この世の物とは思えないそれに、ユウトは聞き覚えがあった。
「あれって……」
「おそらく。とりあえず様子を見ましょう」
俺とアイラは先を急ぐ。ヴィルスの鳴き声は次第に近くなる。そして、
「な、なんだよあれ……」
森の拓けた場所、そこに泉はあった。見てくれはそこらにあるものと大差は無かったが、その近くに建てられていた神殿の跡がそれを神聖化しているように見えた。それだけを見れば幻想的な光景だ。だが、その近くに二体のヴィルスがいた。それらは俺らでは無く、また違うものに対して威嚇をしていた。
それはヴィルスよりも一回り小さく、七色の毛色をしているヴィルスだった。
「あの目立っている方が原初ヴィルスよ」
「あれが、原初……ヴィルス」
神々しい、そう感じた。それは特に攻撃行動もせず、じっと二体のヴィルスを見ていた。それからすぐに一体のヴィルスが動き、拳を引く。それに対し、原初ヴィルスは何の行動も起こさない。ヴィルスから放たれた拳が吸い込まれるように原初ヴィルスの顔面に向かう。が、それはまるで透明な壁があるように途中で止まる。原初ヴィルスはその止まった拳を、撫でるようにはじく。すると、ヴィルスは重さを失ったかのように後ろに吹き飛ぶ。それを見たもう一体のヴィルスが原初ヴィルスに拳を放つ。が、その腕が千切れた。
「なっ……」
「ユウト、あの腕が千切れたのは原初ヴィルスのせいではないわ。あれは、まだおそらくヴィルスになりたて何でしょう。自分の力を完全に制御出来てない感じね。ユウトももし、斑点が消えていないまま動いていたらああなってたかもしれなかったのよ」
「それであの時、止めたのか」
「まぁ、それもあるって事よ」
「それよりどうするんだ?」
「どうするも何もとりあえずあれが終わるのを待つのが一番良いと思うけど?」
「やっぱりそうだよな……」
いくら力を得た人間(と言っても俺は今、自分がどのような能力を持っているかは分からない)が二人いたとしても、原初ヴィルスとヴィルス二体、合計三体を相手にするのは流石に分が悪い。だが、ある意味、この状態ならば四対一の構図を作り出す事も可能かもしれないが、そんな賭けに乗る勇気もない。
「それにしても何だよ、あいつ」
目の前の様子。数だけを見ればヴィルスの方が有利だが、実際は原初ヴィルスの方が圧倒していた。それはまるで子どもと大人の争いを見ている、そんな光景だった。やがて一体のヴィルスがその場で崩れ落ちるように倒れる。原初ヴィルスはその四肢を持ち、半分に引き裂く。それを見て、もう一体のヴィルスがその場から逃げようとするが、原初ヴィルスはそれを逃がさなかった。
原初ヴィルスはその場で高く跳躍し、腕と足を真っすぐに伸ばし、そのまま槍のようにもう一体のヴィルスの身体を貫通する。
あのヴィルスを遊び感覚で殺しているようにも見えた。自分の身体が震えているのが分かる。
「どうしたの? もしかしてあれを見て、ビビった?」
アイラは冗談交じりの声で言う。本心を言うとビビっている。が、そんな事言えるはずもない。自分の本心がばれないように、凛と背筋を伸ばす。
「あれを倒せば英雄になれると思うと、嬉しさで身体が震えてただけだよ。……武者震いって奴だよ、勘違いするなよ」
「そう……、まぁいいけど。だったら、行きましょうか」
「おう」
お互いの呼吸が止まったのを確認し、駆け出した。