第十話 昼食
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アイラは「このままの恰好は」と言い残し、水浴びをしていた。が、それも終わり昼食の時間になった。先ほどアイラと一緒に作ったスープとその他さまざまなものが食卓に並んでいた。正直、この食事の風景を見るとここが檻の中であるという事を忘れさせた。俺は少し離れた場所で食事を摂っていると隣にアイラが座る。
「随分と豪勢だな。一緒に作ってた時から思ったけど」
「それは街に出ている人が頑張ってるから。それに私も最近は街に出て働いてるし」
「街に? もしかして、そこで出会ったりとか……」
もしかすると店員客という関係性の中で出会ったのか、そう思い尋ねたが返事はため息と言う哀しい結果だった。
「と言うか、身分証とかはどうしてるんだ?」
働くとなるとそれなりに身分を証明するものが無いと厳しい。それに聞く限りだと彼女もここに幼い頃捨てられたはずだ。と言う事は身分を証明するものというのは無い筈だ。
「その点は大丈夫よ。私が働いている場所の店長はかつてここにいた人だから。私は随分甘えさせてもらってるよ。それこそ私たちよりも前の世代の方が大変な思いをしていると思う」
「なるほど」
『子育て制度』というものは思っていたよりもはるかにちゃんと機能しているらしい。その一方でそれを開拓した人間の苦労というのも相当なものだろう。存在していない扱いの人間が社会に出る事を選択した勇気、その恩恵と感じると目の前の料理がよりおいしいと感じた。
「ところであの力っていうのは?」
「あの力? あぁ、あれね。よく分からないわ」
「えっ?」
「あぁ、違う。あれを手にした過程は分かる。昔、私がヴィルスに襲われた時に噛まれたの。それが原因だって言われた」
「よく助かったな……」
「近くに今の私みたいな人がいたからね。」
そう言ってアイラは苦笑いをし、右腕をこちらに向ける。確かにそこには薄っすらだが噛まれた傷のようなものが残っていた。
「と言う事は俺も噛まれれば……」
あの力を手にすることが出来るのだろうか。そうすれば俺もバレルの敵を討つことが出来るのでは、そう考えているとアイラの口からは否定に近い言葉が出て来る。
「あまりおすすめはしない。そもそも分からないって言ったのはこっちの方。どうして噛まれた結果、あの能力を得る事になったのかは分からないの」
「? 噛まれたら何とかなるんじゃないのか」
「私の場合はそうだったし、私の知っている他の人間で力を得た人はみんな同じ理由だった。でも、そうじゃ無かった人間もいる」
「そうじゃ無い?」
そう言われバレルの事を思い出す。バレルのあの遺骸を見る限り噛まれていた筈だ。
「顔からして君の友人の事を考えているんだと思うけどあの子は発動しないと思う」
「発動しない?」
「あの子はたぶん噛まれてその直後に命を落としたんだと思う。それだと能力を得ることは出来ない。私がそうだったんだけど能力を得るのは噛まれてある程度の時間が経たないと駄目。それに噛まれて数日は高熱が出てしばらく死んだように眠っていたらしいし。それと」
そこまで言うとアイラは手元のスープを飲む。喉を鳴らして飲んでいる辺りよっぽど喉が渇いていたのだろう。
「……、それとそうじゃ無かったっていう人間は死ぬなんて結果で終わってない」
「死ぬ、ではないのか。だったら……」
一か八かの賭けをしても大丈夫じゃないか、そう考えていた。が、アイラの口から出た言葉は死ぬよりある意味残酷な結果だった。
「みんなヴィルスになった」
「ヴィルスに?」
「えぇ。私が見たのは街から来た討伐隊の場合だったけど、一人が噛まれた時、何とかそれを脱する事に成功した。けどそれからその場でもがいたと思ったらその姿がヴィルスになった。だから私は分からない、力を得る人間とヴィルスになる人間の違いが」
つまり、仮に俺が噛まれその場を脱する事に成功したとしてもそれで確実にあの力を得る保証はないという事だ。それどころか俺はヴィルスになる可能性だってある。
力を得るか、人間を捨てるか。
それを天秤にかける勇気は、今の俺は持ち合わせていなかった。
「別に私は止めたりはしない。けど、あなたが仮にヴィルスになった時は安心して。誰かが害を被る前にあなたを私が始末するから」
「そ、それはありがとな……」
アイラのどこか違う優しさには苦笑いが零れた。