師父の想い
哪吒への印象が強烈だった泰己、はしゃいだ次の日の朝です。
朝起きると師父がいつものように朝餉を用意してくれていた。
「師父、おはようございます」
「おはよう泰己、よう眠れたか?」
師父が俺の顔を見て微笑む。
「少しは落ち着いたようだの」
「へへへへ」
昨日の俺の熱気を思い出すと少し照れた。それを置いても本当に哪吒はカッコ良かった。
◇◇◇◇
今日は師父も出かけないようだ、朝餉も食べ終え、師父は書室で巻物を読んでいる。俺は師父の隣に座り、上の空で師父を見ていた。
目を閉じれば昨日の哪吒が浮かぶ。彼は軽やかで強くて鮮烈だった。
「師父、俺はやっぱり仙人に向いてないの?」
「ん?どうした急にそんなことを聞いて」
「……俺も哪吒みたいになってみたい」
「ふむ…」
俺が少し小声で答えると、師父は髭を撫でた。やっぱり難しい事なんだろうか?以前に仙人になりたいと伝えた時には、仙骨が無いとか気を練ると言っていたけど。俺は今になっても特に練習もしていない。
俺は仙人になりたいのではなくて、哪吒みたいに強くかっこよくなってみたかった。
「無理であろうな…」
師父は目線を遠くに送る。俺の方に向き質問をして来た。
「のう、儂はかっこよくはないのか?」
「え?」
俺は思わぬ事を聞かれて、気の抜けた声が出た。師父はかっこいいかどうか。んんーーー
方士の屋敷の時も、洞穴の時も、師父もカッコいい。それに優しい、大好きだ。
「師父もカッコいい…」
「そうか、なら儂になりたいか?」
師父になったらお爺ちゃんになってしまう…
しかし、元々の俺は2◯才だったし、師父はお爺ちゃんでも健康で元気そうだし、それになりより哪吒とは違う、いぶし銀のようなカッコ良さがあった。
「成れるならなりたい!」
「ほっほっほっ」
師父は満足そうに笑った。師父が俺の目をジッと見つめる。情熱的で真っ直ぐで優しくて。この目は慈愛に満ちた、と言うのだろうか?
今更だったが俺はこれまでずっと、この目で見つめられてる事に気がついた。少しくすぐったい気持ちになって目をそらす。師父は優しく頭を撫でてくれた。
「無理じゃ」
俺は突き落とされたような気分になった。
「どうして?」
「お前はお前はなのだ、儂が儂であるように、哪吒が哪吒であるように」
「それは…わかっているけど…」
俺が言いたい事とはズレているように思えた。俺は哪吒や師父そのものになりたいのではなくて、強くてかっこよくなりたかったのだ。
「少し前の話をしてやろう」
師父は俺を膝に抱き、穏やかに話し始めた。
「昔、天と地の間に産まれた者がいた…
それには親が無かったが、自分と似た仲間を持ち王になった、王となって気ままに暮らしていたが、死ぬ事を儚く思うようになり、不老不死を求め師を持ち仙術を得た。しかし彼は慢心し、師に破門を言い渡された。
仙術を得て強さを得たソレは歯止めが無く、慢心のまま全てを己の思うがままにしようとした。
仙界神界人界、全てに暴れまわった。
世界に喧嘩を売ったのだ。
「なぜ世界に喧嘩を売ったのかわかるか?」
師父に柔らかく問われる。
「全部を自分の思い通りにしたかったから?」
「冷静に考えれば、そのような事は不可能だろう?」
「すごくすごく強かったら出来ると思ったとか?」
「どれほど強くとも、過去は変えれぬし、人の心は操れぬ」
師父が難しい事を言い出したので、俺の眉間にシワが寄ってきていた。
「アレはな、居場所が欲しかったのだ」
「仲間がいたのに?」
「どれほど強くとも、仲間がいても、己を見ぬ者には居場所は無いものだ」
「アレはな、世界に問いかけたのだ『どうして俺を産んだのか?』『なぜ俺はここにいるのか?』とな」
まるで反抗期の子供が母親に聞くような内容だと思った。
「アレは甘えておったのだ、全てにな。甘え方も知らず、聞き方も知らぬ。しかし己の欲が求めるのだ。どれほど強靭でも、どれほど知識を得ても、不老不死を得ても、己を据えず、己の場所も決めれぬ者は飢えるのだ」
俺は黙って聞いていた。師父の話は難しくも思えたが大切な話をしていると感じていた。
「泰己、お前はここに居たいか?」
「うん」
素直に答えた。俺は一人の家に戻りたくは無かった。師父のそばに居たかった。
「儂がここにいるからであろう?」
「うん」
師父が居ない生活を今は考えられなかった。
「それは儂が泰己を見つめ、泰己が儂を見ているからじゃ。泰己は己を見つけるための時間を過ごしておる。ここ来た意味、ここにいる意味、泰己は賢い。ちゃんと考えておる」
そうだろうか?俺は自信が無かった
「俺、ちゃんと考えてるのかわからない…」
師父には今の気持ちを正直に伝えようと思った。師父が目を細めた、怒ってない事は俺にもわかった。
「儂を手伝おうとしてくれておるのか?儂をよく見ていたな、他にも家の中で本を探しておるだろう?読める物を探しておるのか?」
見られてた!言い当てられて隠し事がバレたような気分になる、頬が熱くなるのがわかった。
「己に何が出来て何が出来ないのか、それは自己を知る一つの手立てじゃ」
師父が俺を抱き直した。
「儂はお前が愛い、お前を愛さぬ者など滅ぼしてしまおうか、そう思うほどにな。お前は己を一度捨てたのだ、しかしお前は、己を見つめ立とうとしておる。儂の言葉を受け止め、己自身を取り戻すために」
「わかるか?お前は産まれ直したのだ。お前が望み、世の理がお前に応えたのだ。可愛い可愛い儂の泰己」
師父は俺の頬や額や目尻に優しく口づけた、俺は家族愛で師父がそれをしていると思っても、妙に恥ずかしかった。
「泰己、お前は世界に愛され、それを知っている。どんな強さにも勝る」
「お前はお前の強さを既に持っている」
師父は暫く間、俺を強く抱きしめていた。
ここまで読んでくださりありがとうございます、前回と違い今回は師父の内面が吐露されました。
次回更新はまた明日の夕方を予定しています。
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