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前回に引き続き師父視点です、これまで自分に正直でブレない師父ですが、今回は恋する男でグルグルしてます。

天帝に孫が産まれたそうだ。赤子にしてすでに泰山を任されたと聞いた、泰山は世の施政者が長寿の祈りを捧げる大切な山である。

僕はすでに神将の一人、仙界の一人として職務を遂行していた。太上道君さまと会えなくなって久しい、崑崙山に行っても紫宮に行ってもいらっしゃらない。


一眼だけでもお会いしたいものだ。



月日は早い物で、生まれたばかりと思っていた泰山王は弱冠となり、泰山府君として天帝から三尸の仕事を任され、地獄も管理されると知った。優秀な方なのだろう、まだ一度もお会いした事はないが。噂では天帝によく似た濃紺の瞳に、温和怜悧で秀外恵中と。簡単に言えば、穏やかで賢く外見も整っているそうだ。他の噂も聞けば聞くほど、かの方に似ている、違うとわかっていても思慕が湧いた。お会いしたい。



◇◇◇◇



職務で死後の件があり、天帝に報告ついでに泰山府君の同席を願い出た。


胸の高鳴りを覚えるまま、天帝の執務室に向かう。彼はそこにいた、噂で聞いた通りだ。聡明な青い瞳も、丁寧な仕草も、知的な受け応えも、不意に香る儚げな気配も、違うとわかっていても道君様によく似ている。誘われている気持ちになった。


「……件の報告は以上でよろしいでしょうか?」


穏やかな声まで似ている。話は終わってしまったらしい。我に返り返事をする。


「はい、お忙しいと聞いておりましたが、わざわざありがとうございます」

「いえ、冤罪を防ぐのは私の職務の一つです。お役に立てたならば幸いです」


優しい微笑みを残し泰山府君は去って行った。


「ずいぶん呆けた顔をしていたな」


天帝がニヤニヤと楽しげに意地の悪い顔をしている。


「疲れの出た顔をお見せして申し訳ありません、私もこれで……」

「待て待て、後を追いかけたいのはわかるが、少し話をしようではないか」

「特にお話はありませんよ」


天帝でもある伯父に僕は気安く話していた。昔から周囲に可愛がられてきて、今も我儘を許されている自覚はある。


「似ているであろう?」

「誰の話です?」


天帝の嫌な笑顔は止まらない。わかってて揶揄っている、タチが悪い。


「儂の孫、泰山府君よ。似てるであろう?お前が慕って追いかけ続けた彼の方に」


無言で天帝を睨んだ。何が言いたいのだ。出来るなら、すぐにでもさっきの彼を追いかけたいのに、呼び止めて話をしたかった、もっと一緒にいたかった。


「まぁ待て、あの子は儂の孫でもあるが、お前が好きな太上道君でもあらせられる」

「道君様?」

「お前がわからぬのも無理はない。元々、太上道君その人も謎多き方だからな。お前はよくもわからず後を追いかけていたが、まぁ先見の明があったと言うべきか」


天帝曰く

太上道君その人は、世の理、存在する全ての流れ、その道が人の姿を取った方である。全ての仙が求めるお方。


「ここまではお前も知っているな」

「はい」

「なぜ人の姿を取られたか知っているか?」

「……いいえ」

「あの方は、我らと触れ合い、遊び、学び、我らと共に過ごしたい。世の理を土台に産まれ、日々を懸命に生きる我ら、その姿が全て愛おしい、そばにいたい。そうおっしゃったのだ」


あの方がどれほど我らを愛しく思ってらしたのか、痛いほどに知っている。常に色々な者に囲まれているあの人を独り占めしたくて、子供の顔も使って我儘を多くぶつけた。


「もっと深く我らと共に居たいと申されて、儂の孫として新たに産まれたのが、今の泰山府君よ」

「ほぅ」


我知らずに声が漏れ出た。だから、あれほどまでに似てるのか。同じだから似てるのか。今すぐ追いかけて抱きすくめ、誰にも見せずに独り占めしたい。


「落ち着け、顔に焦りが出ているぞ。彼の方は記憶を封じておられる。お前が飢えて欲を出しても、府君にとってお前は単なる血族の一人だ。力尽くで行くにも相手は長寿と地獄を司る泰山府君だ。一筋縄では行かぬぞ」

「どうせよと言うのか」


口調を改めるつもりもない、鬱屈していた願望が身体から吹き出そうになっていた。


「お前の得意の搦め手で行くがいい、今ではお前も立派な大人になったのだ。地獄への仕事を多く用意してやろう」

「かしこまりました、職務に邁進いたします」


嫌味も含めて返事をし、足早に部屋を出た。


すぐに手を出すな、と言うことか。まぁいい、時間はいくらでもあるのだ。どんな手を使っても距離を縮めて、今度こそ手に入れる。



◇◇◇◇



「またもご足労いただき申し訳ない」

「いえ、お気になさらず。職務を遂行したまでです」


彼の執務室に通うようになって幾年が過ぎた。仕事の進め方は理知的で合理的、やりやすい相手ではあったが、いかんせん個人的に仲良くなろうとすると、生真面目な朴念仁ぶりを発揮した。


手強い。


仲は悪くないが懇意にもなって無かった。こんな事なら会ったその日に声を掛けて、無理矢理にでも襲ってしまえば良かった。いやいや相手は生死を司る泰山府君、地獄の管理者、東岳大帝だ。僕とて無事では済まない。

廊下の隅に持たれかかり吐息をつく。


鍛錬に励み、仙界随一の武将と呼ばれようとも、想う一柱がままならぬ。


府君は道君様とも似ていたが、違う面もまたよく見えた。道君様は年長者らしい余裕があり仕草全てが優美だったが、府君は若さがあふれ言動一つ一つが爽やかであった、そしてその全てが職務に注ぎ込まれていた。わかりやすいほどに仕事人間で、地獄の亡者一人にいたるまで偽証の一つも許さなかった。


爽やかな彼を見るたび、砂まみれで遊んだ道君様を思い出す。あんなに共に笑っていたのに、そんな他人行儀な笑顔を見せないで欲しい。


昔を思い出し恋しくなって、地獄からの帰り道に海に寄った。空は雨雲が垂れ込め、海は曇天を映し重く濁っていた。


今の僕のようだ。


僕を見て優美に微笑んだ道君様に会いたい。仕事ばかりで僕に一瞥もくれない、あの怜悧な彼が欲しい。過去でも現在でもどちらも欲しい。仙としての求道者ではなく僕は彼に飢えていた。こんな求め方は間違えているのかもしれない。どんな形であっても彼を求めて止まないのは、叶わなかった初恋だからだろうか?敬愛を恋だと勘違いしたままじゃないか?単なる執着じゃないか?他の者達も彼にこんな求め方をして来たのだろうか?僕のあずかり知らぬ所で誰かがあの肌に触れている?


嫌だ!


想像だけで胸に槍が刺さるようだ。あの人を独り占めしたい、誰かに渡したくない。

昔の幼かった僕は、物を何も知らないまま、なりふり構わず要求をぶつけ、ただひたすらにあの人を求めた。何も考えてなかったあの頃の僕を、あの人はどう思って見ていたのだろう?単に我儘な子供に付き合ってくれていただけだろうか?今の僕を見たらあの人は呆れるだろうか?笑うだろうか?


今はもう聞けない問いかけが、僕の中で渦となって巡る。



ここまで読んでくださりありがとうございます、次回で師父編も終わり全編終わりとなります。


最後まで楽しんでくださると嬉しいです、よろしくお願いします。

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