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文官

仙界にて雲に乗りのこぼれ話、三段目です。今回の主役は地獄の文官です。泰山府君として起きた泰己と二郎真君として働く師父の後日談でもあります。

やれやれ、こんなあからさまでは嫌気が差す。

私は細長く息を吐いた。



◇◇◇◇



ここは地獄。仙界に置いて職場人気などと言う物は無いが、我先にと争われて勤め先には選ばれない。不人気と言ってもいい場所だ。


昨今、地獄本来の主人である泰山王が大仕事を持って帰城された。それを持って大規模な殲滅戦が行われ、そちらはひと段落ついた。

しかし泰山王の大仕事の整理が進むにつれ、これまで隠されていた罪科が山のように現れた。元々暇な職場では無いが、今は猫の手も借りたいほどに忙しい、稀に見る超多忙である。


そこへ来て手伝いを申し出る者が一気に増えた、本来ならば有り難い。

ところが、その手伝いの申し出先がおかしいのだ。これまでであれば、地獄に対して見向きもしない、むしろ来る事すら煩わしいと、態度にはっきり表してきた女仙達からの申し出が多数寄せられているのだ。


理由はわかっている。

仙界、神界、人界含め、あれほどの美貌は見た事がない。本人も分かってらっしゃるのか、普段は変幻の術を駆使して粛々と職務をこなし、公の場では威風堂々とした立ち居振る舞いをされる。

天帝の懐刀、二郎真君が今、地獄で仕事をされているのだ。


だからと言って、露骨過ぎるだろう。


同じ職場にいたからとて、真君のそばに仕える訳ではないのだ。


あゝ、真君だけではないのか。


我らの泰山王もまた帰城されたのと知って、二人を目当てに殺到しているのか。

泰山王、および泰山府君は真君のような華やかな美貌は無いが凛とした涼やかさを持っていらっしゃる。

職務を通してわかる、深い慈悲の心、視野の高さ、知的な対応、洞察力の深さ。天帝の孫であり重大責務を果たしている優秀さ。なかなかな美丈夫だと身内びいき無しに思う。


お二人とも決まったお相手はいなかったな、居ても自由気ままな女仙達は気にせず誘いに来るのだろうが。


彼女らは仕事の手伝いをするつもりがあるのか?


女仙達が地獄へ出してきた、手伝い申し出の書類、多くが山と積まれている。それを横目に、申し出を受け入れるべきか受けざるべきか……。

私、一介の文官はずっと頭を悩ませているのだ。



◇◇◇◇



上司に報告するにしても、迷う理由を言うのが阿保らし過ぎて、また悩む。しかし受けて入れて、二郎真君や泰山王の手を万が一にも煩わせるような事は回避したい。

んーうんーんー。いつまで経っても結論は出ない。


「さっきから難しい顔をしていますね」


書類の山向こうから二郎真君が私を見ていた。


「こ、これはこれは真君様、気づかず申し訳ありません、何の御用でしょう?」


対応するため立ち上がると書類が雪崩を起こし音を立てて崩れた。

真君は親切にも拾ってくださる。


「申し訳ありません、どうぞそのまま捨て置きください、我らが直します故」


彼のような天上人にこんな雑務はさせられない。大慌てて書類を抱えて床にまとめた。


「もしかしてそれは、女仙達からのお手伝いの申し出ですか?」


優美な声で問いかけられる。同じ職場であれば場が華やぐと騒ぎ立てる者も出るだろう。


「はぁ、まぁ、そうですねぇ」


煮え切らない返事をしてしまった。この書類のせいで私の本来の職務が滞っているのだ。出来るならば無かった事にしてしまいたい。


「何を困っているんです?」


紫の瞳がキラキラと輝いている。爽やかな微笑みだが、有無を言わさぬ強さがあった。


「はい、その、実は……


ためらいながらも正直に話した。

女仙達はこれまで地獄なぞ興味も無いのに、急に殺到してきた、おそらく二郎真君様や泰山王様を目当てに来ているのではないか。

仕事は忙しいので猫の手も借りたいが、もし受け入れた女仙達で、二郎真君様や泰山王様が煩わしい思いをしないか心配している。


私の話を真君は頷きながら聞いて下さった。少し考える素振りをして、また優美な笑顔を私に見せた。


「受け入れてしまいなさい」

「は、よろしいのですか?彼女らは開放的と言うか判りやすいと言うか」

「構いません、泰山王も私も職務に真面目な方が好きなのです、不真面目な方を我らは嫌う。そう噂を流しましょう」

「ですが、噂程度では……」

「身動き取れぬほど、仕事を任しておしまいなさい、彼女らも無能ではありません。気が済めば帰るでしょう」


真君はまた微笑んで、用であった書庫の鍵を持って去っていった。


なんとも慣れてらっしゃる。これまで色々ご苦労があったのかもしれない、美貌の主は美貌で苦労があるのだろう。


しかし、我らの泰山王はどうなのだろう?男所帯の地獄である。女と言えば、わずかな女官か獄卒か亡者である。人界に降臨された折にも、仕事に忙殺されていたそうだが、見目麗しい女仙達が殺到しても戸惑われたり面倒に思われたりしないだろうか?



◇◇◇◇



問題は無かった。

悩んだ時間は無駄だったと思うほどに。


勇んで来られた女仙達には、積み上がった書類をお任せし、我らもまた職務に邁進した。すこぶる快適である、彼女らは美しく目の保養になったし、真君が言われたように有能でもあった。


そして仕事がひと段落すると次々と帰っていった。


来られた理由もわかりやすければ、帰られた理由も明白であった。


慣れてらっしゃる真君は、微笑みながら女仙達への鉄壁を崩されなかったのだ。そしてまた真君が泰山王のそばを離れない。

女仙が仕事にかこつけて、泰山王のそばに寄り、話しかけようとすれば真君が音もなく寄り添う。話が終われば、優雅さも崩さず泰山王をさらっていく。見事なほどであった。私の杞憂も見事に霧散した。

何ヶ月か過ぎた頃、諦めの悪い何人かを残して、仕事を終えた彼女らはそそくさと退散していった。



◇◇◇◇



今日もまた、真君は泰山王に柔らかな笑顔で話しかけている、我らの泰山王もまた、真君のそばでは穏やかにくつろいでいるように見えた。やはり血族である繋がりで、近しく信頼し合っているのだろう。


暗く重苦しいほどの雲の下、地獄で二柱は仲睦まじく立っている。



ここまで読んでくださりありがとうございます、第三者視点からの二人です、書いてる私も仲良しだな、と思いました。これからも二人は職務邁進しつつ仲良く過ごすのだと思います。


次回更新は一休みして明後日を予定しています。第三者のこぼれ話ではなく師父視点のお話を書こうと思ってます。一話短編ではなく少し続く予定です。よろしくお願いします。

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