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黎明

己から逃げ続け罪を犯し続けるソレ、泰山府君であり太上道君でもある泰己は決断を下し、殲滅戦を展開する。

仙界にて雲に乗り(引きこもりと仙人のほのぼのライフ)最終回です。

円卓で一人座り、静謐の中で待つ。


泰己として人にあらざる声として聞いていた叫びはソレの断末魔だったのだろう。

断末魔を出すならば、痛みをもっていたはずだ。痛みで己を確認する方法もあったかもしれぬ。しかしソレは己から逃げ続けた、人の世では永遠に思える時間をだ。見ようともせず真実から逃げた。


扉が開き、真君が入ってくる。


「二郎真君戻りました」

「ご苦労」

「欧州、因果律、すべて殲滅致しました」

「早かったな」


彼は嬉しそうに微笑む。


「少しでもお側に早く戻りたくて」

「ちゃんと終わらせてきたのか?」

「それはもう」


笑みを消し、彼は改まって話し始めた。


「僕は初めて存在の殲滅戦を体験しました、なぜソレを消滅すべしとされたのか。教えて頂けますか?」

「なぜ私が消滅と断じたの知りたいのだな、ならば、その決断を下した理由、お前自身の考えを答えてみよ」


真君は少し考え、ゆっくりと話し出す。


「僕は他の魂魄を巻き込んだからか、と思いました。妖怪退治として何度か相対しましたが、恐ろしいほどに魂魄が穢れていて、道理を失くしていました。あの状態では死後も世に留まるのみになるでしょう」

「そうだな。魂魄を道に戻す、理の中、輪廻の中に戻すのは、大切な事である」


アメジスト色の瞳を見る、真っ直ぐに私を見つめる目。私は言葉を続ける。


「しかしな、死後も世に留まるだけでは、殲滅はせぬ。私が消滅すべしと判断したのは、ソレが己自身を見ず、己以外の他者になろうとし成りすまし、成りすました者ごと、また潰すからだ」


私もまた彼を真っ直ぐに見つめた。


「己から逃げ続けるからだ、目を背け続け何者にもならぬからだ」


「全ての存在には個があり己がある、それは全て先の創造に繋がるのだ」


私は目を閉じ、想いを馳せた。


「これまでお前が対応してたソレは消える、これからは新しい歴史が始まるのだ。私も見ておらぬ、どうなるであろうな」


真君が視線を和らげ、疑問を投げかけてきた。


「また同じモノが現れたら、どうなさるのですか?」

「同じ轍を踏まぬために三尸の強化もあるが、もし再びあるならば、人が我らの手を離れるという事だ。」


「己を持たぬ者に道は無い、道に非ず」



◇◇◇◇



「極東、因果、殲滅」

「中東、事象、消滅」

非州(アフリカ)、特異点、根絶」


次々と続報が入る。残す報告もあと僅かだ。報告を終えた武官達も室内に残り、文官達と事後処理について話をしていた。貼られた世界地図には殲滅戦を終えたとして朱を入れている、世界が赤く染まっていく。


「呆気ないものなんですな……」


一人の将が呟く、雑踏の中その言葉が響いた。


「この戦のためにどれほど泰山王が苦心されたか知りませぬか?」


十王の一人、五官王が進み出て苦言を呈した。


「泰山王は五千年の間、審議され決断されたのです。貴方達も鏡を通し、すぐに殲滅対象を見つけられたでしょう?」


兵は地獄に置かれた鏡に私の紋章を持って入り、次元や時空を移動してきたのだ。


「それは全て泰山王が置いた布石です、今つつがなく進行し、終わりを迎えようとしているのは丹念な準備があったから。大変、喜ばしい事なのです」


皆が手を止め何事かとうかがっている。私は手を挙げ、五官王を止めた。


「もう良い」


口を滑らせた将を見る、天帝の所から来た神将だった。まだ若い。


「お前はこの殲滅戦が初陣か?長丁場になると構えてきたのか?戦は早く終わらせる物だ。いたずらに長引かせるのは得策ではない。」


「戦が終わっても、これから地獄では消滅した魂魄や捕獲した三尸を追って処理をする。平素の業務とも並行であるから、千年はかかるであろう」


将は咎められたと思い下を向いている。


「咎めてはおらぬ。己の推測を持つのは当然であり、感想を抱くのも別段珍しい事でもない。初めてなのだ、勝手もわかるまい。わかるか?推測を持つのも、感想を抱くのも、己があればこそだ。」


静まりかえった室内に向け、大きく声を張る。


「皆に言っておく。この様な『存在の消滅』は無い方が良いのだ。万物の理において、産まれ出ずる全ては愛子だ」


「己を持たぬのは、とてもとても悲しい事なのだ」


「これからはソレが消滅した時代が始まる、人がどう変化するのか、未来はわからぬ。しかし気を引き締めよ、どこまでも己を見つめ研鑽を積むのは全て平等、我らとて同じである」


将は身をかがめ、膝を付いた。


「申し訳ありません、軽率でごさいました」

「責めてはおらぬ、鍛錬に励むがよい」


張り詰めていた空気が緩む。それぞれの業務に戻る。私も気が逸れた、身を起こし立ち上がる。


「少し休む、何かあれば伝えよ」


寝室へ向かった。



◇◇◇◇



寝床へ横たわる。


気が抜けたのか………


長きに渡りソレとずっと向き合ってきた。付かず離れず、審議し続けた。目を凝らし、少しでも他の可能性が無いか?少しでも省みる兆しは無いか?審議の観察者として、人の時もあれば他の姿を変えた時もある、ずっと見つめ続けた。

どんな決断にも未練はある。少しでも愁いを無くすため五千年の時を掛けた。


長かった………


まだ私の中で、泰己として生きていた感覚が残っている、気負っていた疲れと慣れない緊張もあった。


目をつぶれば泰己であった時間が蘇る。

いつも師父を追いかけていた気がする。こちらを見て欲しくて、話を聞いて欲しくて、相手をして欲しくて。雲に乗る時にいつも抱き上げてくれる腕も、優しく撫でてくれる手も、師父に触れられる事が大好きだった。幼な子が親を求めるように、全幅の信頼を寄せ、敬愛していた。


いや、それだけでない。徐々にではあったが、泰己は彼に恋をしていた。


これまで感じていた泰己の記憶も感情も全て、いずれは馴染み溶けて行くのだろう。

ただ今は目を閉じて、疲れのまま睡魔に身を任せよう。



◇◇◇◇



そっと扉を開ける音が聞こえた。


「まだお眠りになられてますか?」


真君であった。


「いや、起きた」

「全ての殲滅戦、終了致しました」

「そうか……」

「お疲れですか?」

「そうだな」

「今度、拙宅へいかがですか?」

「ん?」

「泰己でいらっしゃった時にお約束したんですよ、我が家へご招待する、と」


そんな話をしたような気もする。


「そうだな、地獄が落ち着けば。殲滅後の穢れた魂魄の審議と浄化もある、まだまだ忙しいだろうが」

「審議と浄化、僕にお手伝い出来る事ありませんか?」


いつもの優雅な笑顔が胡乱に見える。


「二郎真君といえば、天帝の下、忙しくしていると思っていたが」

「太上道君である貴方様の鶴の声が有れば、天帝とて無下にはされますまい」

「私から言うのか?」


真君がこれ以上ない程の笑顔になった。


「はい是非、僕が必要だから側に置きたいとおっしゃってください」


驚いた。職務には真面目だと思っていたのだが、これ程わかりやすく私情を挟むとは。


「何か理由があるのか?」

「はい」


アメジストが煌めく。


「この前の続きをしたく思います」

「この前?家に行く話か?」

「いいえ」

「他に何があった?」


真君が不思議そうな顔をする。


「お聞きしたいのですが、僕と過ごした泰己は無くなってしまったのですか?」

「いや、私に溶けていくだけだ。元々私だからな」


妙な事を聞く男だ、幼少の頃はもっと素直でわかりやすかったのに。


「泰己は僕を好きになってくれていると思ってます」

「そうだな、長く世話になった」

「僕の所を選んで来て下さった僥倖も、共に過ごせた時間も、何よりもの宝です」

「そうか」


真君が私のすぐ側に顔を寄せる。


「十王の所から帰ったあの日、満天の星空の夜」


鼻が触れんばかりだ。


「寝床で僕に口づけしてくれた事は、もうお忘れですか?」


起きていたのか!私は驚きで目を見開いた。

真君は軽く口づけをして立ち上がる。


「では天帝の許可を得てきます、太上道君の命である事も伝えますね。では」


軽やかに寝所を出ていた。


「待てぇ!」


やはり彼には勝てないようだ。

惚れたが負け、そんな言葉が浮かんだ。


仕方がない、彼は愛されているのだ。

我ら三清も、神格である天帝と泰山府君も、泰己も老子も哪吒も悟空も仏も、他の仙人達も神々達も、みんな彼の事が好きなのだ。


彼は世界に愛されているから。

彼は世界を愛しているから。



ここまで読んでくださりありがとうございます、これで物語は一応の終わりを迎えました。次回は余談として別視点からのお話になります。


余談も最後まで読んでいただくと本編に深みが増すように考えているお話です。


余談、こぼれ話として、まだもう少し続きますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。よろしくお願いします。


次回更新は一休みして、明後日の更新です。

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