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己を知る、据える

孫悟空の修行の邪魔をした哪吒へ、師父は李天王に報告すると伝えました。それを見ていた泰己ははしゃぐよりも大人しくなっていて……

孫悟空との邂逅からすっかり気落ちした哪吒まで、目まぐるし時間を過ぎ、夕日が沈む頃。

二人で師父の用意した夕餉を食べ始めた。俺は静かに食べていたが、本当は悟空と哪吒の激しい対決を師父に言いたくて言いたくて堪らなかった。


「泰己、僕は怒ってないよ?」

「……本当?」

「悟空の邪魔をした哪吒は叱ったけどね」


師父は優雅にお茶を飲む。


「三蔵法師の一行は何か騒動に巻き込まれてなかった?」

「うん、疲れてたみたいだったけど元気だったよ」

「悟空は元気にしてた?」

「うん!凄かったよー!」

「凄かった……?」

「哪吒が背中から腕を出してね!横にも顔が出てね!悟空がプッてしたらいっぱい猿が出てね!二人がガンッガンッて打ち合ってて!…


俺は二人がいかにかっこよく壮絶な戦いをしたのか、身振り手振りも口真似も合わせて熱弁を振るった。伝えたい気持ちを溜め込んでいた俺は止まらない、ほぼ全てを語り終わり俺の興奮も少し薄まってきた頃。


師父の様子が変わっていた。

朗らかな笑顔を見せてはいたが、額に光も無く目の模様が浮き出ていた。


「泰己、その話、もっと詳しく」


空気を冷たく感じる、笑顔の師父が恐ろしいと思ったのは初めてだった。



◇◇◇◇



師父に縋り付いて、哪吒を叱らないで欲しいと伝えたが、どこまで伝わったのかはわからない。

師父は笑顔を崩さなかった。話題を変えよう。


「あんね!哪吒は悟空の事大好きなんだって、孫悟空ってすごいし強いし面倒見良いし仲間になったら頼れるからって!きっと、なかなか会えないお友達なんだよ!」


多少の脚色は許されると思う、硬い笑顔の師父が少しだけ緩んだ。


「そうだね、あの猿は魅力的だから」

「うん!」

「彼を見たならわかると思うけど、全てに力が漲って、歌うように舞うように戦って、美しいよね、あの醜い猿は」


師父は上品さを崩さず辛辣な言葉を使った。


「師父は悟空嫌い?」

「僕が?彼を?……ふふふふふ」


洗練された仕草で口元に指先を当て、意味深に笑う。


「僕は彼を気に入ってるよ、無作法で乱暴で強引で。彼との捕物はなかなか楽しかったしね。まぁ迷惑は掛けられたよね」


事情があったらしいのは察した。そういえば俺が読んだ西遊記では、孫悟空は色々とやらかしてお釈迦様に捕まったはず。もしかして、仙界神界人界大暴れって……


「師父、前に話してくれた世界に喧嘩を売ったって悟空の事?」


師父のアメジストの瞳が優しく見つめ返してくれる。


「そう、よく気がついたね。彼だよ」


孫悟空を駄々っ子に例えたのか。途端に師父のスケールが大きく見えた。


「彼は神界で甘えてるように見えたよ、全力でね。だから色々壊れたし罰せられもした。それまで全力で吐き出す場所も甘えられる場所も無かったんだろうね」


「今、三蔵法師と一緒に旅をしてるでしょう?自分の力加減を学んでる途中だね。何をすればどうなるのか?彼の場合は力が強過ぎて戯れで周囲を壊しちゃう、基準が無かったんだよ。彼の飢えはそこからもある。知れば己を据えるって事の一つにもなるね」


「彼は己をもっと知るべきだね、寂しがり屋だから」


師父は艶やかに笑った。


その晩、孫悟空と握手した俺の手は、師父に風呂場で洗われた。



◇◇◇◇



「今日は君の職場に行ってみようか」


哪吒と悟空の対決が遠くなった数日後。師父は爽やかな朝日の中、俺を誘った。

俺の職場?仙界での職場だろうか?また天帝の所に行くのかな?もっと俺自身を思い出せるだろうか?

緊張と好奇心を持ちながら俺は頷いた。


いつものように師父と雲に乗り、今日は山に挟まれた大河を登って行く。両岸はゴツゴツとした岩山にへばりつくような緑が並んでいる。霧がたなびく細く切り立った山々は大河と合わせ一枚の絵のようだ。

岩山の奥へ飛ぶ、霧がどんどんと濃くなっていく、師父は迷いもなく一つ細い岩山へと向かった。岩山の中腹に小さな穴が見えた。大人一人がギリギリ入れるほどの大きさだ。師父は慣れたように潜り入る、潜って入った先は細い岩山から想像もできないほど広い洞窟だった。奥へと広がっている。師父は俺を抱き上げて、また雲を出し洞窟の中を飛行する。

洞窟の突き当たりには大きな扉があった、古めかしく色々な所が剥げ落ち、長く使われていない様子に見えた。

師父が額を光らせ目の模様を出す。扉にそっと手を当てる。


ギ…ギギィ


扉が独りでに開いた。 薄暗い闇が続いている、中には官吏の姿した厳めしい男が立礼していた。


「お帰りなさいませ、真君様」

「久しいな、またすぐに出る」


師父は笑みを浮かべた。


師父を迎えにきた男と共に飛びながら更に奥へと進む。男は俺を一瞥し師父に声を掛けた。


「この方が?」

「そうだ、皆に伝えてもらっているかな?」

「はい、すでに」


師父の部下だろうか?がっしりとした体格にあご髭を蓄えて帯刀している、武将だろうか?そういえば哪吒や悟空の話から聞く師父も武将だ、姿や振る舞いが優しいからよく忘れるけど。


洞窟の側面に埋め込まれたような扉が見えた。


「あれは僕の家だよ」


師父が事もなげに話す、セカンドハウスだろうか。


「師父、家いっぱいあるの?」

「ふふ、気になるの?色々連れて行ってあげるね」


アメジスト色の目を柔らかく細めて微笑んだ。


今日は師父の家には行かないようだ、さらに奥に進んでまた扉が見えてくる。洞窟の突き当たりの面を全て塞ぐ、大きく赤く立派な扉だ。供をしてきた男がその扉を力を込めて引き開く。

中には真っ黒な波が音もなく渦巻いていた。


「この先に君の職場、地獄があるよ」

「職場って地獄なの⁈」


驚く俺を抱え直し、師父は軽やかに渦の中へ飛び込んだ。



ここまで読んでくださりありがとうございます、師父の「美しい醜い猿」は言わせたかった言葉だったので満足です!

次は泰己の職場、地獄に向かいます。

次回更新も明日の夕方を予定しています、また読んでくださると嬉しいです。よろしくお願いします。

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