花の精と弼馬温
二郎真君の強さを知りたい泰己。それを聞いた哪吒は、真君の強さを知ってる相手を紹介すると言って、泰己を連れ出します。哪吒曰く、めちゃくちゃだけど、スッゲー奴。一体どんな人なのか…
晴れた空の中、切り裂くように進んでいる。哪吒の移動は師父よりも何倍も早く、どんどん加速して飛んで行った。山を過ぎ街を過ぎ、砂漠を通る。
「砂漠だ!」
「ん?こんな砂場好きなの?」
公園の砂場が好きみたいな言い方だった。
「ううん、砂漠って見慣れないから」
「へへ、そっか!あいつはもう見飽きてるかもな!」
哪吒はいたずらっ子な顔で俺に心底楽しそうに笑った。俺が見る限りでも哪吒はかなり腕白だ、彼が言うめちゃくちゃな奴って一体どんな人なんだろう?
「あそこだ、あそこ。ふふふふ、相変わらずちんたらしてるな」
日を遮る物のない黄色一面の砂漠、蜃気楼のようにゆらゆらと歩く一群がいた、遠目でも異様だ。
一番前を歩くのは、服から伸びた手足をびっしりと短い金色の毛に覆われた背中を丸める小柄な男。次に豚のような頭部を持つ太った男、馬を引く緑色の萎びたノッポの痩せ男、それから馬に乗る僧侶らしき男。
馬に乗ってるはずなのに僧侶が一番疲れているようだった。
俺の心臓が跳ね上がった、もしかしてもしかして…俺でも知ってる、俺も夢中になった、誰でも一度は読んだ、あの彼なんじゃないか?
「おおーい!」
哪吒は気軽に声を掛けに行く。
「三蔵法師様、旅のお疲れはいかがでしょう?激励の一つに水をお持ちしました。」
哪吒は火車から降り、丁寧な口調で僧侶に話しかける。俺は哪吒の後ろに隠れた。
「これは哪吒太子、わざわざありがとうございます」
哪吒は何処から出したのか、水の入った皮袋を三蔵法師に渡した。三蔵法師はさっそく口を付け飲み始めた。
「なんだよ気が効かねぇ!俺達の分はねぇのかよ!」
「これ悟空!後で分けますから、お待ちなさい」
猿ががなり声で叫んだ。悟空と呼ばれていた。
やっぱり彼だ!
哪吒の後ろからこそこそと覗く。金色の毛に囲まれ赤い顔をした彼がいた。猿だ。頭には金の輪が掛けられている。
哪吒は服から珠を出し、まるでテントのように大きな傘を出した。
「日差しの中、大変でしたでしょう。少しお休みになられては?」
沙悟浄と猪八戒らしき2人が顔を見合わせて三蔵法師に話しかける。
「お師匠様ーせっかく哪吒太子が言ってるんですしー休みましょうよー」
鼻にかかった声で猪八戒が話す。
「そうです、お師匠様、急いては事を仕損じます、ここは哪吒太子のお顔を立てて」
少し掠れた声で沙悟浄が援護する。
「仕方ありませんねぇ」
ため息交じりだが三蔵法師が一番疲れていそうだ。三人は仲良く馬を連れ大きな傘に向かった。傘の下で水を飲み涼んで休憩するらしい。哪吒は軽く呪文を唱え周囲を薄い膜で覆った。
「お前はこっちな。法師様ー!悟空を少しお借りしますねー!」
哪吒は悟空を引っ張った。
「なんだよ、俺も休ませろぉ」
「お前に会いたいって奴がいるんだよ、聞きたい事もあるんだってさ」
悟空は不満たらたらに哪吒に引っ張られていく。悟空が俺に気がついた。
「なんだ、このガキ」
俺は興奮で足が震えていた。
すごい、孫悟空だ、孫悟空だー!
嬉し過ぎて目が離せない、瞬きも出来ない。目が滲んできた。
「ん?お前、ただのガキじゃねぇな」
悟空が歯を剥き出しにして威嚇してくる。哪吒が間に入って止めに来た。
「まぁまぁ、お前に会いたいってのはコイツの事なんだよ」
「なんだコイツ」
「俺の弟分?みたいなもんだな!」
俺は泰山府君と言われたけど、哪吒の弟分でもあるらしい。
「あと真君の弟子でもあるぜ」
「はぁ真君?二郎真君か?あいつ、なんだかんだと忙しそうじゃねぇか。弟子なんて取る暇あんのかよ」
「まぁまぁ、そんだけ特別なんだぜぇ」
哪吒はニヤニヤと笑っている、孫悟空は乱暴な口調で常に怒ってるようだ。悪童同士の会話みたいで、俺は見ているだけでも楽しかった。憧れの二大巨頭だ。
「ところで悟空よ。お前、法師様の護衛なんぞしてて腕鈍ってんじゃね?軽く手合わせしてやるよ」
ニヤニヤ顔の哪吒がスッと凄みを増した笑顔になる。
「ほー、やたら絡んで来やがると思ったら、良い所を見せたいとでも思ったか。俺を出汁につかってんじゃねぇよ」
悟空も如意棒を出して構えた。
「やる気あんじゃねぇか。ここだと法師様にバレちまうな、離れようぜ」
哪吒が俺を腕に抱えて火車を回し、浮かび上がった。悟空も筋斗雲を呼び颯爽と乗り込んだ。
◇◇◇◇
哪吒を先に悟空が後を追いかける、砂漠を超え山を越え、広い草原に着く。草原の中で大木が一本だけ取り残されたように立っている。哪吒は何も言わずに大木のそばに降りた。
「泰己、お前はここな。あいつにもココは手を出さないように言うから」
「哪吒は大丈夫?相手は孫悟空でしょ?強いんでしょ?」
「大丈夫さ、前に一度打ち合った時は負けたがな、今度は負けねぇよ」
目がギラついてる、本気だ。止めようが無いと気付く。こういう人を脳筋とか戦闘狂って言うんだ、きっと。
大木ごと俺の周囲に薄い膜を作ると哪吒は俺を振り返る事なく飛び立った。
風雲急を告げるように、空には暗く重い雲が立ち込め始めていた。
ここまで読んでくださりありがとうございます、すごく楽しく書きました!大好きな西遊記の孫悟空を出せて嬉しいです!次回は頑張って書いた戦闘シーンが始まります。少しでも楽しんでくだされば嬉しいです。
次回更新も明日の夕方を予定しています、またよろしくお願いします。




