起きる、思い出す
老子と師父の話を聞いて、泰己は自分が仙人だったと知り、これまで慕っていた師父の真実の姿も知りました。泰己はなぜ人をしていたのか?なぜ今ここにいるのか?その答えを知るために必要な事とは?
今回BLっぽい表現があります、気になる方は飛ばしてください。次回の前書きで簡単に書くつもりです。
老子に会った城からの帰り道、師父は言っていたように砂漠に寄ってくれた。
夕闇が迫まる砂漠はオレンジ色に染まり、東の空には深い紫色の闇が広がっていた、星は降る雨のように瞬いている。
師父から離れて、夕焼け色に染まる砂漠を少し歩いた。砂の上の感触は不思議で足跡が残っていく。後ろを振り返れば、落ちてきそうな星の中で一つの彫像のように師父が立っている、幻想的な風景だった。俺は大きな声で呼びかける。
「ねぇー俺は仙人だったのー?」
「そうともー君は大役を務めていたよー」
「俺はどんな仙人ー?」
「どうするー起きるー?」
「起こせるのー?」
師父が俺のそばまで歩いて来る。優しい目で俺を見つめた、夜空と同じ紫色の目が煌めいてアメジストに見える。
「起こせる、僕が手伝えば」
「俺……起きてみたい」
「そうだね、わかった」
師父が俺の頬を撫でて柔らかに微笑む。あまりに綺麗な笑顔だったから俺の心臓は少しだけ痛くなった。
◇◇◇◇
今夜は星がよく見えた、師父の家の上にもいくつもの星が瞬いてる。
家に着くと水甕に促された、夜の水甕の中は暗く闇のようだ。
「今入れば前とは違う姿が見えるよ」
師父はそういうと俺を抱え上げ、ゆっくりと沈めた。水の中は初めて入った時のように苦しくもなく冷たくもない、周囲も変わらず薄明るい。沈み込んで俺の手足を見れば、いつもの見慣れた手足だった、幼児の体なのだ。前は大人だったのに。目の前に同じく師父がいる、アメジストの瞳が見つめてる。
「泰己、今の君の姿が本質。君が生まれ直した形」
「生まれ直し?」
「太上老君がおっしゃったように泰己は生死が曖昧になっていた、そうなるまで自分自身を追い詰めていたんだ。それが傷。傷を癒せたからこそ今の姿と同じ心になれたんだろうね」
「どうして自分を追い詰めたの?」
「何かを得ようとしていたんじゃないかな?」
「得る?」
「君は目的もなく人間をしない。ましてや傷を負うような事も。何か深い事情があったはずだよ」
「それを知るには起きた方が早いんだっけ?」
「そうなるね……」
師父が俺に触れる。
「この水の中は精神そのものを現す。この中で触れるのは君の奥に触れるのと同じ。僕が触ってもいい?」
覚悟を決めていたものの、俺の奥に触れられるとわざわざ聞かれるのは恥ずかしかった。
「か、覚悟決めたからいいよ!」
俺は強く目を閉じた。
師父の手が俺の胸を優しくなぞる、くすぐったいが我慢する。
「緊張せずに委ねてね、君は何もしなくていいから」
耳元で囁かれて余計に緊張する。起きるための行為だとわかっているが、別の事のようで心がざわつく。
胸元に師父の手がグッと深く押し付けられた。
手は俺の胸にズブズブと沈んでいく、痛くはない、ただ暖かな温度だけが夢でも幻想でも無いと伝えて来ていた。何かを握り込められた感覚があった。
苦しい、痛い。
ズボッ
大きな音を立てて師父が手を勢いよく抜き出した、手には大きな青魚がいる。ビチビチと動く魚を師父は力強く握りしめた。
『ギャァアアアアアアア』
人では無い叫び声があがる、魚に見えたソレは人の顔になり黒くなって砕けた。
「わかる?泰己はずっと身の内にこれを入れて傷を負ってきたんだよ。もう一度、触れるね」
今度は師父の指が俺の背中を触れる、向き合い密着する形になった。指が肌を滑り形をなぞらえていく。
「あっ…」
変な声出た!
しかし師父は気にせず、俺の背骨の奥を探るように指が動く、俺だけが動揺しているようで恥ずかしい。一点を見つけたように師父の手が深く沈み込む。
「あ、あ、あ、あぁー」
声が出る、自分でも声が我慢できずに慌てた。逃げようと体を捻ったが、逆に師父に強く押さえつけられる、密着が更に増した。
フワッと意識が遠のく。
師父の指先が俺の核に当たった、暖かい。師父の指先が突き破るように動く、小さい刺激が起きた後、ジワリと何かが溶け出した。俺の内側から光が漏れ出るようで力が抜ける。師父が俺のこめかみにキスをした。
「よく頑張ったね、これで君の檻は外したから。あとは自覚して行くだけ」
師父を見ようと顔を動かせば、思うより近くて額にまたキスをされる。力が入らないままもたれかかった。師父は嬉しそうに俺を見て、それから頬や目元、何度も愛しそうに口づけされた。
◇◇◇◇
水甕から二人で上がる、前回と同様に全身で水に沈んだはずだが、今回も濡れていなかった。力が抜けたままに遅い夕餉をとり、師父に世話をされつつ暖かな湯に浸る。
湯船の中で、幼児体形のままの俺と均整の取れた体つきの師父を見ていると、大きな違いを感じた。
「ねぇねぇ俺の姿は変わらないの?」
「変わりたい?」
「かっこよくなってみたい」
「ふふふ、今の僕はかっこいい?」
「うん!すっごくかっこいいし強そう!」
今の俺にとっては最上級の褒め言葉を送った。師父はアメジストの瞳で俺に微笑む。
「僕の最初の姿は変幻の術でね、今は本質に近い姿になっている。仙は心のままの姿になるから、泰己の今の姿は心が反映されているんだよ。泰己の心がもっと目覚めて行けば自ずと変化もするだろうね」
心の目覚めはよくわからないが俺も変身できるのだろうか?
「師父、俺も変幻の術使える?」
「さぁ、泰己は変幻の術が不必要な職務だったから」
「ねぇ、どうして師父は最初おじいちゃんだったの?」
「僕は色々な立場を置いていてね。その一つで天仙を模していたんだよ。その僕の所に君が転がってきたんだよ」
文字通り転がってきた気がする。もう幼児だったからなのか痛くも無かったが。
「師父驚いた?」
「とても。でも泰己は可愛らしかったし、君だとすぐにわかったから。僕の手元に置こうと決めたよ」
「どうして俺のずっと世話をしてくれたの?俺が仙席あるから?」
「僕は仙人だからと親切にはしないよ」
「仙人の俺と師父は仲良しだったの?」
「そうだね、思い出せばいいよ。泰己と僕は元々から縁がある、仲は悪くなかったからね」
これまで師父が俺に親切にしてくれていたのは元々知り合いだったからなのか。
納得もしたが、今の俺と師父の間で築いた関係もあったと思っていたので、少し寂しくなった。黙った俺を見て師父は気遣ってくれた。
「無理に思い出そうとしなくてもいい、時間が経てば自然に蘇ってくるから」
思い出せない事に不満があって黙ったわけではないが、何をするにしても『起きる』『思い出す』は重要事項に思えた。
ここまで読んでくださりありがとうございます、砂漠の情景は私の中でもお気に入りのシーンです。想像して読んでくださると嬉しいです。
次回更新は明日の夕方を予定しています。またよろしくお願いします。