老子曰く
老子と相対していたら、何かが見えた泰己。立っていられないほどの頭痛を起こして、師父に支えられたけれど……
気を失っていたらしい。目を開けると、知らない天井だった。横になっていた部屋はまだ城内で俺一人のようだ。今も頭痛の残りがあって後頭部がジンジンとしている、俺は深呼吸をした。
状況を整理しよう。
俺は理由があって今、ここにいる。
理由を知るためには起きる必要がある、らしい
俺の理由を知る事は、媽祖さんの事も化け物の事も関係がある、らしい。
俺は理由を知りたいし、俺自身を知りたい。
選択肢が一つしか無いように思う。
よし!起きよう!
でも、どうやって起きるんだ?
一人で悩んでいると師父が来た。
「もう痛くはない?」
師父の顔にまた若い男が重なる。
「師父の本当は、今の姿と違うの?」
「そうだね、違う」
師父は何事でも無いように答えた、あまりに簡単に答えられて俺の方が怯んだ。
「…ほ、本当はどんな姿なの?」
師父はニヤリと笑う。これまで見せた事がない表情で俺はドキッとした、妙に戸惑ってしまって落ち着かない。
「見せようか?」
師父が俺のそばに座ってきた、目を見つめながらにじり寄ってくる。怖くなって逃げたくなる。
「ふふ、怯えなくてもいい、これまでと何も変わらないよ」
すでに口調が変わってしまった師父を見て、何が変わらないのか。俺は逆にわからなかった。師父はゆっくり立ち上がり、目を閉じる、何もない空間に両手を滑らせて、なぞる。
師父の姿がゆっくり変わっていく。
枯れて穏やかな老人だった師父は、きらきらとした若い男に変わっていった。
艶やかな髪に、端正な顔立ち、意志の強そうな目元、彼が目を開けると吸い込まれそうになる、深い紫色が見えた『典雅』そんな単語が浮かぶ、彼は両手を止めた。
俺の目の前には、そこに立っているのが不思議なほど麗しい男がいた。
「この姿は嫌?」
俺は呆気に取られすぎて口を開けていた、凄まじいほどの美貌だ。
師父こんな姿だったのか!
「な、なんで姿を変えてたの?なんで俺の世話してきたの?俺は別の何かなの?俺が起きるって何?何したら起きれるの?俺は一体何なの?」
一気に口から出ていた。
師父はじっと俺の目を見つめていた。深みのある紫色の瞳なんて初めて見た、現実感が無い。俺は少し冷静になった。
「師父、知ってる事教えて。俺ちゃんと知りたい」
「君がそれを望むなら全て教えるよ、僕が知る限りをね」
師父はそう言い優艶に微笑んだ。
◇◇◇◇
落ち着いた色調の部屋に通される。
そこには老子がすでに待っていて、俺は促されて椅子に座った。若返った師父は俺を膝に抱こうとしたが、俺はそれを嫌がった。見慣れなくて知らない人のようで落ち着かないからだ。老子はのどかにほっほっほっと笑っていた。
「さて、泰己、何から知りたいのじゃ?」
「え、と。ここに俺が来た意味と、起きるって事と、です」
「ほっほっほ、全てお前の中にあるはずの答えだの。我らが真実知りようもない話ばかりじゃ」
はぐらかされた俺はしかめっ面になっていたらしい。師父が取りなすように話し出した。
「泰己、君はここで仙席を持つ」
「仙席?」
「仙人としての立場があるという事だよ」
「え?俺、仙人だったの?最初に仙人じゃないって言ってたの師父だよ⁈」
「落ち着いて、当時の君には隠されていたんだ」
「隠す?」
「ほっほっほ、儂が話してやろうかの…
老子曰く、
俺がこの世界に入ってきた時、俺は凄まじく穢れていたらしい。物理的な穢れではなく、精神汚染ともいうべき物だった。無気力になり全てが煩わしく、すぐにでも死んでしまいそうだった、と。
師父はそれを見抜いて俺の穢れを日々払ってきた。
「え…そうなの?わからなかったよ?」
「極々自然に接する中で払っておったのだろう、この者との時間は心地よかったのじゃろ?」
「…うん」
いつだって師父は優しく穏やかに接してくれて、そばにいるのは心地よかった。
「泰己、こやつはな。お前を癒すため、そばで穢れを払い、世話を尽くしておったのじゃ。そうでなければ仙席があると言うても、お前は信じられず穢れに潰されておったかもしれぬ。お前は元いた世界で死にかけておったのじゃよ」
「死ぬつもりなんて……」
「生きるつもりも無かったであろう?本来なれば時が経てば癒える傷でもあったはず、しかしお前の周囲で癒えぬ傷を持ったまま、死に絶えた者はおらんか?」
癒えぬ傷、俺は亡くした家族を思い出していた。
俺の家族は祖父母との二世帯同居で、家の中はいつも賑やかだった。一人っ子の俺を甘やかし過ぎる祖父母、それをたしなめる母、仕事に真面目な父、普通の家庭だったと思う。
変わったのは祖母が死んでからだ。
母がおかしくなり、次に父、二人とも無気力になっていく。家の中で一番元気だった祖父が、仕事で忙しい俺のいない間に、両親を看取っていた。
俺が知る祖父は明るく力強い人だったが、二人を看取った後は別人のようになっていた。
無気力なまま何もしない、病院に連れて行っても特に何もない。過ぎた事ばかりを嘆く、全てを嘆く。食事も天気も全てが悲劇で嘆く材料になっていた。
当時の祖父を見たくなくて俺はますます仕事に逃げ込んだ。
そうだ、祖父の告別式の次の朝、俺の体が動かなくなったんだ。
「おったのじゃな……」
何も言わない俺を見て老子がつぶやいた。
考えればおかしかったんだ。
祖母が死んだ時からみんなが無気力になっていた、母も父も最後の祖父も。身近な死で悲しむのは当然だったけど、あまりにも無気力なまま、そのままでみんなが死んでいった。
残された俺も?
そのまま死んでいてもおかしくなかった?自覚がないまま俺も死にかけていたのか?
老子が静かに話し出す。
「泰己、お前はここにくる前から仙人であった。今回は人をしていたのじゃろう」
「俺が人をしていた?ここよりもっと未来で日本だったよ?」
「お前に時間や空間なども関係あるまいよ」
老子が何事でも無いかのように言った。
時間?空間??俺の困惑が顔に出ていたのか、師父が口元に指を運んで「ふふ」と笑う。若返った師父は何をするのでも優雅だった。
「泰己、ゆっくりでいいから。今日はもう帰ろうか?」
「……うん」
色々と腑に落ちないままだが、師父に促され老子に別れを告げる。老子は最後に俺を抱きしめた「愛子、また会いましょうぞ」その声は少し震えていて、尋常ではない物を感じた。
ここまで読んでくださりありがとうございます、老子の言葉で泰己はさらに謎が深まっていますが師父はどうするつもりでしょうか?
師父の美貌を一生懸命に形容してみました、少しでも美形で想像してくださると助かります。
ブクマ&評価ありがとうございます!やったぁ!
次回更新はまた明日の夕方に更新します。少しでも楽しんでくださると嬉しいです。よろしくお願いします。