女神
海辺の町で化け物の話を聞いた師父と泰己、退治へと海に向かって。
師父と俺は海に向かった。
海原は夕陽に染まっていた。波は光を受けて反射し、一面が黄金に輝いているようだった。海の上空で浮かびながら夕陽を見るのは初めてだ。
「きれー…」
「…美しいな」
これから化け物退治をしに行くのだろうけど、俺は師父と綺麗な景色を見て安心しきっていた。師父は俺を抱え直し顔を向かい合わせにした。
「美しい物は好きか?」
「…?うん」
「今度は美しい物を見に行こうな」
師父は爽やかに微笑んだ、俺の目には師父の顔に重なるように若い男の顔が見えたような気がする。
俺は話題を逸らした。
「これから化け物退治するの?」
「そうなるな、しかし思うより早いやも知れぬ。追わせたからな。」
「さっきの黒い影?」
「見えていたのか?」
「うん」
「ふふふ、目がいいな……来たようだ」
砂浜で歩く黒い犬が見えた、自分の体より大きな物を引きずっている。師父は犬の所まで飛んだ、犬はこちらを見つけると遠目でもわかるほどに尻尾を振った。
◇◇◇◇
犬が咥えて来た物は首だった。
一目では首だとはわからなかった。いくつもの動物が繋がっている首だった。
一つは虎、もう一つは熊、鳥、犬、猪、猿、それらの頭が一つの首元へと繋がり塊となっていた、ヒューヒューと小さい吐息が聞こえる。
俺は師父にしがみついた。
師父は首を取ってきた黒い犬を撫で、杖から火を出し頭の集合物を燃やした。
『ギャァアアアアァァァア』
また、人でない叫び声を聞いた。
黒い犬は火を見届けてから、師父の袖に飛び込んだ。不思議な事に師父の袖は、何事も無かったようにフワリと風になびいただけだった。
「犬は?どこ行ったの?」
「元の場所に戻ったよ」
俺は師父の袖にまとわりつき、袖口から覗いたり袖を叩いたりした「出て来ぬよ」師父は面白そうに言った。
「もう少し見て回ろうか?」
師父は雲の上で俺を抱いたまま、海原をゆっくりと飛行する。夕陽はほぼ沈み闇が迫ってきていた、一番星が見える。穏やかでゆっくりと過ぎる時間に、俺はまるでデートのようだと思った。俺は残念な事に誰かとデートをした事は無かったけれど。
キラキラとわずかな光を反射する水面を見ていて、何が見えて来るような気がした。
急な頭痛に襲われる。
「師父、頭が痛い」
「どうした?」
師父が俺を抱え直す。頭痛が益々激しくなる。
「痛い、痛い…」
声を出すのも辛い。師父が慌てたように俺の頭をさすり、すぐにでも移動しようとした時、水面が煌めきながら上昇してきた。
……タイ………サマ…
師父は額の模様を浮かべ素早く槍を出し構えた。
「マソ…」
俺の口から音が漏れた。頭に浮かんだ言葉のままに出していた。
上昇してきた水柱が人の形をとっていく、女性のように見える。
「…コノヨウナカタチデオアイデキルトハ…」
女性の形をとった水柱は役目を終えたように水面に沈み、中からゆったりとした服装の若い美しい女性が現れた。空に浮かんだままで、周囲には羽衣のような布がふわふわと浮かんでいる。彼女の周囲だけ燐光が放たれているようだ。
「嬉しゅうございます、呼んでくださるとは…」
少し身をよじりながら頬を赤らめている。師父が構えを緩めた。
「どこかの女神とお見受けする、ここに呼ばれたとは如何なる事か?」
声をかけられて師父に気がついたようだ、女神らしき人は師父を見て小さく「まぁ…」と歓声を上げ、さらに頬を染めた。
「これは、失礼いたしました…私は媽祖と申します。」
「マソ?申し訳ないが私は貴女の名を知らぬ。」
「ふふ、私はまだおりません故…ふふ、それよりも、その方をこちらへ。」
媽祖は俺を膝元に抱き寄せると頭を抱え頬擦りし始めた「このような事が出来るとは、何よりもの僥倖…」吐息のように言葉を漏らした。
「ご無理をなさったのですね、急に起こしたのでございましょう。お知りになりたいのでしたら、私をお使いくださいまし。」
媽祖は俺の目を見つめ手を握り微笑んだ。
俺の頭の中で映像が浮かんでくる。
海で一人の子供が流されて溺れていた。大人が助けようと泳いで行く、そこへ黒い影が包み込むように子供を飲み込んだ。
「お判りになりましたか?」
「子供と男の人?」
「はい。命数は万物の常なれど…その後の事は可哀想でございました。」
媽祖は目を伏せた。
俺の頭痛は消えていた、代わりに俺は納得していた。
あの化け物の中には溺れた二人がいたのだと。
ここまで読んでくださりありがとうございます、女神出せました!
媽祖さんは台湾で人気が女神様です、出したかったので書けて嬉しいです。
ブクマ嬉しいです、ありがとうございます。
次回更新は明けて来年の1/2を予定しています、来年もよろしくお願いします。
皆さま良いお年を。




